3
エリザベスが去ったあと、居間にはレオナードとオリバーの二人が残された。
執事のデビットは彼らに紅茶を煎れたあと辞して仕事に戻った。
オリバーは今回のことで相当ストレスが溜まっているのか、紅茶にブランデーを落としてスプーンでかき混ぜた。さすがに酔っぱらうわけにはいかないが、多少アルコールを入れないと落ち着かないらしい。
「レオ、君が断るなんて珍しいな。事件好きだろう、事件」
「別に俺は事件が好きなんじゃない」
「でも何かあるたびによく首を突っ込んでいた」
レオナードは肩をすくめると、紅茶にレモンを落とした。
「環境が変わっただけだ」
オリバーは小さく笑うと、「ミス・エリザベスか」とつぶやいた。
この友人が変わったと言うのなら、彼女の存在以外ありえない。
「……一人のときならいざ知らず、彼女を巻き込むわけにはいかない」
「それで近衛隊もやめたのか」
「もともとどこかで退こうとは思っていたんだ。ちょうどいい機会だった」
「なるほど。僕は君に謝らないといけないかな。ミス・エリザベスのことは君の気まぐれなのかと思っていたが、意外と本気らしいね」
「気まぐれだ」
「どうだか」
オリバーは肩を揺らして笑いながら、ブランデー入りの紅茶を口に運んだ。そして、一転真顔になると、こう言った。
「昨日の事件だけど――、首に、何か長くて鋭利なもので指したような傷があったそうだ」
レオナードは眉を寄せた。
「あんな人の多いところで堂々と殺人か?」
「逆に人が多いから気づかれなかったとも言える。例えば背後から忍び寄って首に一突き――、うーん、さすがに無理があるかな」
「気がつかれずに確実に急所を狙って一撃――なんて、訓練を積まれたものでないと無理だ」
「だよねぇ」
オリバーは頬杖をついてため息をついた。
「まいったな。本当に訓練を受けた手練れが犯人だとすると、捕まっていないのはかなり問題だ。なんだかコードリー橋が落ちたのも偶然じゃない気がしてくるよ。寒気がしてくる。猟奇的な殺人犯だったらどうする」
「だとしても俺のすることは決まっている」
「ミス・エリザベスを守るだけ?」
「―――」
オリバーはグイッと紅茶をあおると目を細めた。
「そろそろ認めるんだね。何のプライドだか何だか知らないけど、君はミス・エリザベスに惹かれている。それもかなり。今まで君に恋人と僕が仲良くしても妬かなかったのに、ミス・エリザベスは違う。それが証拠だよ」
レオナードはぷいっと顔をそむけた。
オリバーは「羨ましい限りだね」と笑って立ち上がると、天井を見上げた。
「はあ、気が重いけど、僕も僕の婚約者殿の機嫌を取り行こうかな」
レオナードはオリバーの沈痛そうな表情を見て、彼の婚約は親同士が決めたんだったなと思い出し、友人に深く同情したのだった。
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