第5話『魔法少女としての日々』
『ラオ! ってなんだい?』
ランドセルに教科書を詰める紫蓮にエルファローレは聞いた。
「あぁ、あれはね、前に読んだ本に出てくる魔法の呪文のことなの」
ラオ、紫蓮はピエロと戦った時に放った光の球のことをそう名付けた。
「冒険ファンタジーの物語でね、主人公が得意としていた魔法の一つがちょうど似ていたからいいかなって」
「良いね、他にはどんな魔法があるんだい?」
「空を飛ぶのはスクリプト、切り裂く刃はソル、光の矢はレイよ」
「魔法に名前を付けるのは実にいいことだ。僕も発動シークエンスをいちいち説明しなくて済むからね、今後はそれを引用させて貰おう。本のタイトルは?」
「†DOLLS†よ」
「アレ? おかしいな検索しても出てこない。僕のデヴァイスに入っていない書物なんて存在しないはずなんだけど」
「だったら今度読み聞かせてあげるわ。あなたでも知らないことがあるのね」
紫蓮は初めてエルファローレに勝った気がして、気分が良くなった。あれから目を覚ましたら、自分の部屋のベッドの上だった。窓には鍵が閉まっていたし、いつものパジャマを着ていた。昨日のことは夢だったのかともと思った。しかし、リビングに出ると昨夜のことがテレビで大ニュースになっていた。
『渋谷駅で隕石落下? 不発弾の誤発? 犠牲者は百人を超え、行方不明者はその倍か』
テレビの左上に映るテロップにはそう書いてあり、報道陣が渋谷駅周辺(といってももう見る影もないが)に詰めかけていた。現地でリポートするアナウンサーの後ろには真相を究明すべく動く警察や救助を行う自衛隊と野次馬の人だかりで埋まっている。
「怖いわねぇ」
呟く母を横目に、紫蓮は朝ごはんの乗ったテーブルにつく。昨日、紫蓮があの場にいたことなど知る由もないだろう。
「物騒になったものね、東京も。都心でこんなに大規模な事件が起きる何で考えられないわ。こんなテロみたいな映像、日本じゃないみたい」
全身の毛穴から冷たい汗が滲みだした。
「怖いな。学校お休みになるかな?」
紫蓮は知らないふりをして母に尋ねた。
「そうね、連絡はなかったけど緊急で全校集会が開かれるでしょうね。私も心配だわ。紫蓮、今日は午後から天気崩れるそうよ、傘持ってきなさい」
「はい」
「どうしたの? お腹空いてない?」
「ちょっとお腹痛くて」
「じゃぁホットミルク作るから、それくらい飲んでいきなさい。お薬も置いておくからね」
「ありがとう、お母さん」
都心の中心の駅がまるまる一つ消えたことで、交通は大パニックになっているようだった。ファントムを倒すことは出来た。でもテレビで見ている凄惨な映像に、アニメのような、正義の味方が勝って世の中が救われる。そんな明るい結末にはならないことを、この時紫蓮は思い知った。
全校集会で校長の挨拶。
「幸い我が校の生徒は全員無事でしたが、ご家族や学校関係者にも、多数の犠牲者がでました。事故、災害、テロ、原因はまだ分かっていませんが非常に悼ましい限りです。現場が学校と近いこともあり、今日からしばらく休校とし、学校再開の目処がつき次第、連絡と共に、親御さんと一緒に登校するという形をとりたいと思います」
校長は困り切った表情で禿げ上がった額を何度もハンカチで拭いていた。
「昨日のピエロのファントムの姿は誰も見えてないのね」
小声でエルファローレに語り掛ける。
『そうだね、さすがに死んでいった人間の目には映っただろうけど、他に人には認識できないようになっている。まぁそれも次第に薄れて、誰の目にも捉えられるようになるのだけど』
「そんな、私の姿も見えちゃうの?」
『君は僕が特別な魔力結界を張っているから大丈夫だよ、ま、魔力を保持しているうちの話だけど。魔力が切れれば当然、姿は見える。気を付ける為にも準備はしとかないとね』
全校集会が終わり、教室に向かうと、渡り廊下で紫蓮は担任の棚橋に呼び止められた。
「伊座凪君、君が失踪した事件が起きたばかりなのに、実に心休まらない事件だ。大丈夫かい?」
「…えぇ、大丈夫です」
