第40話

「それでは、双方いざ尋常に……勝負、はじめっ!」



 立会人を買って出たブソンの、角菱ばった宣言が橙色の空に轟いた。


 目に刺さるような西日を背にした、みっつのシルエットが勇猛に動き出す。

 俺は眉をしかめながら迎撃体勢をとった。


 ちと眩しいな……。

 スキルで軽減することもできるんだが、今はいいだろう。


 ヤツらの動きからするに、自分たちの位置の優位性を理解していないのは丸わかりだからな。


 接近戦を仕掛けようと、詰め寄ってくる2体は戦士ファイター僧侶プリーストだろう。

 武器を頭上でグルグル振り回してるから、どっちがどっちかもすぐわかる。


 開始地点から一歩も動こうとしていないのは盗賊シーフだ。

 腕が見えないということは、ワキをしめてクロスボウの狙いを定めているんだろう。


 俺はヤツらの動きを観察しながら、さらにふたつの操作をこなす。

 まずスキルウインドウを開いて、サクっと新しいスキルを獲得。


 同時に機体を軽くサイドステップさせて、向けられているであろうクロスボウの先から逃れる。

 間に戦士ファイターが挟まるようにして、射線を遮ってやった。


 盾に利用されているとも知らず、戦士ファイターは熱い雄叫びとともに俺に斬りかかってくる。



「うおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」



 頭上に振りかざされた剣がオレンジの光をまとい、燃えるように輝いた。


 ……見た目は派手で結構だが、そんなバレバレの動作モーションでいいのかよ……!


 俺からすれば、どこもかしこもお留守……!

 町内会の旅行を泥棒に知らせてるようなもんだぜ……!


 わざわざ軌跡まで残して、これからのルートをご丁寧に教えてくれているソレを、俺は白刃取りのように構えて歓迎する。


 といっても、受け止めるわけじゃない……!

 それじゃ防御……一時しのぎにしかならねぇ……!


 次に考えられるのは、相手の牙……つまり剣をへし折る……!

 それは防御よりはマシだが、プラマイゼロ……!


 俺が狙っているのは、防御、そして相手の『心』をへし折り……!

 さらにはマイナスを、ゼロどころか、プラスに変える技っ……!


 俺はダッキングとともに懐に潜り込み、相手の利き手を掴んだ。

 そのまま腕を巻き込み、軽く捻ってやる。ほんの一瞬で。



 ……ズギャンッ!



 金属どうしがこすれ、ぶつかり、黄昏をさらに色濃くする火花が散った。


 そして、一瞬の静寂。

 すべてが瞬きほどのわずかな間、静止する。


 誰もが言葉を失っている。

 技を受けた戦士ファイターですら、まるで魂ごと奪われてしまったかのように立ち尽くしている。


 無理もない。

 コンマ数秒前まで俺を叩き斬ろうとしていた剣は、いまやヤツの手を離れ、俺の手に移っていたからだ。


 これは『武装解除ディスアーム』……!

 敵の武器を一瞬にして奪う技……!


