+07 試合

 他よりも高い場所にある観客席の一つにあるいくつかの席に三人の人間が座り、三人の付き人は立っていた。

 大きな銅鑼の音によって、目下で向かい合っていた二人は動き出す。

 最初に攻撃を仕掛けたのはボンの付き人だった。突進してくる巨人族に向かって、片手杖と共に両手を突き出す。次の瞬間には彼女の目の前に背丈ほどの紅い魔法陣が浮かび上がり、数個の火球が飛び出した。

 それを見て、ジャスが唸る。



「詠唱省略に加えてあの精度と威力、魔法に長けたエルフと言えどそうそう扱える者はいない。なかなかよく育てているじゃないか、ボン」


「驚くのはまだ早いぞ。この程度、百人も厳選すれば一人ぐらいはいるさ。本番はここからだ」



 ボンの言葉通りまだまだ序の口だったようで、魔法をもろに受けたにもかかわらず巨人族の相手は突進してくる。手に持った棍棒をボンの付き人へと思い切り振り下ろした。だが、目に見えている相手への攻撃は宙を切り、それと同時に周囲に幻影が現れる。

 それを見て、ジャスは思わず席を立つ。



「詠唱省略と魔法陣省略を同時に⁉ いや、さっき魔法を使っていたから――」


「複数魔法の同時発動もできている。どうだジャス、僕の付き人は」


「うぅむ、これは認めざるを得ないな……」


「そうだろう、そうだろう」



 この世界における魔法は、詠唱を行い、魔法陣を形成し、そこから魔法を出力するのが普通の方法だ。しかし、中には魔法陣を形作り魔力を流しやすくするための詠唱を省略してしまえる者がいる。さらにその上の段階として、魔法の出力を正確にするための魔法陣を省略するという高度な技術がある。ボンが出場させた付き人はその二つをやってのけ、さらに魔法をほぼ同時に二つ発動させている。

 しかし――。



「なっ!」


「おいちょっと待て、それは卑怯だろ⁉」



 相手の付き人が持っていた棍棒は、魔法が埋め込まれた魔道具だった。

 体勢を低くして体を一回転させながら振るったその攻撃は武器のリーチを超えた範囲に攻撃が及び、全ての幻影の膝下を刈り取った。

 ぐしゃりという耳障りの悪い音と共に甲高い悲鳴が響く。

 声のした方を見ると、膝から下が無くなったボンの付き人が蹲っていた。

 相手の巨人族がゆっくりと歩いて近づくのを見て、ボンはその意図をすぐに察した。



「今すぐ自決しろ! 降参なんてするなっ!」



 主の命令は観衆の声にかき消されて、付き人まで届かなかった。もっとも、届いていたとしても命令に従ったかどうかは分からなかったが。結果としてボンの付き人は降参を選んだようで、巨人族に引っ張られるようにして相手側の出場口へと消えていった。

 ここまできて、ようやくカイトが口を開く。



「ボン、なんで降参しちゃいけないんだ?」


「降参すると、所有権が相手に移るんだよ」


「相手の持ち駒になるってことか?」


「それだけじゃない、優秀な個体は繁殖させられる可能性が高い。より優秀な付き人を生み出すためにな。ちっ、あいつにはまだまだ子供を産んでほしかったんだが……」



 ボンの言い草に、ジャスが首を傾げる。



「……その言い方だと、既に子供は生ませているのか?」


「あぁ、二人だけな」


「凄いな、エルフは中々身籠らないはずだが」


「僕は付き人を大量に雇っているからな。そんなもの、数をこなさせればどうにでもなるさ」


「俺は質を優先していたが……。なるほど、コロシアムに参加させるならそういうやり方の方が良さそうだな。ま、今のままでもボンの付き人に負けることは無いだろうが。何なら、さっきみたいにボンの優秀な付き人をコロシアムを使って奪えばいい」


「ほう。ジャス、なかなか強気なことを言うじゃないか。なら具体的に日程を――っと、次の人が来たな。今日の所は帰るか」





 ボンとジャスと別れてから、カイトは斜め後ろを歩くシャリィに問いかける。



「大丈夫か?」


「……何のことですか?」


「コロシアムで具合悪そうにしてたろ?」


「いえ、そんなことは――」


「……」


「……実は、血を見るのはあまり得意ではなくて。カイト様は大丈夫なのですか?」


「別に何とも思わなかったな。ただ、皆の気持ちが分からなかった」


「気持ちですか?」


「コロシアムにいた奴ら、皆楽しそうに殺し合いを見てただろ?」



 中央で付き人同士が殺し合っている最中、コロシアムは大いに盛り上がっていた。戦っている者の一挙手一投手で歓声が上がり、致命的な攻撃がヒットした際には地響きかと勘違いしそうなほどに会場が揺れていた。



「僕は皆と違って、生き物を殺すための技や魔法をカッコいいなんて思えないし、殺し合いの末に死にかけている姿を見て声援を送ろうなんて気にもなれない。あの場所ではしゃいでいる人たちが少し羨ましい」


「カイト様はコロシアムを楽しみたかったのですか?」


「別にコロシアムじゃなくてもいいんだ。なにか楽しめることを見つけたい。僕はね、多分空っぽなんだよ。このままじゃ何の意味もない、何も残らない、そんな人生を永遠に過ごすことになる。せっかく生きてるんだ。せめて、自分が退屈と思うことのない人生を送りたい。シャリィは何か楽しめていることはあるか?」


「私は沢山ありますよ。毎日三食の食事は勿論、ベッドの上で白いシーツに包まれて眠りに付けるだけで幸せです」



 カイトはため息を吐きながら、小さく呟く。



「逆の立場だったらよかったのにな……」


「カイト様、何かおっしゃいましたか?」


「お腹が空いた。帰ったら何か作ってくれ」


「何が良いでしょうか? カイト様が食べたいものがあれば――」


「ない。だからシャリィが食べたいもので良いよ」


「そうですか。でしたら、カイト様が楽しめるようなお食事を頑張って作りますね!」



 カイトが振り向くと、シャリィはにこりと笑っていた。

 カイトには分からなかった。殺し合いを楽しめる同族の気持ちも。人間に何一つ文句を言わずに従う多種族の気持ちも。卑下される立場でありながら毎日を楽しみ、主人に笑顔で尽くせるシャリィの気持ちも。

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