「君は精神的に弱いところがあるから、先生は心配だよ、何かあったらまず先生に相談するんだよ」
「はい、ありがとうございます。でも平気ですから」
紫蓮はかぶりを振って頭を下げると、逃げるように教室に戻った。
『大丈夫かい紫蓮。あの教師、君に発情していたみたいだけど』
紫蓮はエルファローレの質問に恥ずかしくて、耳まで真っ赤になった。
「そんなこともわかっちゃうのね」
『外部の情報を解析するのも僕の役目さ。それに君は恐怖を感じていた。ファントムと対峙したときよりもある種色濃いものだ』
見透かされている。
「変ね、あんなに怖い思いしたのにまだこの程度ことで動揺して、自分でも情けないわ」
『魔法で人は傷つけられない。傷は魔法じゃ癒せない。君の問題は君が解決しなきゃならない』
冷たいと思った。
「アドバイスの一つくらいしてくれてもいいじゃない」
『一つ言えるのは、君は前より強くなったってことだ。物理的にね。あとは気持ちを追い付かせればいい。でも良かったじゃない、これから暫く顔を合わせないで済むんだし』
「……そうね」
机に突っ伏しているとHRが終わった。外にはポツリポツリと雨が降り出した。強い風も吹いている。紫蓮が外履きに履き替えて、校舎から出るころには、空は黒雲に包まれ雷鳴が轟いた。
『紫蓮、ファントムだ!』
家について鞄を下ろした途端だった。
「もう!? こっちの都合は構ってはくれないのね」
窓を開けて飛び出す前に、母に声をかける。
「お母さん! 今から勉強するから部屋には入らないでね! 休校の代わりにたくさん宿題が出たから、集中したいの」
「あまり根を詰めないようにね、おやつにクッキー焼こうかと思うけど」
「晩御飯をたくさん食べたいから今日はいらない、じゃ宿題しなくちゃ!」
そう言いつつも窓枠に足をかける紫蓮。
「エルファローレいくよ、スクリプト!」
紫蓮の体は光に包まれ、空へと飛び上がった。初めて空を飛んだ時はエルファローレにされるがままだったが、今度は自分でコントロールして飛行した。日常生活では味わえない高揚感に紫蓮の気持ちは高まった。慣れてしまえば案外気持ちが良いものだ。生憎、雨は降り続いているが、紫蓮を包む光のお陰で濡れることはない。10分も上空を飛んでいるとファントムらしい影が見えた。それは、最初は影かと思った。だがファントムは真っ黒の鴉だった。東京タワーの上に陣取った鴉は両翼で、突風を巻き起こしていた。薙ぎ倒される街路樹に、ビルを覆う硝子が激しく割れる。軋み音をたてる建物に、吹き飛ばされる観光客。その何人かが、高速道路でフロントガラスにぶつかって死ぬ虫のように、ビルに衝突し、身が爆ぜる。
「エルファローレ! 変身よ!」
紫蓮の呼び掛けに呼応して包んでいた光が凝縮する。具現化された黒衣のドレスは肢体を包み、戦闘準備を完成させる。
『先制攻撃だ! いくよ紫蓮!』
「えぇ! お願い、当たって! ラオ!」
右手を掲げ、放たれた光の球は鴉に目掛け飛んでいく。だが、寸出のところで鴉が上空へと身を翻す。かわされた。
『動きが早いな、紫蓮続けて!』
「ラオ! ラオ!」
二度三度と紫蓮は魔法を放つ。しかし鳥の敏捷性が勝るか、鴉には攻撃が当たらない。よくあの巨体であぁも素早く動けるものだ。
「ダメ、速すぎて当たらない」
『あの動きを封じる術があれば……紫蓮! 気をつけて何か来るよ!』
鴉は羽ばたきを強くすると、巻き起こす突風と、大量の羽を矢のように飛ばしてきた。高速で飛んでくる羽の破壊力はまるで弾丸だった。その羽根一枚一枚も大きくまるでビルを支える鉄柱のようだ。易々とビルを貫き、地面へと深く突き刺さる。紫蓮は咄嗟のことで目を閉じてしまった。
『目を開けて紫蓮! 君が目を凝らせば、飛んでくる羽は見えるはずだ! 魔法少女の可能性を信じて!』
恐る恐る片目から開くと、体は右へ左へ高速移動している。
『第一波は凌いだけど、次は難しいよ』
ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
「避けるってことはアレに当たると痛いの?」
