+12 捕縛

 翌朝、カイト含めて成人化を果たした人間の一部が拘束された。突如兵士たちが家を訪れ、両手と両足を魔法で縛った。次の瞬間には意識を奪われ、気が付いた時には――。



「おい、カイト! カイト!」


「……ジャス? ……あれ。……?」


「良かった、一先ずは無事だったか。混乱しているようだから状況を端的に説明する。今僕たちは拘束されて国外のとある場所へ運ばれている途中だ。さっき説明されたが、『所有物に逃走を許した罪』と『人間としての責務が足りない罪』でオワリノミズウミとやらに放り込まれるらしい」


「オワリノミズウミってのは?」


「最近現れた、正体不明の命を奪い取る黒い水らしい」


「……無茶苦茶だな」


「俺もそう思う。現に、皆はあの騒ぎだ」



 ジャスに促されるままに視線を動かすと、そこはまさに地獄絵図だった。

 カイトたちが入れられている巨大な檻を、数匹の馬が荷台に乗せて引いている。前後にある兵士を積んだ荷台へは罵詈雑言が飛び交い、檻の中では国外への逃亡を試みた所有物へ所有者から暴力の限りが振るわれていた。

 前後から響いてくる車輪の音と景色から察するに、カイトがいるのと同じような檻がいくつもあり、合間合間に兵士を積んだ馬車が挟み込まれているのだろう。



「ジャスの割には冷静だな。怒ってないのか?」


「怒ってるさ。逃走を許した非は認めるが、その罪で命まで奪うのはやりすぎだ」


「じゃあなぜ?」


「逆に聞くが、この状況で暴れて何かが変わると思うか?」


「思わない」


「そういうことだ」



 カイトは隣で目を閉じているシャリィへ声を掛ける。



「シャリィ、聞いてたか?」


「はい」



 そのやり取りを見て、ジャスは目を見開く。



「起きていたのか……」


「シャリィの魔力耐性は多分、成人化した僕らよりもずっと高い。僕らが起きているなら、シャリィも起きているのは別におかしな話じゃない。才能ってやつだ」


「コロシアムに出せば相当な実力を出せそうだな」


「残念なことに、僕らはそういうのが面白いとは思えなかった。悪いな、シャリィ。そう言う訳で、多分これから全員死ぬ」


「はい」



 特に動揺した様子のないシャリィに、ジャスは首を傾げる。



「カイトの付き人、主人に似て暴れたりしないんだな」


「それは僕も思った。シャリィは死にたくないと言うと思ってたけど」


「私はカイト様の元で十分に幸せな暮らしをさせてもらいましたので、満足しているのです。確かに死にたくはありませんけれど、だからと言って思い残すことがあるわけではありませんので」


「……カイト、お前にずっと聞きたかったことがある」


「何だ? そんなに改まって」


「お前は他の種族が憎いと思わないのか? 今まで人間を蹂躙してきて、それに対抗するために多くの命が失われた。お前の両親だってその中に入っているんだろう?」



 カイトは鉄格子の隙間から見える空をぼんやりと眺めながら答える。



「確かに、沢山の人間が命を奪われたかもしれない。でも、僕はそれを見てない。少なくとも、僕が知り合い以上と思える関係にある人は誰も苦しんでいない。皆は先人が積み上げてきたものを守るだとか、祖先の恨みを晴らすとか言っているけれど、僕はその先人も祖先も知らない。つまり、自分には関係が無いと思ってるし、僕は見ず知らずの他人に共感して憎悪の感情を抱けない」



 それを聞いたシャリィは、今までのカイトの言動が腑に落ちた気がした。シャリィが物心付いた頃には、人間は例外なく多種族を嫌悪していると思っていた。カイトに関してはその思い込みが根本から間違っていた。良くも悪くも、カイトは他人に共感できるほどの興味を持っていない。

 ジャスは少しの間唖然とした。自分たちが常識だと思っている思想の根本が、カイトには無かったから。



「……あぁ、そうか。何となくカイトに感じていた違和感の正体が分かった気がするよ」


「それは良かった」


「で、カイトは今からどうするんだ?」


「寝る。まだ少し眠たい」


「……は?」



 次の瞬間、魔法が放たれた。カイトと同じ檻の中にいた者は一斉に意識が飛び、倒れるように眠り込んだ。周りに合わせて倒れこんだふりをしたカイトは、少し静かになったことに満足して眠りについた。

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