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「不老不死なんて、そんなもの本当にあるのかしら?」


 晩餐が終わり、部屋に引き上げたエリザベスは、難しい顔で独り言のようにつぶやいた。


 ワインでほんのり酔った頭には、セルジオ教授の語った「不老不死」を求める宗教の話でいっぱいだ。教授は、今ではほとんどの資料が焼き捨てられているその宗教の研究をしているという。


 教授の話によれば、この地に流行した闇を信仰する宗教は、『闇の王』たるものに力を分け与えられて不老不死になることを目的としていたそうだ。


 闇の王は死という概念を超越した偉大なる王で、人々は闇の王に忠誠を誓い、それが認められたものだけが不老不死になる力を得られると信じられていたという。


「死は誰の上にも等しく訪れるものだよ」


 レオナードは飲み足りないらしく、部屋の棚からウイスキーのガラス瓶を取り出すと、複雑にカットされて幾何模様を浮かび上がらせるカットグラスに注いだ。


「君も飲むかい?」


「けっこうよ」


 エリザベスは旅行鞄から着替えを出しながらツンと答えた。


 晩餐の席でキャシーの発言からかばってくれなかったことを、まだ少し根に持っているのだ。


 レオナードはこの旅行に、エリザベスの身の回りの世話をするメイドを同伴させるつもりだったのだが、エリザベス自身がそれを断ったのだ。そのため彼女は自分の身支度を自分一人で行う必要があるのだが、もともとメイドに世話をされるような生活を送っていなかったため、どうということもなかった。


 オリバーによると、この部屋と続き部屋には浴室があるらしい。湯を使うのならばメイドを呼ぶようにと言われていたので、エリザベスは部屋にあるベルでメイドを呼んだ。


 ややして現れたそばかす顔のメイドはエリザベスと同じくらいの年頃で、人懐っこそうな笑みを浮かべる可愛らしい子だった。リゼットという名前らしい。エリザベスはリゼットに湯を頼むと、待つ間はベッドの淵に腰かけた。


 レオナードは当然のように彼女の隣までやってきて、肩が触れそうなほど近くに腰を下ろした。


「俺の可愛い婚約者はご機嫌斜めなようだ」


「わたしはあんたの婚約者じゃないし、わたしの機嫌がよかろうが悪かろうがあんたに関係ないでしょう」


「つれないな。今日から同じ部屋で生活するのに」


 そう言ってさりげなく肩に回してきた手を、エリザベスは容赦なく叩き落す。


「気安く触らないで。わたしはあんたを信用していないの」


 レオナードはおやと目を見張って、それから考えるように顎に手を当てた。


「なるほど。それでは、俺が君に信用されるにはどうしたらいいんだろう?」


「自分で考えたらどう?」


 エリザベスはさっと立ち上がると、まだ準備の整っていない浴室に足を向けた。


 レオナードの隣に座っているくらいなら、リゼットが浴室を準備するのを手伝う方が何倍もましだ。


 エリザベスは浴室の入口に手をかけたまま、くるりと振り返った。


「あんた、なんでわたしと結婚したいの?」


 答えはわかりきっている。それでも、何故かエリザベスは訊いてみたくなった。爵位が手に入る以外の答えがもしも出てきたならば、少しは信用してもいい気がした。


 しかしレオナードは酒の入ったグラスを持ったまま瞠目して沈黙した。まるで、何故そんなことを訊くのだと言わんばかりの表情と、雄弁に語る沈黙に、エリザベスは馬鹿馬鹿しくなった。


「答えなくていいわ」


 そう言ってエリザベスは浴室の扉を開けた。


 パタンと背後で閉まる扉の音を聞きながら、小さく痛む胸の痛みは何だろうと考えた。

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