『防御に魔力を集中しているわけじゃないから、最悪障壁を貫く。恐らく無事では済まないよ』
「そんな! エルファローレ、お願いだから私を安心させて頂戴、あなたはいつも私を怖がらせる」
紫蓮の胸は悲痛で、今にも張り裂けそうだった。
『恐怖は身を守る糧にもなるんだけど、でもわかった。いいかい、紫蓮。魔法少女の力の源は勇気。勇気は無限の力なんだ。君はその気になれば、光よりも速く、ダイヤモンドよりも固くなれる。そのためには自分自身を信じるんだ、自分に眠る可能性の光を。勝つイメージ想像して、それを創造するんだ。あのピエロのファントムだって君は倒した。今度だって出来るはずだよ』
少しだけ勇気が胸に灯る。
「……わかった。エルファローレ、気持ちを落ち着けたいから、少しの間あなたに預けてもいい?」
『善処するよ』
紫蓮は目を閉じ集中を高める。鴉はホバリングするように翼をばたつかせると、第二波の構えをみせた。
「速く、私は光。私は光」
ドレスから光がこぼれる。紫蓮の内から外へ外へと魔力があふれる。第二波がきた。
「スクリプト!」
カッと目を開くと紫蓮は空を駆けた。水の中を泳いでいるように、時がゆっくりと刻まれる気がした。スローモーションで、飛んでくる羽の羽弁一本一本までが見通せた。川に投げた小石が水を切るように、飛んでくる羽と羽を蹴っては跳ねる。勢いはどんどんと加速度的に増していく。
「エルファローレ! 手から魔法が放てるなら、私の全身からは放つことは出来る!?」
『そうか、自らを光の球にするんだね。可能だよ!』
紫蓮は鴉に飛び付くと全身から魔力を放った。
「テラ!!」
上空で、巨大な光の球となった紫蓮の光は、厚く曇った曇天を晴らした。
鴉のファントムはそれで消滅した。不自然に晴れ渡る空には、静かに虹がかかっていた。
『マナって言葉は知っているかい? マナは君の使っている魔力と良く似た性質を持つんだ』
「本で読んだことがあるわ、ゲームで世界樹のこともそう読んだりするわよね」
『そうだね。マナは森羅万象を統べる自然エネルギーだ。火が熱いこと、水が冷たいこと、風が涼しかったり、地面に立つ重力もマナの力に該当する。宇宙空間でも星と星の引力は発生するし、星が輝く光にも当然温度がある。宇宙を支えるエネルギー。自然は命を生み出しその営みを支える。全てを超越した存在だね。そして人間も、その中から生まれてきたのだから、当然同じものに分類される。そしてそれは、人の想像力そのものだったりもするんだ。君は君がどうして想像したことを創造出来ると思う?」
「難しいことはわからないわ」
『想像の根元は記憶だという言葉がある。君が想像したことは、君が見聞きしたことから、無意識下で造り上げたものや、親や先祖から伝わってきた、遺伝子的な情報網などがある。それは源であり、可能性であり、希望なんだ。博士は生物のテロメアから、答えを導きだした』
「未来の話を聞かせて」
『僕が生まれたのは博士のお腹のなかだった。ファントムによって、劇的に数を減らされた人類は、サンプルになる人でさえ限られていた。人工受精して僕をその身に宿した博士は、自らを実験材料としたんだ。博士の天才的な、ある種悪魔的な頭脳にナノマシン、生態コンピューター、そしてタイムマシン。あらゆる最先端技術を詰め込んだ僕は、母となる八神蒼博士の腹を食い破りうまれた。そして組み込まれた命令の通り、適合者である伊座凪紫蓮。君を遥かなる時の流れの中から見つけ出した。未来のファントムと人間との戦争は佳境をきわめた。ファントムは新たに生まれた、自然の摂理とも言われている』
「台風や地震なんかの災害みたいなののこと?」
『それに近い存在だね、人間を全滅させるという目的があるだけに、食物連鎖の頂点である人間は、抗わなくてはいけない。まぁファントムは、人間を栄養にしているわけではないけど。ファントムの数も力も、まだ弱い今なら対抗しうるんだよ』
「未来にはアレを超える化け物が横行しているのね。人間も滅ぶわけだわ」
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