第41話

 俺は十秒かけず、対戦相手のメルカヴァ全ての武装をトバしてやった。

 パイロットたちはまだ忘我の極地にいるようなので、これ以上の試合続行は無意味だろう。


 俺は手にしていた剣をくるんと一回転させたあと、立ち尽くす持ち主の足元に刺し返してやる。

 そのまま背を向けて合宿所に戻ろうとしたんだが、ピクミンのような集団が押し寄せてきて、立ちふさがった。



「すごいすごいすごいっ! すごぉぉぉぉーーーいっ!! どうやったのぉ、アレぇ!? かきんかきんかきーんっ! ってやるだけで、武器をぜんぶどっかにやっちゃうだなんてぇーっ!?」



「おい、ボーンデッド! お前いったい、いくつ技を隠してやがんだよっ!? それも、どれもこれもとんでもねぇ技ばっかり……勿体つけやがって! このこのっ、この野郎っ!」



「ほ、本当に手品みたいでした……! ボーンデッド監督は、手品師さんなんですかっ!?」



「ボーンデッドが手加減していたから手品のように見えたが……あれはそんな生易しいものではない……! 完全に対メルカヴァ用の近接格闘術……! その気になれば、あの三体のメルカヴァの首を跳ねることもできた……!」



「すくすく冒険学校は毎回上位に食い込む強豪校……! 我が岩石乙女のライバルでもあるというのに……! その精鋭三体をまるで子供扱いとは……! お……おおお……! ぼ、ボーンデッド殿……! あなたはどこまで底知れぬお方なのだ……!」



 感動にむせびながら、次々とボーンデッドの身体によじのぼってくるJK集団。

 聖堂院にいる俺の嫁たちもそうだったんだが、コイツらも俺の肩が定位置になりつつある。


 鈴なりの女子高生と戯れていると、重苦しく、しかしどこかユーモラスな足音が近づいてきた。


 金属パーツの足が接地する衝撃と、内蔵されたサスペンションが衝撃吸収し、奏でられる独特のハーモニー。

 ……間違いない、メルカヴァだ。


 ちなみになんだが、メルカヴァの足音とボーンデッドの足音はほぼ同一。


 だから材質は違えど構造は近いんじゃないかと思って、ゲームでやってた体術を試してるんだよな。


 たとえば岩石乙女のメルカヴァと初絡みの時にやった、『ダルマ落とし』という名のローキック。

 アレがうまくいってから、まずます自信がついた。


 そして今回の『武装解除ディスアーム』で、とうとう確信へと変わった。


 間違いねぇ……!

 俺がゲームで編み出した技は、すべてこの世界のメルカヴァにも通用する、と……!


 それと、余談ついでに教えてやろう。

 メルカヴァとボーンデッドの足音は同じだと言ったが、厳密には違うんだ。


 なにが違うのかっていうと、個体により微妙に異なるんだ。

 人間の足音だって、人によって違うだろう?


 ドスドスとうるさいヤツや、引きずるようにズルズル歩くヤツ。

 聞き慣れてくると、足音だけで誰が近づいてくるのかわかったりしないか?


