-02 過去
それは、幅十メートルほどの白い道だった。道は薄っぺらい紙のようになっていて、周りは底の見えない奈落になっていた。そんな場所で、人間たちは必死に戦っていた。防具を身に付け、武器を構え、ギラリとした瞳を輝かせている。
しかし、カイトにはその光景がやけに虚しく見えた。彼らの動きを見る限り、そこに敵はいるのだろう。しかし、その敵はカイトには見えない。
「……なんだ、こいつら? 何をしてるんだ?」
「
突然後ろから声を掛けられて、カイトは勢いよく振り向いた。そこには白い肌と腰まである銀色の髪を揺らしている女性だった。身に付けているローブは、か細い体のラインを強調している。
女性の銀色の瞳に少しの間目を奪われて、カイトはあることに気が付く。
「……っ!」
「大丈夫です。私たちは宙に立っている訳ですが、ここは現実の世界ではありません。突然魔法が切れて落ちる、なんてことにはなりません」
「現実の世界じゃない……?」
「ここは私の記憶の中です。……ほら、あそこにいるのがあなたのご両親ですよ。と言っても、あなたは顔も見たことないでしょうけど」
カイトが言われるがままにそちらを見ると、どこか自分の面影を感じさせる男と女がいた。不思議なことにその二人だけが敵を視認できていないようで、必死に周囲の人間を宥めようとしていた。
「あの二人には見えてないんだな。僕にも見えてないってことは、何か特別な力が僕の血統にはあるってことか……?」
「いいえ、違います。あの二人には特別な力は何もありません。本当にただの人間です」
「じゃあなんで……?」
「あの道は、その上に立った瞬間にとある仕組みが働くようになっているのです。世界の維持に必要な秩序から外れる思考を持った者に、絶対に勝てない強大な敵を見せるという仕組みです。それは決して幻覚などではなく、見えている者には確かなダメージを与えます」
女性の言う通り、カイトの目下では突然血を吹いて倒れたり、何かを受けて吹っ飛ぶような者が後を絶たない。奈落の底は見えないが、恐らく落ちた者は生きていないだろう。
「世界の維持に必要な秩序ってのは?」
「この世界は、生き物がバランスを取って生きられるようになっているのです。各々が自分が生き延びるため、あるいは仲間を生かすために他の生き物を殺す」
「自然の摂理ってやつか」
「あなたたちの言葉ではそれが一番近いかもしれませんね。この世界には捕食者と被捕食者が連鎖的に存在しています。被捕食者が減れば捕食者は餓死によって数を減らし、被捕食者が増えれば捕食者が増える。それが連鎖的に発生し、いずれ一定のバランスに収束する。世界の維持に必要な秩序から外れる思考と言うのは、このバランスを破壊する可能性を秘めているという意味です」
「僕たちの言葉で端的に言うのなら?」
「生きること以外の理由での殺戮を求める者です」
「僕の両親がいるってことは、これは人間が神へ挑んだ時の?」
「その通りです」
「……あぁ、ようやく分かった。つまりは、迫害をしてきた多種族への復讐心を少しでも持ってる人間が標的になってるのか。まあ、僕が聞いた歴史が正しければ同情しか出来ないけど。……僕の両親は何を目的に戦ってるんだ?」
「あの二人は、ただ自分と自分の仲間が生き延びる事だけを純粋に望んでいたのですよ」
「よくあんなゴミみたいな時代に……」
「それが今、この時に繋がっているのですから、案外想いというのは侮れないものです」
「それはどういう……?」
「もう少し見ていれば分かりますよ」
目下で戦っている仲間たちを助けようとしていたカイトの両親だったが、悔しそうに地面を殴りつけてから諦めた。目に見えない何かと戦う仲間たちを背に、二人は道を進んでいった。
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