+03 成人化

 カイトはその他の同級生と共に、制服に身を包んで立ち並んでいた。町の中心の大広間に、続々と今年で十五歳となる人間が集結している。更にその周りには見物客が大量に並んでいる。

 人間たちが神に勝利したと言われている戦いは、聖戦と呼ばれている。現在、その聖戦から十五年と少しが経過している。急激に生活レベルが上昇したとはいえ、聖戦が残した傷跡は未だ消えていない。

 現在、人間の総人口はおよそ五百万人。急激に人口が増えている真っ最中であり、割合で言えばカイトよりも一年以上若い世代が多い。理由は単純で、神に勝利したことにより生活が安定したのが丁度カイトが生まれたタイミングだからだ。



「よっ、カイト。昨日は災難だったな」



 たまたまカイトと近い位置となったジャスがカイトへ話しかけた。



「ジャスは相変わらずだな。僕にはあんな面倒ごとに首を突っ込む気力はない」



 目を合わす事すらせず無表情で淡々と話すカイトに、ジャスは特に気を悪くしたりはしない。いつもそんな感じなので、ジャスはそういったものなのだと受け入れていた。



「僕には寧ろ、なぜカイトが何も言い返さないのかが不思議でならないがね。普通怒るぞ? 自分の両親が侮辱されたら」


「僕は別に……。両親の顔すら知らないし、いない事を寂しいと思ったことも無い。多分、僕に人間は向いてない」


「じゃあ、カイトは何が向いているんだ?」


「生存競争の激しい虫か動物」


「え、僕は嫌だな……。理由は?」


「生きることに必死になれるから。そうすれば余計なことを考えずに済むだろう?」


「相変わらずカイトは変わった考え方をするね」



 そんな話をしている内に整列が完了し、無駄に高い祭壇へと一人の男が上った。

 短い茶髪に真っ白なローブ。整えられた髭は、二十代後半に見える顔にはどこか不釣り合いで違和感があった。そして、その腰には刀身五十センチほどの短剣が装備されていた。刀身の反対側――柄の端には球体が引っ付いていた。それはきちんと視界に映っていたが、何色か分からなかった。



「あれが神器か……。カイト、どう思う?」


「……見覚えがある気がする」


「前回の成人化を見物にでも行ってたのか?」


「いや、行ってない。教皇様を見るのもこれが初めてだ。だけど――」



 カイトは妙な違和感を感じていた。何かが思い出せそうなのだが、何も思い出せない。見たことの無いはずのものから、何を連想しようとしているのかは皆目見当もつかない。



「だけど?」


「……いや、何でもない。多分気のせいだ」



 次の瞬間、魔法で拡大された音声が辺りに響き渡った。

 それは、壇上に立った教皇――フェメラルの声。



「まずは感謝の言葉を。成人化を迎えた皆様方、おめでとう。これから儂の力で、そなたらのステータスを三千に引き上げる。分かっていると思うが、それは並大抵の能力ではない。そこらの多種族に劣ることの無い、成人化を迎えていない人間とは次元の違う強さだ。成人化の後、しばらく教育を受けてもらうことになっているのは皆も知っての通りだろう。その教育とは即ち、正しく力を扱い、正しく力を振るうための教育だ。君たちが誤った道に進むことを、儂らは望まぬ。一人は皆のために、皆は一人のために。より一層の人間の発展と、そなたたちがそのための礎となってくれることを期待している」



 見た目の割にどこか年齢を感じる言葉で、見た目通りの声による演説が終わった。

 大きな拍手がフェメラルへと送られ、それが止むと整列した者たちが規則正しく動き始める。全員がフェメラルの前を順番に通り、一人一人成人化を行っていく。

 途中、大きな声援が聞こえた。カイトとジャスがそちらに視線を向けると、成人化を終えたボンが見物客の中に混じっていた家族や知り合いに向けて手を振っていた。



「ボン、嬉しそうだな」


「そりゃそうだろう。これでようやく大人たちの仲間入りが出来るんだから」


「そう……だな……」


「なんだ、浮かない顔をして」


「僕はやりたいことが無いんだ。成人化をしたところで、何をすればいいのかが分からない」


「そんなに肩に力を入れなくても、そのうち見つかるさ」


「……そうだといいな。ジャスは何かやりたいことがあるのか?」


「僕は兵士になりたいんだ。立派な人間の一員として、今まで罪を重ねてきた多種族を絶滅させたいんだ。僕の家族はほとんどが多種族に弄ばれた末に殺されたらしい。だから、きちんとこの手で恨みを晴らしたい」


「そうか。叶うといいな」


「あぁ、頑張るよ」



 そう答えるジャスは、カイトには出来ない表情を浮かべていた。

 皆が当たり前のように何か事情があって、何か目的がある。日々を退屈だと思いながら、何の目的も持たずただ悪戯に生きてきた。そんなカイトは、嬉々として目的を語るジャスを心の底から羨ましいと思った。

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