第3話
盗賊キャラバンには、檻に入れられた女の子たちがいた。
数は6人で、小学生っぽいのが3人、中学生っぽいのが2人、高校生っぽいのが1人……という感じ。
全員、ファンタジーRPGでいうところの
俺……ボーンデッドを怯えきった表情で見上げ、牢の隅のほうで身を寄せ合っていた。
こんな状況だというのに、どの子もきちんと正座しているのが印象的。
フードを被っているので髪型はわからないが、みんなかわいい。
こういうアイドルグループなんじゃないかと思えるほどの美少女揃いだ。
こんな子たちにそんな目で見つめられると嗜虐心が……じゃなかった庇護欲がそそられる。
そして、俺はそんな感情を抱いている自分にそこはかとない違和感を覚えた。
俺は、長いこと人とマトモなコミュニケーションをとっていない。
ゲームのチャットや掲示板やらで誰かと絡むことはあるが、生身の人間とこうして向き合うのは何十年かぶりだ。
そういえば、盗賊たちを相手にしても緊張しなかった。
あんなDQNどもに絡まれたら、たとえ夢であったとしても号泣していただろうに。
現に夢でカツアゲされて、漏らしたことあるし……。
そんな俺が三次元の女の子なんかに正視された日にゃ、メデューサに石にされたみたいに固まっちまうのは必定。
たとえ相手がコンビニの店員であったとしても、俺にとっては命がけなんだ。
ああ……唯一の外出先だったコンビニも、もう長いこと行ってねぇなあ……。
そして俺は、ハッと息をのむ。
そういえば、俺……!
昼なのに出歩いてんじゃん……!
真っ昼間に外に出るなんて、自殺行為……!
灰になって死ぬだろ絶対、って思ってたのに……!
過去ムリヤリ引きずり出されて、何度か死にかけたこともあったのに……!
なんともねぇ……なんともねぇぞ……!
これが夢だったとしても、今まではありえなかったことなのに……!
……もしかして、このボーンデッドのおかげか?
ボーンデッドごしだと、何を目の当たりにしても……なんというか、心が乱されないというか……自分のことじゃないみたいなんだ。
何があっても、自分は絶対に安全……まるでネットごしに匿名でレスバトルしてるみたいな感覚なんだよな。
そうだ、わかったぞ……!
まわりのヤツらからは、俺という人間が見えていないからだ……!
ヤツらが怒り、襲いかかり、そして怯えているのは、この俺に対してじゃない……!
『ボーンデッド』に対してなんだ……! だから俺は、なんともないんだ……!
理由がわかった今、もう恐れるものはなにもなかった。
俺は弾む気持ちで、目の前にある木の格子を片手で薙ぎ払う。
ボーンデッドにかかれば、こんなのは爪楊枝みたいなもんだ。
メキメキッ! と音をたてて取り払われる格子。
女の子たちはビクッ! と肩を震わせさらに身を固くしている。
これでもう、彼女たちを閉じ込めておくものはなくなった。
だが誰も動こうとはせず、ただただ子猫のように怯えるばかり。
もしかして、俺が取って食うとでも思ってんのか?
二次元だったらそうしてるかもしれないが……残念、もう一次元減らしてから出直すんだな。
しかし、そんな思いが通じるわけもない。
やさしい言葉のひとつでもかけてやりゃいいのかもしれないが、それはやりたくない。
ボーンデッドにはスピーカーユニットがあるので、オンにすればこっちからの声を伝えられる。
スキルポイントを使えば、ボイスチェンジャーだって使える。
だけど……やりたくねぇ~っ。
だって、人に向かって声を出すだなんて……致命的だろ。
俺にとっても、野生動物にとっても。
清水の舞台からヒモなしでバンジージャンプしろって言ってるようなもんだ。
そんな過酷なことをやるくらいだったら、死んだほうがマシだ。
ちなみにゲームでもボイスチャットは絶対に使わない。
もっぱらテキストチャットオンリーだ。
……あっ、そうだ。
テキストチャットを使えばいいんじゃねぇか。
ボーンデッドには文字を投影する機能がある。
声を出せない状況でのコミュニケーションや、通信妨害されている地域でのやりとりに使われるんだ。
俺はさっそくスキルポイントを使って、『プロジェクション』のスキルを獲得する。
ボーンデッドは様々な経験を積むことによりスキルポイントが得られ、そのスキルポイントを消費することにより色々な新機能が使えるようになる。
機体自体に内蔵されている機構が、スキルポイントによって解放されるというイメージだ。
生き死にの戦いをしてる兵器なんだったら最初っから全機能使えるようにしとけよ、とツッコミたくなるだろうが、スキルポイントがないと使えないのにはちゃんとした理由があるんだ。
それについては説明すると長くなるから、またいずれ。
新スキル『プロジェクション』……これは、4文字のカタカナを2行まで、合計8文字を空間に浮かび上がらせることができる。
スキルポイントをかければもっと表現力があがるんだが、今はこれでじゅうぶんだろう。
俺はさっそくテキストチャットを開始する。
「もう 大丈夫」、っと……。
『モウ ダイジョ』
しまった、1行につき4文字までだったんだ。
ボーンデッドの前に浮かび上がる、意味不明の文字。
それは少女たちをさらに不安にさせてしまい、額に縦筋が見えるかというほどになってしまった。
まずいまずい、怖がらせてどうすんだ。
もう一度「もう大丈夫」、っと……。
『モウダイ ジョウブ』
……うーん、これで伝わるんだろうか?
