レオナードの友人

1

「アッピラードに旅行に行かないか?」


 レオナードがそんなことを言いだしたのは、エリザベスが彼の邸に連れてこられて二十日ばかりがすぎたころだった。


 アッピラード郊外は王都から北に行ったところにある自然豊かな地域で放牧が盛んだ。


「なんで急にアッピラードなのよ」


 貴族の社会はシーズン中。エリザベスはパーティーに全く興味がなかったが、レオナードが頻繁に外出しているのは知っている。彼は人気者で、よく招待を受けるらしい。エリザベスも誘われたが、興味がないから寝ていた方がましだと断った。


 そのため、わざわざ郊外まで出かける意味がわからない。


「近衛隊時代の友人がアッピラードに邸を買ったんだ。その町ではこの時期になると、決まって祭りを行うらしい。その祭りが少し変わっていて面白そうだから、興味があれば来てみろと言われてね。楽しそうだろう?」


 残念ながらエリザベスには何が楽しそうなのかさっぱりわからなかった。だからバッサリと断った。


「興味ないわ。一人で行けば?」


「俺はリジーと出かけたいんだ」


 レオナードはにっこりと微笑んだ。


 その笑みを見て、エリザベスは内心で舌打ちした。こいつがこういう笑みを浮かべているときは、どうやってでも自分の主張を押し通す。この二十日ばかりで学習したエリザベスは、心の中で毒づいた。


(こんの腹黒猫かぶり暴君野郎!)


 父が入院したその日、レオナードが言ったことで一つだけ正しかったことがある。


 ――一緒にすごしていただき、私のことを知ってもらえればこちらとしても願ったりですし。


 まったくだった。おかげでこいつのことがよーくわかった。絶対に結婚してはいけない男だ。


(お父さんが退院したら、さっさとここから出て行って、二度と会わないわ)


 エリザベスは決意を固めると、じろっとレオナードを睨みつけた。


「悪いけど、旅行に行っている間にお父さんが退院したら困るもの」


 すると、レオナードは打てば響くように答えた。


「それなら大丈夫だ。医師に確認したところ、君のお父さんの入院はまだ長引くだろうとのことでね」


 何が大丈夫なのだ。全然大丈夫じゃない。


 父はそんなに悪いのかと表情を曇らせるエリザベルの耳に、レオナードの能天気な声が届いた。


「だから安心して俺と旅行に出かけられるよ」


 衝動に駆られてレオナードの首を絞めなかっただけ、自分は偉かったとエリザベスは思った。

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