 現実にある護身術をヒントに俺が考えた、オリジナルの体術だ。

 本来は突き付けられた銃に対しての技なんだが、応用を効かせることで、すでに攻撃動作に入った近接武器も奪えるんだ。


 コツも現実のものとはちょっと違う。

 とある角度で腕を捻ってやると、マニピュレーターへの信号が0.1秒ほど遮断される。


 それは人間の反応速度を超えたわずかな時間ではあるが、来るのがわかってりゃゲーマーにとってはアクビが出るほどの長い猶予だ。


 その間だけは、どんな超絶パワーのヤツだろうが簡単に武器をくれる。

 たったいま殺そうとしている相手に対しても、孫に小遣いをやるみたいにアッサリとな。


 そして、この技をくらった相手は何が起こったのかしばらく理解できず……好々爺からボケ老人みたいに立ち尽くすんだ。


 いつもであれば、奪ったのが銃であればそのまま頭を撃ち抜いてやり、剣であれば首を跳ね飛ばしてやるんだが……さすがに今回はそこまではやらない。


 俺は借りたばかりの剣を横に薙いで、今度は左手に持つ盾を遠くに跳ね飛ばしてやった。

 剣で盾を飛ばすのはもっと簡単だから、原理は省略する。


 フリスビーのように飛び去ったソレが地面に突き刺さって、ようやく俺のまわりに現実が戻ってきたようだ。



『え……? な、なんで……?』



 啄木の短歌のように、ぢっと手を見る戦士ファイター



『け、剣も盾も、一瞬にして……!?』



 隣にいる僧侶プリーストも、石のように固まっている。

 少し遅れて、観客達も騒然となった。



「な、なんだっ!? 今、ボーンデッド殿はなにをしたんだっ!?」



「あっという間に相手の剣を奪っちゃったよ!?」



「剣だけじゃねぇぞ! 盾まで跳ね飛ばしやがった……!?」



「近接武器の奪取と、盾の無効化……しかも、あれほどあっさりと……! メルカヴァが人の手に渡った近代、いや、神々が駆っていた古代のメルカヴァ戦術を紐解いてみても、あんな技は存在しない……!」



「ふ……不思議ですっ!? まるで手品みたいですぅ……!?」



 俺は攻撃の手を休め、剣を肩に担ぐ。

 目の前には、立たされ坊主にようになっている二体のメルカヴァが。


 ……やれやれ、観客が見とれる分には別にいいが……お前らはボーッとしてちゃダメだろ。


 剣の峰で肩をコンコン叩くと、その音でようやくふたりとも我に帰った。



「そ、そうだ! まだ戦闘中だったんだ! えっ……えぇぇぇぇぇーーーーーいっ!!」



 戦士ファイターが思い出したように掴みかかってきたので、ひょいとかわしつつ脚を引っ掛けて転ばせる。


 そのまま身体を捻り、僧侶プリーストめがけて剣を一閃。

 前例を見ていたはずだろうに、あっさりモーニングスターを手放す。


 トゲトゲの鉄球はチェーンを彗星の尾のようになびかせながら、どっすんと地面に墜落。

 返す刀で盾もフリスビーに変える。犬がいたら大喜びだろうな。


 ……さて、こっちは片付いた。

 そろそろ、アイツが来る頃かな……?


 俺は心の中でひとりごちながら、手中の剣をくるんと一回転させ握り直す。

 直後、ビンゴとばかりに、



 ピンッ!



 コクピット内に響いた鋭い電子音が、鼓膜を貫いた。

 先ほどモノにしたカワイコちゃんが、俺のピンチに泣いてくれたんだ。


 レーダーモニタが切り替わり、ボーンデッドのシルエットを用いた着弾地点予想と、被弾時のダメージ予想が表示される。


 これは、『動体警報M・O・W・S』。

 ボーンデッドめがけて何かが飛んできているときに知らせてくれるスキルだ。


 ミサイルやら銃弾やら石ころやら昆虫やら、ボーンデッドに向かってくるものならなんでも検知する。

 ただそれだとうっとおしいので、警報を発する対象や、検知する速度は細かく設定可能。


 音も本来は「ピピピピピ!」って断続的なのが標準デフォルトなんだが、ウザいので短いのにしてある。


 銃弾の発射を教えられてもよけられないだろ、なんて言ってるヤツは素人……!

 ゲーマーであれば向けられている銃口はあらかじめ意識しておき、それが発射されるタイミングを常に予測して、適切な対応をとるべきなんだ……!


 俺はボーンデッドの身体を大きく回転させつつ、手にした剣をバットのように振り抜く。


 すると狙い通り、風切り音を真芯で捉えた感触があった。



 ……カッッ! キィィィィィーーーーーンッ!!



 ジャストミート。

 盗賊シーフが放ったばかりのクロスボウの弾丸は、目的を果たせなかったばかりか、来た道を戻っていく。


 ライナーとなってオーナーに牙を剥き、自分が生み出された十字架を天高く舞い上げていた。



 ……ドスンッ!!



 地面に突き立つ十字。

 長い影を落としたソレを、3体のメルカヴァはまたしても呆然と……己の墓標であるかのように見つめていた。



――――――――――――――――――――

●レベルアップしたスキル


 セキュリティ

  Lv.00 ⇒ Lv.01 動体警報

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