闇の宗教と古代文学
1
次の日、エリザベスが眠い目をこすりながら目を覚ますと、レオナードの姿はなかった。
ベッドの上のクッションバリケードは取っ払われたままだ。レオナードが眠っていただろう場所に腕を伸ばしてみると、ベッドの上が冷たかった。結構前に起きたのだろう。
エリザベスは大きく伸びをしてベッドから降りた。そして、何気なく庭を見下ろした彼女は目を見張った。
そこには、簡素なシャツに身を包んだレオナードとオリバーの姿があった。二人は木の枝のようなものを持ち、それを剣に見立てて手合わせをしていた。
エリザベスは思わず窓を開いて、下を覗き込んだ。
剣のことは知らないが、二人とも隙の無い豹のようなしなやかさで、お互いに攻撃を繰り出している。レオナードが打ち込めばオリバーがかわし、オリバーが打ち込めばレオナードがかわす。力は拮抗しているようにも見えて、勝負はなかなかつきそうになかったが、遠目から見ても二人が生き生きしているのがわかった。
なるほど、こうしてみれば、二人が近衛隊にいたと言うのも頷ける気がした。
エリザベスはなんとなく勝負がつくまで見ていたい気がして、近くから椅子を引っ張ってくると、窓桟に腕を組んで顎を乗せた。
二人はしばらく手合わせを続けていたが、決着をつける気はないのか、途中で手を下ろした。肩で息をしながら笑いあっている二人は幼い子供のようにも見えてエリザベスは微笑ましくなった。
(仲いいのね)
彼らは友人同士だそうだが、正直、エリザベスの中で貴族の「友人同士」という立場がピンとこなかった。彼女の中の貴族は、斜に構えていて、金と権力がすべてで、誰かと親しくなるにもそこに利害が発生しているような――、鼻持ちならない連中の集まりだと勝手に決めつけていた。
父が平民だからという理由で母との結婚を反対したという、会ったこともない祖父のエーデルワイド伯爵のイメージが悪すぎたのだろう。
しかしエリザベスの目の前のレオナードとオリバーはお互いを本当に信頼し合っているようにも見えて、エリザベスの中の貴族の印象を変えた。考えてみれば、レオナードは俺様で偉そうだが、エリザベスが庶民育ちだからと言って馬鹿にするようなことはなかった。
エーデルワイド伯爵家の名前につられて求婚した、鼻持ちならない貴族のお坊ちゃんだと決めつけて冷たい態度を取っていたのは、悪かったかもしれない。レオナードはエリザベスを庶民育ちだと馬鹿にしなかったが、エリザベスの方がレオナードを貴族だと嫌厭していたのだ。
(結婚の話はさておき、まあ、悪い人じゃないのかもね)
祭りの日に死体を見て怯えるエリザベスを抱きしめて眠ってくれた彼は、優しかったかもしれない。
エリザベスがそんなことを考えながら庭を見下ろしていると、彼女の存在に気がついたらしいオリバーが顔をあげて手を振ってきた。そのあとすぐにレオナードも顔をあげると、エリザベスが見ていたことを知って驚いたような表情をした。
エリザベスはオリバーに手を振り返して、こちらに気がついたのならレオナードがこの部屋に戻ってくるだろうと思った。
朝が早かったから、まだ朝食をとっていないだろう。
エリザベルは自分とレオナードの朝食を用意してもらうように、ベルを鳴らしてメイドのリゼットを読んだのだった。
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