+08 魔法

 魔法の威力は魔力の保有量で決まる。ただし、緻密な魔力操作や効率性はどうしても個人の感覚にゆだねられる。まして、詠唱省略・魔法陣省略ともなれば練度よりも才能が大きく影響する。

 だだっ広い訓練施設には、魔法で作られた的が宙を舞っていた。それはシャボン玉の様な見た目で、シャボン玉とは思えぬ素早い動きをしていた。皆が悪戦苦闘している中、一人何もしていない者がいた。

 そんなやる気のない人間に、ジャスが声を掛ける。



「カイト、何ぼーっとしてるんだ?」


「……?」



 カイトはジャスの声が聞こえなかったため、ジェスチャーでそれを示した。魔法の精度はそれ程ではないが、威力の方は全員がかなり強かった。力を制御して正確に最小威力で素早く的を攻撃するための訓練なのだが、そこら中から爆音が鳴り響いている。少し離れたところにいるボンは、つい先ほど詠唱省略・魔法陣省略をしようとして自爆した。今は教師役の人間に魔法で治療してもらっている。

 ジャスは同じことを大きな声で繰り返した。



「天気がいいなと思って。この爆音さえなければ今すぐ横になって寝てる」


「あんまりさぼってると、目を付けられるぞ」


「僕らの寿命は無限で、どうあがいたって何一つ不自由ない生活を送れる。目を付けられても困ることなんてないだろ」


「何かやりたいことが出来た時に、不自由な思いをするかもしれないぞ?」


「それはそれでいいかもな」


「いや、普通に考えて嫌だろ。やりたいことは思い通りに進んだほうが楽しくないか?」


「でも、全部が思い通りに進んだらつまらないだろ? 少しぐらい不平等で不自由で、乗り越えたり壊したりしないといけない壁があった方がやる気になれる気がする」


「今のお前が言っても説得力が無いけどな」


「ごもっとも」


「カイトは魔法が苦手だったりするのか?」


「別に。寧ろあそこら辺にいる奴らよりは上手いと思う」


「ほう。それは少し見てみたいな。どうだ、俺と勝負をしないか? 魔法には少し自信があるんだ。もし俺が勝ったら次の授業の時に本気で剣を交えてくれ。本気のカイトと戦ってみたい」


「いいよ。ただし、僕が勝ったら今後一切勝負ごとは無しだ」


「いいだろう。では先行を譲ろう」


「……これ、勝敗どうやって決めるんだ?」


「そうだな……三十秒でより多くの的を壊した方の勝ちでどうだ?」


「分かった、じゃあ僕からな。三十秒数えてくれ」



 カイトは人差し指を立てて動かなくなった。それはぼーっとしているようにも、何かに集中しているようにも見えた。ジャスが口に出して数えて、二十九まで数えた時だった。

 周囲の的がポンッ、という破裂音を立ててはじけ飛んだ。的の位置を正確に把握した上で、それらに対して目視できないほどの最小威力、加えて詠唱省略・魔法陣省略という超高度な魔法。



「誰かに教わったのか?」


「シャリィに少し」


「……あの付き人、魔法使えるのか?」


「少なくとも僕よりは上手いよ」


「……」



 ジャスは勝てない事をすぐに理解したが、勝負を降りるような男ではなかった。

 カイトに勝つために必要な最低条件は三つ。カイトと同レベルかそれ以上の最小威力、詠唱省略、魔法陣省略である。

 カイトが数字を数え始めると同時に、ジャスはカイトの真似をして集中をする。そしてカイトが二十九まで数えた時だった。詠唱を省略することにより想定した以上の魔力が流れ、魔法陣を省略したことにより狙いが定まらなかった。ジャスを中心に魔力は拡散し、到底魔法とは呼べない爆発が起きた。

 ジャスは地面に倒れ、カイトは咄嗟に使った魔法によって無傷だった。



「お前……。また詠唱と魔法陣を省略して……。くそ……。次こそは――くふっ」



 意識を失ったジャスを見下ろしながら、カイトはため息を吐く。



「勝負した理由覚えてる……よな?」



 その時、聞き覚えのある声がカイトの耳に届く。



「おーい、無事かぁ⁉」



 爆発によって巻き上がった土埃を振り払い、嬉々としてボンが走り寄ってくる。その表情には満面の笑みが浮かんでいる。



「ぎゃはははははっ! 分不相応なことをしようとするからそうなるんだ! 全く、ジャスはバカだなぁ」


「……」


「……なんだよ、その顔は」


「いや、別に」



 その後、ジャスは教師役の人間に魔法による治療が施された。ジャスの意識が戻った時にはカイトの代わりにボンが居て、これでもかというぐらいに煽られた。

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