案の定、伝わっていなかった。
少女たちは頭に「?」をいっぱい浮かべてそうなほどに、首をかしげている。
しかし、緊張は少しほぐれたようだ。
よし、続けて……「早く逃げろ」っと。
『ハヤクニ ゲロ』
しまった。これは文字数足りてるから詰める必要はなかったんだ。
これじゃ「早くにゲロ」だ。遅くてもやだよ。
『ハヤク ニゲロ』
これでよし。
女の子たちは、信じられない様子で顔を見合わせあっている。
ようやくちゃんと意味が伝わったようだ。
彼女たちはしばらく迷っていた様子だったが、その中でもいちばん年上っぽい女の子が、勇気を振り絞るようにして声をかけてきた。
「あ……あのっ! ご、ゴーレムさん……? わたしたちを、助けてくださるんですか……?」
『ソウダ』とすばやく打ち返す。
「あ、ありがとうございます……。あっ、みなさんでゴーレムさんに、お礼を言いましょう。せぇーの」
年長者の音頭とともに、三つ指をついた少女たちが深々と頭を下げてきた。
「「「「「「……助けてくださって、ありがとうございます!」」」」」」
オデコが床にくっつくくらいの土下座。6つのかわいいツムジが向けられる。
俺は背筋がゾクゾクしてしまった。
美少女に感謝されるなんて、ゲーム以外では生まれて初めてのことだったからだ。
いや、これもゲームみたいなモンなんだけど、なんというか、リアリティが全然違う……!
さっきまで死にそうな顔をしていた少女たちは、すっかり明るさを取り戻し、きゃあきゃあと歓声とともに檻から飛び出している。
たぶんこれが、素の彼女たちなんだろう。
嬉し泣きしながら抱き合うその姿は、さながら初ライブを終えたアイドルグループのようで……なんだかこっちまで胸が熱くなっちまった。
ふと足元に、センター……じゃなかった、リーダーの女の子が寄ってくる。
彼女がフードをめくると、ストレートのロングヘアと、宝石のような瞳が現れた。
髪はツヤツヤで瞳はキラキラ、なにもかもが輝いているとんでもない美少女だった。
彼女は澄んだ上目遣いで俺を……ボーンデッドを見上げながら、そよ風に揺れる風鈴のような声でこう言ったんだ。
「あの、ゴーレムさん。助けていただいたお礼をさせていただきたいのですが……」
なんだ、そんなことか。そんなの、別にいらねーよ。
俺は自分に酔ったみたいに利き手で髪をかきあげなら、片手で打ち返す。
フッ……! 「気にすんな」っと……!
『キス シナ』
しまった、ミスタッチだ。俺としたことが……!
ガラにもなくカッコつけるから、こんなことに……!
せっかく信頼を得かけてたのに、これじゃ台無しじゃねぇか……!
少女は一瞬、大きな瞳を驚いたように瞬かせていたが、すぐにはにかんだような笑顔になると、
「くすっ……はい、かしこまりです。初めてですのでうまくできるかわかりませんけど……キス、させていただきますね」
……は?
俺が呆気に取られているうちに、いつの間にかボーンデッドの両肩に梯子がかけられた。
女の子たちが力をあわせて、キャラバンの積荷から持ち出したようだ。
「では順番に、ゴーレムさんにキスをいたしましょう」
「「「「「はぁーいっ!」」」」」
次々と梯子をよじ登った少女たちが、照れながらもボーンデッドの口にそっと顔を寄せてくる。
そして、モニターにドアップになる、美少女のキス顔……!
小学生から高校生まで、6人分……!
俺はつい、いつものクセで……無意識のうちにモニターに吸い付いていた。
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●レベルアップしたスキル
外装
Lv.00 ⇒ Lv.01 プロジェクション
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