+05 予兆
何度目かのもろに攻撃を受けるカイトを見て、シャリィは小さく声を漏らした。
「あっ……」
「何よ、シャリィ。本気で人間の心配をしてる訳? 知ってる? あいつら寿命は無限だし、傷はすぐに回復するのよ? 死ぬわけないじゃない」
「ミーア、でも――」
ミーアはエルフ族の女で、年齢は三十を超えているが見た目はシャリィとそう変わらない。雑に整えられた金色の髪はぼさぼさで、肩に届かない程に短い。奇麗なはずの緑色の瞳は、どこか淀んでいるように見える。シャリィよりも酷く見すぼらしい服装をしている、ボンの付き人だ。
「でも、何? 痛みは感じるだろうって? あんなの、私たちが人間に受けている痛みに比べたら大したことないじゃない。ガユムもそう思わない?」
「思う。……思うが、もう少し声のボリュームを落としてくれ、ミーア」
ガユムはその大きな躯体を縮こませてからそう言った。
ガユムは巨人族の成人で、ジャスの付き人だ。黒髪短髪で黒目の男で、太腿が半分も隠れない程に短いズボンを履いている。それ以外は何も身に付けていない。手首についている手錠は簡単に外せる。が、ジャスからはそれを外した瞬間に罰を与えると言いつけられている。
「シャリィ、お前は人間を憎いとは思わないのか? 我々をこんな風に扱って、ふんぞり返っている人間を。この国の外では、同胞が人間によって惨たらしく殺されていると聞く。何の運命か、私の主人は人間以外の種族の絶滅を願っている」
「その程度ならまだいいわよ。私の主人なんか、付き人を増やせるだけ増やして自分の欲を満たすために好き放題やってるのよ? なんで私たちがこんな惨めな思いをしなきゃいけないのか、理解できないわ」
語気を強める二人とは対照的に、シャリィの言葉は丸かった。
「私は別にそこまでは……。私のご主人様は普通に生活させてくださってますので。私にとっての最高の生活です」
「は? なにそれ」
「それは流石に言いすぎだ。人間の生活を知っているだろう? それに比べれば私たちなど――」
「言い過ぎではありませんよ。ご主人様に直接お聞きしたので」
きっぱり言い切るシャリィに、二人は困惑の表情を浮かべる。
「……シャリィ、あなた、何を聞いたの?」
「どうして私はこんな扱いなのか、と。あの時は自分の扱いが他の付き人とは違っている気がして、捨てられるのが怖かっただけなのですけどね」
シャリィは笑みを浮かべながらそう言った。
基本的に、付き人は主人に見捨てられれば殺される。かつてシャリィは、主人であるカイトが自分に興味を失っていて、見捨てられることを恐れていた。
「で、お前の主人は何と?」
「それが人間とその付き人との関係で不自然に思われない、一番マシな扱いだから。そう言われました。間違いなく、私の質問の趣旨は伝わっていなかったみたいですけど」
その回答とシャリィの表情は、ミーアは表情をより一層険しくさせた。
「……あなた、自分の主人に不満とか無いの?」
「特には……。しいて言うなら、もう少し感情を表にだしてほしいです。付き人としてはその方が動きやすいので」
シャリィがそう言うと同時に、後ろから声が掛かる。
「シャリィ、帰るぞ」
「はい、ご主人様」
シャリィの後姿を見ながら、二人はため息を吐いた。
「あれは使えんな。魔族だし多少才能も感じるから、こちらに引き込めれば貴重な戦力になると思ったのだが」
「あれじゃ、仲間に加えちゃったら密告されちゃいそうよね。仕方ないわ、他をあたりましょう」
「そうだな。この状況をひっくり返すためだ。絶対にやり遂げて見せる……!」
「えぇ、そうね」
そう話す二人の瞳には、強い光が灯っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます