第65話

『……よしっ! 警備用から作業用まで、全機投入したかっ! いいかよく聞け! 絶対にそのゴーレムを生け捕りにするんだ! まずは囲め! 囲むんだ!』



 痰が絡んだようないがらっぽい声が、施設内に響き渡る。


 ジャンヌ・ダルクのように、死体の山じみた瓦礫に立つボーンデッド。

 そのまわりには、有象無象のメルカヴァが包囲網を形成している。


 なんだか懐かしい光景だ。

 ゲームではザコに囲まれるのはしょっちゅうだったが、久しぶりだな。


 俺は王のようにどっしりと、シートに深く腰掛けたまま、全方位を眺め回す。


 ボーンデッドの眼にあたるカメラは、初期状態では顔にある1門だけだが、すでに増設済。

 だから、せわしなく機体を動かしてキョロキョロしなくてもいいんだ。


 前後左右にある5門のカメラは、それと悟られることなく、しかし鮮明に周囲を捉えていた。

 コクピット内では円環のようになったマルチモニターが、パノラマ状に映像を合成して、現況を俺に知らせてくれるんだ。


 ……なおも炎上している俺を、照り返しを受けながら眺めているメルカヴァたち。

 山賊に村を燃やされた村人みてぇなツラしてやがる。


 その筆頭は、警備員の制服とお揃いのボディカラーをした、紺色の機体。

 おそらく警備用のメルカヴァだろう。


 カッチリした四角四面のデザインに、白いラインが入っている。

 いかにも規律を守る者、ってカンジだ。武器は警棒と大きな盾。


 その後ろに控えるは、マニュピレーターのかわりにリフトフォークや、ドリルのついた重鈍そうな機体。

 この工場の作業用メルカヴァなんだろうな。


 工業用のロボットってのは、作業においての視界を確保するために、コクピットを覆うキャノピーがないのが一般的だが、この世界でも同様のようだ。

 金属パイプで組まれたフレームの向こうには、いかにも工業機械っぽい操縦席と、油で汚れた作業服のパイロットが。


 あんなに丸見えでもフェイスの表示は義務づけられているのか、顔のアップが機体の上に吹き出しのように浮かんでいる。


 ……敵のメンツとしては、こんなところか。


 警備用のメルカヴァはおそらくだが、女子高生の駆るものと同等、もしくはそれ以上の性能があるだろう。

 それでもたいしたことはねぇが……あとは工業用のメルカヴァがどの程度のパワーを持っているかだな。


 でもまあ、問題はないだろう。

 ちょっと数が多いから、手加減しきれるかどうかはわからんがな。


 あと意外だったのは、警備員を束ねているヤツが女だということだった。

 陰で『お局様』とか『鉄の女』とか噂されてそうな、色気と強気さを兼ね備えた美魔女。


 いい女だが、三角レンズでチェーンのついた教育ママみたいな眼鏡のせいで、近寄りがたさがハンパない。



『よおし、社長のご命令どおり、絶対に生け捕りにするんだ! 全員で一気に取り押さえるぞっ! かかれっ、かかれーっ!』



 ヤツは、時代劇に女悪代官がいたらこんなカンジなんだろうな、みたいな甲高いソプラノの掛け声をあげた。

 それなりに人徳はあるのか、まわりにいたヤラレ役どもは、規律の取れた動きで一斉に輪を狭めてくる。


 小一時間前に、俺が敷地内を見渡していた高台には、避難を終えた作業員たちがいて、洪水に見舞われた村を見下ろすかのように心配していた。



「ああっ、赤ボンが囲まれてる……!」



「でも、簡単に捕まえられるかなぁ? あのゴーレム、相当な暴れん坊みたいだけど……」



「あのゴーレム、かなりの性能があるようだが……さすがにああなったらオシマイだろ……!」



「だよねぇ、メルカヴァってどんなに性能差があっても、5機以上は相手にできないっていうし……ましてやゴーレムなんかじゃ……ええっ!?」



 俺は下馬評を聞き流しながら、闘牛士マタドールのように機体をひらりと翻していた。

 しかし脚は少しだけ残す。



 ……ガッ! ……ドシャァァァァァァァァァァーーーーーーーーッ!!



