+11 異端者

 人間以外の種族にとっての最善の未来は、かつてのように人間よりも自分たちが強い立場に立つことである。しかし、現時点のこの世界では人間はどの多種族よりも圧倒的に強い。人間の住む国で文字通りすべてを掌握している彼ら彼女らが最善の未来を掴むためには、まず国の外にいるであろう同族との合流は必須である。

 つまるところ、第一目標は今いる地獄くにからの逃亡である。



「いくわよ、皆。準備は良い?」



 ミーアの合図に、全員――およそ二百名の人間以外の種族の者が頷いた。この作戦の発起人はミーアとガユムであり、基本的に二人を先頭にして行動している。

 ガユムとミーアは一度視線を合わせると別々の方向へと散り、その後さらに分岐していった。

 作戦はそれほど難しいものではない。作戦決行日に監視が薄い者が出来うる限りの武器を持って脱出。その後仲間の元をめぐって拘束具を破壊して脱出の手助けをし、一か所に集合。その後一度散らばり、警備が手薄だと思われる二か所の出入り口から脱出すると言うものだ。

 道中で何組かが捕まるのは覚悟の上だった。いくら人間と言えど、異常に気が付いてから対応するまでには時間が掛かる。その間に一人でも国外に逃げきれればこちらの勝ち……。



「っ⁉」



 そう思っていたミーアは、巨大な城壁に辿り着いてから大きな違和感を感じた。



「皆……揃っているの?」



 そう、誰一人として欠けていなかった。各々が喜びと安堵の表情を浮かべていたが、ミーアだけは怪訝そうな表情を浮かべていた。そんなこと、あり得るはずがないのだ。いくら監視が甘い場所を選んだとはいえ、五感の感度を限界まで引き上げられている人間に一人も気が付かれないなどあり得ない。

 さらに、ミーアの不安を煽る様に――。



「ミーアさん、人通りはほとんど無いし、門番は今一人しかいなさそうです! これなら、半分以上は逃げ切れる!」



 ミーアは違和感を抑えきれずにいたが、別の選択肢があるかと問われればあるとは言えなかった。だからわざわざ不安を煽るようなことは言わずに、勝ち誇ったような表情を浮かべる同族たちと行動を共にすることにした。



「いいわね、一斉に飛び込むのよ。人間の――特に兵士をしているような奴と戦うのは不毛だわ。多分、この中の何人かは捕まるか死ぬ。例え誰がその役になったって恨みっこは無し。振り返って助けようとするのは無し。少しでも多くが確実に逃げ切れることを最優先とする」



 その言葉に全員が覚悟を決めた表情で頷き、それぞれの持ち場に付く。

 それから少しの間を開けて、



コロンッ。



 石ころが城壁にある門で資格になっている場所へ投げ込まれる。人間の兵士がそれに視線を移すと同時に、全員が飛び出した。

 それとほぼ同時に、ミーアは事前に詠唱をしておいた魔法を発動させる。



「『常闇とこやみ夜霧やぎり』」



 門の中心に紫色の魔法陣が現れると共に、日の光すら通さない黒い霧が噴き出した。視覚をほとんど奪われたミーア以外の者は、先ほどまで見えていた記憶の中の景色を元に足を動かし続ける。

 ミーアも皆と同じように走り抜けようとした、その刹那。

 視線を感じてそちらを見ると、転がってきた石ころに意識を奪われ、突如視覚を奪われて混乱しているはずの門番と目が合った。魔法で作り出した霧の中にいるにも拘わらずだ。

 しまった、罠だ。

 そう思った時にはもう遅かった。



「ぐっ……!」



 霧を抜けた瞬間に、足元に紫色に光り輝く魔法陣が現れた。それはミーアと共に逃げようとした全員を囲うほど大きく、その中に入った者の動きを止めた。やがて意識が遠のいていき、ミーアの目の前で他の仲間たちはバタバタと倒れていった。



「ほう、一人魔力耐性が高い者がいるな」


「みたいだな。とは言っても、我々人間の足元にも及ばないが」


「そらそうだろうよ。こんな低級生物に負けてたまるか」



 意識を失う前、ミーアが最後に見たのは楽しそうに意識のない者を蹴りつける人間の姿だった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る