3

 ハールトン子爵が購入したという邸は、近くの町から少し離れたところにある、山に囲まれた大きなものだった。


 門を開けると広大な庭が広がり、その奥に、苔の生えた石壁の邸が見える。それは邸というより、小さな城のようにも見えた。


(うっわ、すご……。この中にお父さんのパン屋がいくつ入るのかしら?)


 この時エリザベスは、レオナードによって揃えられた#孔雀石__くじゃくいし__#のような落ち着いたグリーンのドレスを着て、真珠の首飾りとイヤリングをつけており、外見は洗練された貴婦人のようだったが、ここにいること自体が場違いのように思えて、回れ右をして帰りたくなった。


 しかし、エリザベスは気後れして立ち止まることを許されなかった。なぜなら、馬車を降りたあとは、レオナードがエスコートするように背中に手を回していたので、彼が歩くとついて歩かなくてはならなかったのだ。


「やあ、よく来たね!」


 玄関に近づくと、二十歳そこそこの黒髪の青年と、白髪交じりの頭の初老の男性が出迎えた。おそらく黒髪の青年がハールトン子爵で、その隣の、スーツをピシッと着こなした初老の男性は執事か何かだろう。ハールトン子爵が気さくで話やすそうな雰囲気なのとは対照的に、執事だろう彼は厳格で、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。


「オリバー、お招きいただきありがとう」


 やはり黒髪の青年がハールトン子爵だったらしい。レオナードは彼と固い握手を交わして子供のような笑みを浮かべた。どうやら思った以上に親しい間柄のようだ。


 レオナードはエリザベスを振り返った。


「オリバー、彼女がエリザベスだ」


「ああ、噂の! はじめまして、ミス・エリザベス。僕のことはオリバーと呼んでくれたら嬉しい」


「はじめまして。では、お言葉に甘えてオリバー様とお呼びさせていただきます」


 エリザベスは緊張しながらも、ぺこりと頭を下げてお辞儀をした。貴婦人のようにドレスの裾をつまんで礼をとることはできないが、これでよかったのだろうかと不安になっていると、オリバーはにこりと微笑んだ。


「可愛らしいな。まるで小鳥のようだ」


「オリバー、言っておくが彼女は……」


「あー、はいはい。わかっているよ。僕も婚約者が一緒なんだ、彼女にちょっかいなんて出さないよ。心配性だなぁ」


 オリバーはクスクス笑いながら、部屋に案内するよときびすを返す。


 オリバーのうしろを執事が黙ってついて行くと、エリザベスたちはその後ろに続いた。


「……オリバーに対する態度は、ずいぶんと俺と違うじゃないか」


 歩きながらレオナードが小声で話しかけてきた。その声には不満があらわれており、反論しようとして顔をあげれば、子供が拗ねたような顔があって、エリザベスは目を丸くした。


「何度も言うけど、オリバーには惚れるなよ。君は俺のものだ」


 エリザベスはあきれたが、目の前にオリバーたちがいる以上、ここで反論して口論になることは避けたかった。


 エリザベスはレオナードから視線を外して、嘆息した。


「変な心配はご無用よ」


 わたしはあんたのものではないけどね――、心の中でそう付け足した。

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