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 レオナードはどうあっても自分が思ったように行動する。


 そこに他人の意思があろうとなかろうとおかまいなしだ。


 アッピラード郊外へ向かう馬車の中で、エリザベスはつくづくそのことを実感していた。


「いい天気だ。絶好の旅行日和だね」


 馬車の窓から外を見ていたレオナードがそんなことを言う。


 いっそ嵐でも来て旅行が中止になればいいのにと思っていたエリザベスには、雲一つないレオナードの瞳の色のような青空は恨めしくて仕方がない。


 エリザベスがどれだけ抵抗しようとも、半ば引きずるようにして馬車に押し込められ、アッピラード郊外へ向けた馬車は出発した。


 目的地はレオナードの友人宅だ。祭りは一週間ほど続くらしく、その間、彼の友人であるハールトン子爵の邸に寝泊まりすることになっていた。


 モードミッシェル公爵家の次男であるハールトン子爵は、レオナードの一つ年上で二十一歳。気さくで楽しい人柄で、今回は彼の婚約者であるドーリー伯爵令嬢も一緒だとか。


 道中、エリザベスにとってはどうでもいい情報をぺらぺらと喋っていたレオナードは、ふと真顔になった。


「オリバーはいい男だけど、惚れたりしたら駄目だからね」


 オリバーとはハールトン子爵のことだ。オリバー・モードミッシェル・ハールトン子爵。ドーリー伯爵家の一人娘である令嬢と結婚すると、いずれは、ハールトン子爵の爵位はモードミッシェル公爵に返還し、オリバー・モードミッシェル・ドーリー伯爵になるんだとか。


 だから何だと言いたいが、レオナードが言うには、モードミッシェルの家督を継ぐ必要のないオリバーは、充分にエリザベスの花婿候補になるらしかった。


「意味がわからないわ。婚約者がいるじゃないの」


「貴族の婚約なんて、所詮家と家とをつなぐ契約書だ。正直、ドーリー伯爵家より、君に返されるエーデルワイド伯爵家の方が歴史も古く格上なんだよ」


「没落したのに?」


「それとこれとは話が別なのさ。なに、俺が君の夫になれば、あっという間に立て直してみせるよ」


「残念だけど、そんな日は来ないと思うわ」


 しかし、レオナードの話が本当だとすればひどい話だ。よりよい結婚条件を持った女性があらわれれば、婚約者がいようとお構いなしということなのか。


 エリザベスには正直、家柄とか格だとかはよくわからない。妙な貴族の矜持など、そもそもわかりたくもなかった。


(お母さんも面倒なものを残してくれたものね……)


 エリザベスは、こっそりとため息をついた。


 レオナードのハールトン子爵やアッピラード郊外の説明は続いていたが、もはや彼女の耳には届かなかった。

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