5

 声に驚いて、エリザベスたちが図書室から顔を出すと、オリバーの婚約者であるキャリーが、手荷物を持って階段を下りて行くところだった。


「キャリー! 待ちなさい! 橋はまだ修復されていないんだよ?」


 彼女を追いかけるように廊下から現れたオリバーが、階下に向かって叫んでいるが、キャリーは振り返らずにまっすぐ玄関へと向かった。


 そして、慌てたように出てきた執事のデビットに「馬車を用意しなさい!」と怒鳴りつける。


 オリバーは額をおさえて、疲れたように壁に寄りかかった。


「何があったんだ?」


 レオナードが訝しそうに訊ねると、オリバーは肩をすくめた。


「何って、まあ、いつものことと言えばいつものことだよ。キャリーが癇癪を起こしちゃったんだ」


 オリバーによると、退屈したキャリーは王都に帰りたくて仕方がなかったらしい。オリバーにさんざん王都に連れて帰れと駄々をこねたそうだが、橋が落ちているので王都へ帰れるはずもなく、キャリーは癇癪を爆発させた。


 オリバーの必死の説得も虚しく「帰る」の一点張りで旅行鞄に荷物をまとめると、憤然と部屋を出て行ったという。


 オリバーはため息をついて、


「まあ、そのうち諦めて戻ってくるだろう。せいぜい出かけられても町までだ。川を泳いで渡らない限り、向こう岸には行けないからね」


「お前も大変だな」


 レオナードはオリバーの肩を叩いた。


 エリザベスはキャリーが出て行った玄関を見やって、どうしてあんなに怒ることがあるのだろうと首をひねる。


(退屈だって、少しの間我慢すればいいのに)


 することがないと言いながらも、なんだかんだとここの暮らしを楽しみはじめたエリザベスには彼女の気持ちがわからない。


「僕はなんだか疲れたから、少し休むよ」


 頭痛がするのか、オリバーは額をおおさえながら自室に向かった。


 オリバーの言う通り、お嬢様のキャリーが川を泳いで渡るとも思えない。すぐに戻ってくることになるだろう。だが、戻って来たとしても、彼女の機嫌は直っていないはずだ。


(オリバー様も大変ね)


 オリバーはいったい、キャリーのどこがよくて婚約したのだろう。そう思うほど彼はいつもキャリーに振り回されているように見える。


「ここにいても仕方がない。なに、彼女も夜には戻ってくるだろう」


 レオナードに促されて、エリザベスは図書室に戻った。




 ―――しかしその夜、キャリーが戻ってくることはなかった。

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