第66話
警備長サンは師のように余裕たっぷりだったのに、首を跳ね飛ばされた瞬間、面白いようにうろたえはじめた。
「な、なになにっ、何が起こったのっ!? どうしちゃったの!? どうしちゃったのぉぉぉ~っ!?!?
ドスドスを地団駄を踏みながら、首ごと失われて肩と水平になってしまった箇所をマニュピレーターでさする。
「ああっ!? あ、頭がないっ!? 頭がどこかに行っちゃった!? どこなのっ、どこなのぉぉぉ~っ!?!?」
ド近眼のヤツがメガネを落としたみたいに這いつくばって、瓦礫をワサワサしはじめる。
実際にヤツがかけているほうのメガネもずり落ちていた。
手が当たったモノを、「あった!」と掴んで頭に乗せる。
しかし、それはただの鉄クズだった。
俺が一撃の元に警備のトップを屠ってやったので、部下たちは恐れおののき、後ずさっている。
「け、警備長が……ま、負けるなんて……!」
「訓練で、俺たちがぜんぜん歯が立たなかった相手を……!」
「それも、一撃で……!」
「頭はメルカヴァの弱点ではあるけど、いちばん狙いにくい箇所なのに……!」
「しかも、一歩も動けずにやられちまったぞ……!」
「け、警備長って……あ、あんな女の子みたいな声、出せるんだ……!」
「そういえばそうだな……! いつも男勝りだったから、知らなかった……って、そんなことは今はいいだろ!」
「それよりも、あのゴーレムだ……! あの動き、只者じゃねぇ……! 本当にゴーレムなのか……!? 実はメルカヴァなんじゃ……!?」
「あ、あんな動き、メルカヴァにだってできねぇよ……!」
「まるで、獲物に襲いかかるチーターみたいな速さだった……!」
「じゃ、じゃあヤツは何だってんだよ!? 野生の獣とでも言うつもりかっ!?」
「いや……! ヤツは、魔神だ……!」
俺を囲んだフェイスたちが、お互いに顔を見合わせあって、ごくりっ、と喉を鳴らしたあと、
「うわああああああっ!? 魔神だっ! 魔神だぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「魔神様が、魔神様がお怒りになったんだぁーーーーーーーーっ!!!」
「お許しを、お許しをーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
警備兵たちは警棒も盾も放り捨て、揃って諸手をあげて逃げだした。
そのあとに「ああっ、待って!」とトロくさい重機メルカヴァたちが続く。
さらにそのあとに「いやあっ!? 置いてかないでぇーっ!」と警備長が続く。
腰が抜けて立てなくなったみたいに、四つ足で這い逃げているが……カメラがないのであさっての方角に進み、Uターンして俺のほうに戻ってきた。
やれやれ、どいつもこいつも……肝試しに来たガキどもみたいになってるじゃねぇか。
『職場放棄は許さんと言っただろうがっ……!!!』
不意に落雷のような一喝が轟く。
それに打ち据えられたかのように、離れていく背中たちがピタリと静止する。
声の発生源のほうを見ると、そこには……。
ヤツが、いた……!
……ズシン、ズシン、ズシンッ……!
一歩ごとに大地を揺るがすほどの、超重量級……!
『逃げたヤツは、どうなるかわかっているな!? 一生後悔することになるぞっ!?』
……ズシン、ズシン、ズシンッ……!
炎も瓦礫も、すべてひと足のもとに、アリのように潰してしまう、鋼鉄の脚……!
『クビになりたくなければ、死ぬまで働けっ! 死ぬまで戦うんだっ!!』
……ズシン、ズシン、ズシンッ……!
『警備長のクセして、あっさりやられるとは……! この、役立たずが……! 狼藉者の撃退に少しは使えるかと思って、雇ってやったのに……!!』
奴隷たちを束ねる
盲目となってしまった長は、声の方角だけを頼りに跪いた。
『しゃ、社長……!? も、申し訳ありませんっ! ああっ、どうかお許しを! お許しを!!』
『ふんっ! 許してほしいか……! まだワシのために、役に立ちたいか……!?』
『はっ、はい……! ここをクビになったら、私は行くところがありません! なんでもしますから、どうかここに置いてください……!』
警備長は両膝をついたまま、祈るように指を絡め合わせていた。
メルカヴァも、フェイスに映るパイロットも、同じポーズで必死の懇願をしている。
その姿は、『金色夜叉』のお宮さながらだった。
足元にすがりつくような瞳は、目元のホクロと合わさって……ドキリとするくらい色っぽい。
しかし、贅肉に埋もれた貫一は、蹴飛ばすことをしなかった。
じゅるり……と音が聴こえてくるほどの舌なめずりのあと、
『なら、貴様は今日からワシの愛人だ……!』
最低のことを言ってのけやがった……!
