第64話

 次のターゲットはTシャツ工場だった。

 ビート板みたいなので広げられた無地のシャツが整然と並んでいて、規則正しく機械に吸い込まれていく。


 出てきたシャツは俺の全身イラストが描かれていて、ご丁寧に『ぼんでっと』と偽サインまでされている。


 それは俺にとっては、偽札製造以上の大罪……!

 下された判決は、もちろん死刑……!


 処刑人と化したボーンデッドが、大上段とともに鉄骨を振り上げ、ギロチンのように叩きつける。



 ……ドグワシャァァァァァーーーッ!!



 紙細工のようにへこみ、ひしゃげるプリントマシーン。

 ガガガガと詰まるような音をたてて、製造ラインは停止した。


 ビーッ、ビーッと異常を知らせる警報とともにランプが激しく点滅。

 俺の真紅の身体を、さらに鮮やかに彩る。


 この世界にある機械っぽいものは、ぜんぶ『ミンツ』という魔法水晶で動いている。

 だからプリントマシーンのそばにも、試験管に入ったクリスタルみたいなのが置いてあって、セーブポイントみたいに輝いてやがるんだ。


 その『ミンツ』をブッ壊せば、機械は電力供給を断たれて停止する。

 いちばん手っ取り早い壊し方だったんだが、俺はあえてそれをやらなかった。


 もう二度とこんなバカげたことができねぇように、全部めちゃくちゃにしてやらなきゃ気がすまなかったんだ……!


 魔法水晶が放つ紫色の光を浴びながら、染料を補充する機械めがけてパンチを放つ。



 ……ドゴォォォンッ!!



 クレーターのようにガワがへこみ、拳が突き抜けた反対側から、臓物のように歯車が飛び散る。



 ……バリバリバリバリッ……!!



 直後、ライトパープルの稲妻が、俺の身体を駆け巡る。

 「ああっ!? 赤ボンが感電したぞ!?」と駆けつけた警備員のひとりが言った



「だから言わんこっちゃない! あーあ、ビリビリしちまって!」



「危ない! ミンツが切れるまで近寄るな! こっちまでやられるぞ!」



「ミンツの供給を止めずに機械の内部に触るだなんて、ムチャをするから!」



「コイツ、やっぱりゴーレムだけあって、知能が低……わぁぁぁぁっ!?」



 ……ドォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 ボーンデッドが腕を引き抜き、雄叫びをあげた瞬間……身体から放出された稲妻が頭上に突き抜けていき、天井をバラバラに吹っ飛ばす。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」



「らっ、落雷……!?」



「いや、違う! 赤ボンが身体から稲妻を出しているんだっ!」



「ばかなっ!? 工業用のミンツが流れてるのに、動けるだなんて……! メルカヴァですらスクラップにするほどの高圧なんだぞっ!? それをましてやゴーレムが……己の身体に取り込んで、逆に操るだなんて……!」



 驚きおののく警備員たちに向かって、俺は叫んだ。



「この俺が……スクラップになんかなるわけねぇだろうがぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 ミンツが何でできてるかは知らねぇが、こんなチンケなものでボーンデッドがやられるわけがねぇ。


 機体に流れたのは、電流に類似した性質のものだとステータスモニターが分析していたから……『サンダーアーム』のスキルを加えてやって増幅……!

 しかもこっちでコントロールできるようにしてやったんだ……!


 ボーンデッドの身体から無数の触手のように伸びる、電流の鞭……!

 放射状に、ジグザグに散り、軌跡上にあるものを貫いていく……!



 ……バチバチバチバッ……! パァーンッ!



 そこらじゅうでショートしたような火花が散り、破裂音ともに火の手があがる。

 花火工場が火事になったみてぇな有様だ……!



「うわあっ!? なんだ、なんだ、なんなんだっ!?」



「赤ボンが魔法を使いはじめた!?」



「バカっ! 詠唱もなしに雷撃魔法なんて使えてたまるかよっ! それよりも逃げるぞっ!」



「で、でも、社長は取り押さえろって……!」



「あんなバケモノみたいなゴーレム、生身で捕まえられるかよっ! もうすぐ警備用のメルカヴァが来るから、ソイツに任せるしかねぇだろっ!」



「……ああっ!? や、やべえ! 塗料のタンクに引火しそうだぞっ!?」



「わああっ! 逃げろっ! 逃げろぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!!」



 パンドラの箱を開けちまったかのように、モノノケじみた雷竜が飛び交う。

 すでに裁きの炎で満たされた下界では、必死の形相で逃げ惑う警備員ども。


 俺はリクエストに答えるように、そばにあった丸いタンクに向かって手をかざした。



「わああああっ!? やめろっ、やめろ、ボーンデッド……!!」



「爆発する! 爆発するぞぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」



 ……カッ!!!



 白い閃光が、俺の手のひらから迸った直後、



 ドォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!



 巨大な爆炎が、大空を焦がした。



「ば……爆発したぞぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



「おいっ! 工場内にいた部下たちは!? それに赤ボンはどうなった!?」



「あっ、警備長どの! 警備員は、私を含めて全員逃げおおせました! 赤ボンは……至近距離での爆発に巻き込まれたようですっ……!」



「そ、そうか……! ということは今は、あの瓦礫の下か……! 社長から生け捕りにしろと命令されたから、倉庫からメルカヴァを出してきたんだが、遅かったか……!」



「で、でも……よかったですね! あのゴーレム、まるで魔神みたいにメチャクチャに暴れてましたから……! いくら警備長殿のメルカヴァでも、抑えられたかどうか……!」



「バカを言うな! 私は今でこそこんな立場だが、去年まではメルカバトルで暮らしを立てていたんだぞ! だからちょっと本気を出せば、偽物どころか本物のボーンデッドだって、ひと捻り……!」



 ……ドォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 瓦礫が、噴火した。

 いや、俺が噴火させた。


 ちょっとばかし、聞き捨てならねぇことがあったからな……!



「ああっ!? ぼ、ボーンデッドが……! ボーンデッドが瓦礫の中から……!」



「……バカなっ!? あの爆発を受けて、機能停止していないというのか!?」



「う、うわぁぁぁっ!? ち、血だ! 血にまみれて……!」



「バカ、落ち着けっ! あれはただの赤い塗料だ!」



 俺が一歩を踏みしめるたび、足元の瓦礫がペチャンコにならされ、血の雨が降りそそぐ。


 少し前までTシャツを作っていたはずの場所は、地獄さながらの瓦礫の山と化していた。

 俺は鮮血のような赤と、地獄から吹き出したような業火をまといながら、一歩一歩ゆっくりと進んでいく。


 阿鼻叫喚の渦が、そこかしこで起こっていた。



「あ、あれはボーンデッドに似たゴーレムなんかじゃない……! 魔神だ……! 魔神様だったんだ……!」



「そ、そうよ……! 魔神様が、魔神様がお怒りになったんだわ……!」



「あああっ……もう、おしまいだ……! この工場は、おしまいだぁーっ!」



 ヤツらにとって今の俺はまさに、この世の終わりを告げにやってきた、魔神に見えていたに違いない……!

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