 それと同じことがメルカヴァにも言える。

 パイロットの微妙な操縦感覚が、足音に現れるんだ。


 俺は一度聴いた足音は頭に叩き込み、忘れないようにしている。

 なぜならば、イザって時に役に立つことがあるからだ。


 そしていま近づいてきたヤツも、足音だけで誰かがわかった。


 俺は答え合わせするつもりで、側面にあるカメラのモニターを見る。


 ビンゴだ。

 足音どころか見た目も独特な、黒い機体のメルカヴァ……『魔法使いウィザード』だった。


 ヤツはフェイスに映るフードごしの瞳でチラリと俺を見たあと、仲間たちの元へと近づいていく。



『……あっ、ウィザ……!? どうしてここに……!?』



 気づいた『戦士ファイター』が驚いたように顔を向ける。

 ウィザと呼ばれた少女は恥ずかしそうに目を伏せ、死にかけの蚊みたいなか細い声をスピーカーから響かせた。



『あ、あのっ……み、みんな、がっ、心配になっ、て……そのっ……』



『それで来てくれたのですね、ウィザ』



 勇気を称えるような僧侶プリースト

 少し離れたところにいた盗賊シーフもガショガショと走り寄ってくる。



『ウィザがこんな人のいるトコに出てくるなんて珍しいじゃん!? どうしちゃったの!?』



 人のいる所に出てくるだけで仲間たちから驚かれるだなんて、野生のウサギかよ。

 どうやらウィザってのはかなりの引っ込み思案らしいな。


 そのまま輪になって井戸端会議をはじめる、すくすく冒険学校のメンバー。

 見た目はシャープなメルカヴァだが、そのキャピキャピした雰囲気は女子高生そのものだ。



『あっ、あの……どうしてみん、な、ボーンデッドさん、と……戦って、いた、の?』



『どうしてって、ウィザのためだ!』



『わ……わたしたちの、ため?』



『そう! ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために! すく冒の信条だろっ!?』



『そうですよ、ウィザ。あなたは母大に敗北してからというもの、急に塞ぎ込んでしまった。きっと対戦相手から心無いことを言われたのでしょう? わたくしどもはボーンデッドに謝罪させるべく、対戦を申し込んだのです』



『でもごめーん、ウィザ! あっさり負けちった! なんかアイツ、超強くない!?』



 一同はチラッと俺のほうを見た。



『……ああ! 悔しいけど、手も足も出なかった……! ゴーレムとは何度か戦ったことがあるけど、武器を奪ってくるゴーレムなんて初めてだ! しかもあんなに素早く、一瞬で……!』



『そうですね、ファイの武器を奪ったとき、わたくしどもは我が目を疑いました。だって武器を奪うだなんて、いままでのメルカバトルにおいても見たことも聞いたこともありませんでしたから……! しかも奪った武器を使って、わたくしどものモーニングスターと盾を、さらに弾き飛ばすだなんて……!』



『そーそー! ウチらもファイとプリの武器がすっとぶのを見て、マジっ!? てなっちゃったもん! それで慌てて撃ったら打ち返されちゃったんだよ!? そんなのアリ!? ってカンジじゃん!?』



『シフのクロスボウの弾を打ち返しただと!? 遠距離にも対応できるだなんて……あのゴーレム、いったい何者……!?』



 ふたたび俺のほうを伺う一同。

 フェイスの表情は、化物でも見るかようだ。


 えーっとたしか、ファイ、プリ、シフ……それにウィザだったっけか。

 適当な名前だなあと思ったら、それぞれのコードネームを略して呼んでいるだけのようだ。


 ゲームでもキャラネームじゃなくてコードネームで呼びあうヤツらがいるから、それに近い行為なのかもしれない。


 興奮の坩堝るつぼにいる彼女らのなかで、ウィザだけはひとり静かだった。

 まくしたてる仲間たちの言葉を聞き終えたあと、おずおずと口を開く。



『あ、あの……たぶん、だけど……ボーンデッドさんは、わたしたち、が、勝てる相手じゃ、ない、と思う……。だっ、て……強すぎる、もん……。』



『ウィザにそこまで言わせるとは……!』



『なるほど、それであんなに落ち込んでいたのですね?』



『……う、ううん……違う、の……。最初は、そう、だと思って、たん、だけど……。なんか変な、気持ち、に、なっちゃっ、て……』



『変な気持ちって、なに!?』



 今度はウィザだけが俺のほうを向く。

 うつむいていたので目線はフードに隠れていてわからなかったが、頬はなぜか上気しているようだった。



『あの、あのあの、そのっ……』



 しばらくもじもじしていたが、やがて意を決したように口元に手を当てた。

 ひそひそ話のポーズに、井戸端の円をさらに縮める仲間たち。



『ぼ……ボーンデッドさん、の、こと、で、頭がいっぱいに、なっ、ちゃっ、て……考える、だけ、で……胸が、きゅんっ、て、苦しく、なる、の……』



 内緒話のつもりだったんだろうが、スピーカーを通していたので丸聞こえだった。


 しまった! とまたしても俺のほうを向くウィザ。

 勢いあまってめくれたフードの奥には、リンゴみたいに真っ赤になった顔。


 瞳ウルウル、口はアワアワと震え、滝のような汗を流している。


 やおらそのフェイスが180度にターンしたかと思うと、脱兎のごとく逃げ出した。



『ああっ、待てっ、ウィザ!』『どうしたのです、ウィザ!?』『待ちなって、ウィザ!』



 後を追い、小さくなっていく三色のメルカヴァたち。


 合宿所に押しかけてきたお騒がせカルテットは、勝手に騒いで勝手に納得して、夏の嵐のように去っていった。

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