第7話

 ボーンデッドのまわりで、花開いたようにエビ反りになる少女たち。

 マジでイッてしまったかのように、つぼみのような身体を小刻みに痙攣させている。


 正座したまま後ろに倒れるという、ヨガみたいな格好。

 弓のようにしなった下腹部からお腹にかけてのライン、そして荒く上下する胸と震える白い喉は、少女たちの新しい一面……彼女たちにはまだ早すぎる一面を露わにしていた。


 リアルなアヘ顔というものを、俺は初めて目にした。


 幼い子にさせちゃイカンだろ、こんな顔……!

 これじゃ、毒……いや、媚薬を過剰摂取したみたいじゃねぇか……!


 でもいくらなんでもカレー食っただけで、こんなにはならんだろ……!?

 もしかして、ヘンなモノでも入っちまったのか……!?


 俺はコクピットの簡易テーブルに置いてある自分用のカレーにスプーンを突っ込む。

 見た目とニオイは、普通のカレーだが……。


 ええい、ままよ! と目をきつく閉じ、ぱくりとひと口。

 ほとんど噛まずにごくりと飲み込む。


 ……うまい。

 なんだ、普通のカレーじゃねぇか。


 ちなみに今回のカレーはリンゴとハチミツを加えて甘口にしてある。

 なのでお子様にも安心してお召し上がりいただけます。


 だったらコイツらはなんで、こんなことに……!?


 すると少女たちは、サキュバスのような妖艶さでむっくらと身体を起こした。

 その刹那、



「おいしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」



 魂の叫びがマグマのように噴出する。


 間髪いれず、カレーをかっこみはじめる少女たち。

 飲まず食わずで山ごもりの練習をしたあと、運悪く遭難して何ヶ月後かに救出された柔道部員のような勢いだ。



「おいしい! おいしい! おいしいいいい~~~んっ! こんなにガッチリバッチリチャッカリ美味しいものがあったなんてぇぇぇぇぇ~!! ゼムリエさまぁぁぁーーーっ! うわぁぁぁぁぁぁーーーんっ!!」



 とうとう号泣するララニー。

 眼球がおぼれそうなほどの涙をドバドバあふれさせている。



「と、とっても、とってもとってもおいしいです……! ああ! こんなに美味しいものを頂けるなんて……! これも、ゼムリエ様の思し召しです……!」



 ひと口ごとに祈りを捧げているルルニー。

 頬には真珠のような涙がはらはらと伝っている。


 少女たちは皆、泣いていた。そして、笑っていた。

 ある者は目の色を変えてカレーをかっこみ、またあるものは宝物のようにひと口ずつ味わい、そのたびにブルッと身体を震わせていた。


 誰もが目の前のカレーに夢中になっている。

 俺は、ふぅ、とため息をついていた。


 脅かしやがって……カレーの味にビックリしただけかよ……。

 でも、カレーくらいでこんなになるなんて……マジで普段ロクなもん食ってねぇんだろうなぁ……。


 でも、ま、こんなに喜んでくれるなら……俺のカレーストックをくれてやった甲斐があったってもんだ。


 見下ろすと、ボーンデッドの足元にはすっかり空っぽになったゴハンとカレーの大鍋があった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから俺は、聖堂院の子供たちに妙に懐かれてしまった。

