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 風呂から上がったエリザベスの顔の中に、傷ついたような表情は消えていた。


 上気したピンク色の頬や湿り気を帯びた淡いブラウンの髪にレオナードは視線を奪われる。もともとほんのりと赤を落としたような髪色だが、濡れるとその赤が強くなるのだろうか。少し濃くなったような髪色が彼女をちょっとだけ大人びで見させていた。


 もともとエリザベスは美人だ。目鼻立ちははっきりとしていて、綺麗なサファイヤのような瞳をしている。肌は雪のように白く、スタイルもいい。


 酒に酔ってぼーっとした思考では、どうも理性がきかない。


 レオナードはエリザベスを抱き寄せてみたくなったが、彼女はするっと彼の脇を通り過ぎてベッドに腰かけ、髪を拭きはじめた。


「髪を乾かすのを手伝おうか?」


「必要ないわ」


 すげなくされて、レオナードは肩をすくめた。


 からになったグラスをおくと、風呂に入るべく浴室へ向かう。


 猫足のバスタブの中の湯は入れ替えられたようだったが、浴室内にほんのりの彼女の残り香があるような気がして、レオナードは少しだけドキッとした。


 彼女は髪に薔薇の香油を使ったのだろうか。風呂から上がったら確かめてみたかったが、きっと髪に触れることを許してはくれないだろう。


 バスタブの淵に残っていた一本の長い髪の毛をつまみ上げて、レオナードは苦笑した。


 これではまるで、自分がエリザベスに惚れているようだ。


「思い通りにならないものだな……」


 旅行に連れて行けば、かたくなだったエリザベスの態度も少しは軟化するのではないかと思っていた。


 しかし彼女の態度は変わらず、レオナードはこの次に自分がとるべき行動がわからない。


 レオナードはため息をつくと、体と髪を洗って風呂から出た。


 バスローブを着て、髪を拭きながら部屋に戻れば、エリザベスがベッドの淵で猫のように丸くなって眠っていた。


「……やれやれ、仕方がないな」


 レオナードは彼女を起こさないようにそっと抱きかかえると、クッションでバリケードが作られているベッドの彼女の陣地に横たえる。


 額にかかった前髪をよけてやれば、彼女が小さく身じろぎした。


「うーん……」


 子供がぐずるように眉を寄せたあと、また健やかな寝息をたてはじめる。


「お休み、俺のお姫様」


 レオナードは、眠っていればおとぎ話のお姫様のように愛らしいエリザベスの額に、そっとキスを落とした。

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