+10 オワリノミズウミ
片開きの扉が二回ノックされてフェメラルが返事をすると、
「失礼します」
そんな言葉と共に一人の人間が部屋へと入ってくる。
「現在、想定通りに他種族内で国外へ脱出する計画がされています。また、フェメラル様のご指示通り、今の環境に不満を持っている人間もピックアップしておきました。想定よりもかなり多いですが――」
「それは好都合じゃな」
「では、オワリノミズウミは未だに増え続けているのですか?」
オワリノミズウミ。
それは、人間が名付けた黒い湖の事だ。神の世界が崩壊してから数年後、それは現れた。初めに見つけたのは洞窟の深層で鉱石を採掘していた人間だった。少し大きな水溜まり程度のそれは、触れた生き物を一瞬で死へと追いやって水位を下げる。初めの内は人間以外の種族を生贄として使い、水位を下げていた。しかし、水位はみるみる内に上昇し、今では世界各地でぽつぽつとその姿が見られるようになった。更に、そのほとんどが湖のような大きさになっている。
分かっているのは、捧げた生贄のステータスが高ければ高い程大きく水位を下げるということだけだ。
「この数年、色々調べてみたが未だに正体が分からない。彼らには申し訳ないが、生贄として利用させてもらう」
「フェメラル様が気に病むことはありません。持ち物に反旗を翻す気力を与えるなど、いくら幼少と言えど見過ごせません。それに、あれだけの犠牲を払って成り立っているこの環境で、無気力にただ生きるなど他に悪影響を与えかねません」
「……そうかもしれぬな。何人もの同胞が命を懸け、築いてきた世界。この世界を否定する者は、何人たりとも容赦はせん」
「逃亡を試みている者共はいかがいたしましょうか?」
「国外へ出たところで捕まえろ。証拠が無いと話にならん」
「承知しました、そのように致します。その後は持ち主含めて拘束し、オワリノミズウミの生贄として捧げる。それで良いでしょうか?」
「あぁ、それで良い」
「オワリノミズウミ……。一体何なのでしょうね? 国外にいる多種族共は神の怒りなどと言っているようです。そんな戯言、あるはずがないのに……」
フェメラルは机にある陶器のコップに口を付けてから答える。
「いや、あながち間違いではないかもしれません」
「と、いいますと?」
「儂も実際にオワリノミズウミを見に行ったことがある。その時、得体の知れない、何か干渉してはいけないようなものを感じた。まるでこの宝玉のような何かを……」
フェメラルはそう言って、短剣の柄に付いている宝玉に目を落とした。それは確かに目で見えているのに、相変わらず色が分からない。
人々が神器と呼ぶそれは、神の世界が崩壊するとともにフェメラルの元へと天からゆっくりと舞い降りてきた。それと同時に、言葉以外の何かでカイトの両親が人間の悲願を成したということが全ての人間に伝わった。
「もし本当にそうだとしたら、本当に忌々しいですね。この世界の神は」
「そうじゃな。人間に不利なステータスを授け、多種族から蹂躙されようと一切の救済を与えなかった。神がもっとまともなら――いや、そもそも神が居なければ、我らの同胞がこれほどまでに血を流すことは無かったはずじゃ」
「しかし、そんな神も私たち人間の力で超えることが出来ました。例えオワリノミズウミの正体が何であれ、今の私たちであれば乗り越えられるはずです! もしかしたら支配することも……」
「あぁ、そうじゃな。辛い役回りではあると思うが、オワリノミズウミの正体が分かるまで頼むぞ」
「はっ、お任せください」
そう答えると、カイトたちの教師役をしている人間は丁寧な所作で部屋から出て行った。
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