 どうやら、餌付けをしてしまったらしい。


 ワーワーとやって来て、花飾りやボーンデッドの似顔絵なんかをプレゼントしてくれる。

 そして小さい子たちの遊び相手なんかをしているうちに、俺はいつのまにか聖堂院の庭で暮らすようになっちまった。


 そこで少女たちの暮らしぶりを目の当たりにしたんだが、それはそれはひどいものだった。

 貧乏なのか聖堂院には暖炉も風呂もなく、寒さは身を寄せ合ってしのぎ、食事はいつもパンとスープ。


 一度食わせてもらったんだが、そりゃひどいもんだった。

 パンは小麦粉のカタマリだし、スープは塩の味しかしねぇ。


 カレーを食って失神寸前になるのも理解できるほどだったんだ。


 この聖堂院がなぜこんなに貧乏なのかと思い、観察してみたんだが……それにはふたつの理由があるようだった。


 まず、受け入れている女の子の数が多すぎるということ。

 年長者のほうにはパンが行き渡らないことがあるくらい貧しいのに、身寄りのない女の子を見つけては引き取っている。


 ちなみに身寄りのない男の子は、近くの鉱山に行けば養ってもらえるらしい。

 男はゆくゆく働き手になるが、女は役に立たないという古い考えによるものだ。


 つぎに、聖堂院の収入源があまりにも乏しいということ。

 町で刺繍と詩集を売り歩き、寄付を募るということをしていた。


 刺繍に詩集って……扱ってるのが二品なのに名前が被ってるのが逆にスゲェよ。


 最初はそれなりに売れていたようだが、さすがに刺繍も詩集もそんなには要らないから、いまはほとんど売れていない。


 しょうがないので、俺が森で採った木の実や果物を町で売りさばき、その金で栄養のあるものを食わせてやる……という日々を送っていたんだ。


 そんなある日、俺は正統派美少女であるルルニーから頼み事をされた。



「あの……ボーンデッドさん……お願いしたいことがあるのですが……」



 言いにくそうに、おずおずと切り出すルルニー。

 彼女は控えめ性格なのか、滅多に俺にお願いなどしてこない。


 ララニーなどは屋根にボールが引っかかるたびに俺に取ってくれとお願いしてくるのに、それとはえらい違いだ。

 まぁ、俺としては頼られるのは嬉しいからいいんだけどな。


 『ナンダ』と打ち返してやる。



「あの、町の外にある霊峰で特別なお祈りをしたいのですが、最近は町の外で人さらいが多くありまして……わたしも一度さらわれて、ボーンデッドさんに助けていただいたのですが、その……」



 そこまで聞いて、大体わかった。

 『特別なお祈り』のボディーガードをしてくれと言いたいんだろう。


 わざわざ危険を冒してまでその霊峰とやらに行きたいのは、それだけご利益のあるパワースポットってことなんだろうな。



『ツイテ イク』



 俺は承諾の意味も込めて、メッセージの出力と同時に頷いてやった。

 すると、ぱあっと花咲く笑顔になるルルニー。


 彼女は笑うのも控えめで、いつも微笑みくらいなんだが、こうして顔をほころばせると本当にかわいい。

 もしアイドルだったら、アパートの床が抜けるくらいCDを買いまくったことだろう。



「さぁさぁ、みなさん! 並んで並んで! 二列にチャッカリ並んでくださぁ~い!」



 中庭では、すでにララニーが子供たちをチャッカリと整列させていた。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 遠足のように賑やかな少女たち。

 そのあとについていく形で、俺は町を出た。


 せがまれて、肩や腕には小さな子たちが乗っかっている。


 遊園地のアトラクションのようにボーンデッドの上ではしゃぐ幼女たちは、小雀みたいで本当にかわいらしい。

 このままどこかへ連れ去りたくなるほどに。


 そしていつの間にか、一定距離で交代するというルールができていた。

 俺は女の子をとっかえひっかえしながら、幸せな気持ちで歩みを進める。


 目的地の霊峰は、俺が初めてこの地に降り立った場所とは真逆の方角にあった。

 といってものどかさは変わらない。ハイキングコースのようなあぜ道を登り、山の中腹あたりで獣道へと逸れ、しばらく進んだところで大きな川に出る。


 さらに川をさかのぼっていくと、大きな滝が現れた。

 滝壺のまわりには岩に囲まれたエメラルドグリーンの池があり、湯気がほこほこと立ちのぼっている。


 俺は直感した。

 もしかしてコレ、温泉か……?



「みなさん、着きましたよぉーっ! 楽しい沐浴タイムのはじまりでぇーっす! まずはお湯にチャッカリ浸かって身体を温め、そして清めましょう!」



「はぁーいっ!!」



 ララニーの音頭に、全身を使ったバンザイで返事をする女の子たち。

 この沐浴が、よほど楽しみだったらしい。


 そういえば彼女たちが風呂に入ってるとこ、見たことなかったな……。


 そうか、そもそも聖堂院には風呂がないんだった。

 いつもタライに水を汲んでたから、それで身体を洗ってるんだろうなとは思っていたが……。


 ということは、久しぶりのあったかい風呂ってことか。

 そりゃ、はしゃぎたくもなるだろうな……。


 なんてノンキに構えていた俺は、ギョッとなる。


 眼下に広がる少女たちが、一斉に服を脱ぎはじめ……純白のローブに負けないほどの白い肌を晒していたからだ……!

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