 ダンプトラックが横転したような衝撃とともに、ヘッドスライディングで滑っていく警備用メルカヴァ。

 後ろから盾で突き飛ばそうとしてきたから、足をひっかけて転ばせてやったんだ。



『よ、よけたっ……!? 後ろから突っ込んだはずなのに!?』



『ばかな!? 背中に目でもついてるのか、あのゴーレムはっ!?』



『ただの偶然だっ! かかれっ、かかれーっ!』



 五月雨式に入り乱れるザコども。

 こうなったらもうヤツらに勝ち目はない。相打ちを誘いやすくなって、むしろ楽にすらなるんだ。


 まずは、警備兵……!

 ヤツらは大きな盾を向けてきている。攻撃を防ぎながらスキを見て、盾ごとタックルをかましてくるんだ。


 盾には、覗き窓のようなものがついている。

 ってことはロボットのクセして、人間みたいにわざわざあの窓を覗き込んで敵を見なきゃいけないわけだ。



「……盾にもカメラをつけときゃ、視界を塞ぐこともねぇだろうが!」



 俺は思わず大声で突っ込んでいた。

 でもまあそのおかげで、こっちはさらに楽になるんだけどな。


 いくら頑丈な盾があったところで、戦車みたいな視界しかなけりゃ、ただの立板だ。

 目の前で咄嗟に機体をずらしてやるだけで、



『き、消えたっ!?』



 と驚いてくれる。すでに側面に回り込まれているとも知らず。


 そのまま無防備な側頭部に、掌底を叩き込む。



 ……ゴシャッ!



 ひしゃげた生首が飛び、瓦礫の中に消えた。



『し、しまった! カメラをやられた! なにも見えなくなったぁ!』



 パニックになって警棒を振りかざす、首なし警備兵。

 味方にガンガン当たっているのもおかまいなしに、メチャクチャに振り回しはじめた。



『わあっ!? やめろっ、やめろーっ!』



『俺は味方だっ! 当たってるって!』



『首が取れてマイクユニットがなくなったから、聴こえてないんだ!』



 ……そうなの?

 なんでそんなあっさり取れるような場所に、重要なユニットをふたつも付けてんの?


 でも、いいことを聞いたぜ……!

 警備兵は首さえりゃ、スクラップ同然になんのか……!



『でやぁぁぁぁぁーーーーっ!!』



 背後から威勢よく打ち込んできたヤツの懐に潜り込み、一本背負いをかます。



 ……ズダァァァァァァーーーンッ! グシャッ!



 倒したところにストンピングで頭を踏み砕いてやって、一丁あがり……!


 直後、前から警備兵、背後からフォークリフトの工業兵が襲いかかってきたので、



「……あちょぉぉぉぉーーーっ!!」



 ……グワッシャァァァァァァーーーーーッ!!



 飛び膝蹴りを警備兵の顔面にくらわせて、着地する。

 丘の上は騒然となった。



「はっ……速い!」



「あのゴーレム、なんて機動力だ! 攻撃が全然当たってないぞ!」



「それに、飛んで膝蹴りをやるだなんて……! ゴーレムって、あんなすごいことができるんだ……!」



「あんな芸当、メルカヴァだってできるヤツはほとんどいねぇぞ!」



「あっ、でももしかしたら、警備長さんなら……! 警備長さんって、昔はメルカバトルのプロ選手だったんでしょ?」



「そういえばそうだ! この前、訓練で組み手をやってるのを見たことがあるけど、メチャクチャ強かった!」



 その件の『警備長さん』とやら俺の前に立ちはだかった。

 脂の乗りきった熟女フェイスが、女豹のような眼光と、不敵な笑みを浮かべている。



『フフッ、こんな鮮やかな動きをするゴーレムを見たのは初めて……! ああ、心の内に秘めたはずの、メルカヴァ乗りの血が騒ぎだしたようだ……!』



 警棒と盾を投げ捨てる警備長サン。こんなものは無粋だといわばかりに。



『久しぶりに本気を出すとしよう……! そう簡単に私の首は取れると思うなよ、ゴーレム……! さあ、かかってこい……!』



 ……ゴシャッ!



 低出力バーニアで一気に近づいての一撃。

 カンフーのような大仰な構えを取っていたので、ちょっとは期待してたんだが……ワンパンだった。

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