しかし、お宮は即答する。
『それはお断りします』
どうやら、よほど嫌な提案だったらしい。
今にも泣きそうだった女の顔は、警備長らしい鉄面皮に戻っている。
そしてとうとう、痴話喧嘩を始めやがった。
『……なっ、なんだとぉ!? 貴様は元々、この工場用の愛人にするために雇ったんだぞ!?』
『な……なんですって!? プロのメルカバトラーだった私の腕前を、評価していただいたわけではなかったのですか!?』
『女のメルカバトラーなど、容姿がすべての世界ではないか! だから貴様も顔と身体で採用してやったんだ!』
『なっ……!? け、汚らわしいっ! 私はこんな人の下で、いままで働いていただなんて……!』
怯えた眼差しとともに、貞操を守るかのように身体を抱く、警備長とメルカヴァ。
意外と乙女チックなリアクションだ。
『ワシが汚らわしいだとぉ!? 貴様はクビだっ! いや、クビですら生ぬるいっ! 今すぐワシの前から消え失せろっ!!』
暴君はそう断罪して、橋ですら架けられそうなほどの野太い腕を振り上げた。
求愛を反故した盲目の長めがけ、容赦なく唸りをあげる。
ゴバァッ!!
空を切り裂く轟音とともに、隕石のような鉄拳が降り注ぐ。
それは、奴隷を躾けるための鞭……!
いや、躾というのは名ばかりの、処刑の巨槌であった……!
……グワッシャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッ!!!
インパクトの瞬間、盲目の奴隷も、その奴隷の部下たちも……そして遠巻きに見ていた奴隷たちですらも、きつく瞼を閉じていた。
「い、痛く、ない……?」と蚊のなくような声が俺の胸のあたりでしたあと、ハッと息を飲む。
「ぼ、ボーンデッド……!? ど、どうして……!?」
信じられないのも無理はない。
俺が彼女背後に立ち、ハゲデブの拳をかわりに受け止めていたんだからな。
我が目を疑うかのような声が、周囲で飛び交う。
「み、見ろ……! ボーンデッドが、ボーンデッドが警備長をかばっているぞ!?」
「う、うそ……!? あんなに一瞬で近づくなんて……!?」
「それに、片手だ……! 社長のメルカヴァの一撃を、片手で受け止めるだなんて……!」
「マジかよっ!? 社長のメルカヴァのパンチって、鉄球クレーンの数倍の威力があるんだぞっ!? 鉄骨のビルだって一撃で倒しちまうほどのパワーがあるのに……!」
「や、やっぱり……! やっぱりあのゴーレムは、魔神なんだ……!」
「でも、どうして……!? あんなに怒ってたのに、なんで警備長さんを助けたの……!?」
「きっと、社長だ……! ボーンデッドは社長だけに怒ってるんだ……!」
「そうか! だから吹っ飛ばされたヤツがいたときに、手ですくって助けてたのか……!」
「そういえば……ボーンデッドって、あんなに暴れてたのに……誰もケガ人がいないよ!?」
「そうだ……! ってことはやっぱり、ボーンデッドのターゲットは、社長ひとり……! 俺たちに危害を加えるつもりはないんだ!」
「……がっ、がんばって! がんばってぇ! ボーンデッドぉ!」
「ちょ、ちょっとお前!? なに応援してんだっ!?」
「だ、だって……! 警備長さんへの仕打ち、見たでしょう!? 私もう、この工場やめる!」
「わ……私も! 社長に愛人候補として見られてるのかと思ったら、身の毛がよだつわ……!」
「くっ……! じゃ、じゃあ俺もだっ! 俺もやめるぞっ! 昼も夜もなく、奴隷みたいに働かせやがって! もうガマンの限界だっ!」
「俺もやめる! 俺もやめろぞぉーっ! がんばれっ、ボーンデッド! そんなハゲデブ、やっちまぇーっ!」
「ボーンデッド! ボーンデッド! ボーンデッド! ボーンデッド!」
そして巻き起こる、『ボーンデッド』コール。
やっぱり『ハゲデブ』ってのは、共通認識だったんだな……と俺は思った。
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