第3話「今から君は魔法少女だ」
『今から君は魔法少女だ』
エルファローレはそう言うと、紫蓮の首筋に姿を現した。エルファローレと話すとき紫蓮は、鏡を前に対面することにした。
「魔法少女? あのTVとかでやっているような変身したり、悪者と戦ったりするやつのこと?」
『そうだね、君の世界は変わる……僕はそう言ったね。君の世界は激変する。それも天地をひっくり返したくらいにね。その中で君には魔法少女として戦ってもらう。どうして君なのかは昨日説明したね。君じゃなきゃダメなんだ。君しかいない。君だけが奴らの対抗手段と成れる」
――戦う? 何と? 現実感がない。
「あなたを造った人ってどんな人なの?」
『僕を造ったのは今から50年先の未来、八神蒼博士っていう名前の異端邪説を唱えていた科学者さ。真核生物の末端小粒であるテロメアを研究していた博士は混沌とする世界に一筋の光を導いた。物質のみだが簡易的な時空を超えたタイムトラベル、無限のエネルギーを秘めた魔法少女に関する超理論を確立したんだ』
「良くわからないけど……結局、私はまず何をすればいい?」
『それじゃぁ初めは魔法の練習をしよう。掌を上に、右手を前に伸ばして』
言われるまま紫蓮はそうした。
「これで良い?」
『そのままの格好で手に暖かな炎が宿ることを想像してみて』
紫蓮は言われた通り念じると、ボゥっと青い炎が右手を包むように宿った。
「うわっ、凄い……! 熱くない、何これ……!」
『もちろんやり方次第では物も燃やせるんだけど。次はその炎を球状にしてみて。掌に乗るゴムボールのように、圧縮するように。イメージが難しかったら立ち昇る炎を巻くように掌の中で溜めてみて』
青い炎の形状を変えようとイメージすると、炎は揺れた。意思を感じ取り、コントロール出来るようだ。紫蓮には存外中々に難しい。物体の形状を自分の意志だけで変えることなどやったことがない。きちんとした球状になるまでは少し時間を有した。
「……出来た。出来た!」
手の中に煌々と光る光の球が出来た。集中していて額に汗が滲んだ。気を抜くと元の炎の形状になってしまうんじゃないかとハラハラする。
『よし、上出来だ。それじゃ紫蓮。この部屋で何か壊していいものはあるかい?』
「そうね……じゃぁあれなんてどうかしら」
と、紫蓮が左手で指差した先には、イルカの形をした貯金箱があった。
『良いね、それじゃぁこの球状の炎をアレにぶつけてみよう。球の誘導と破壊のイメージをしっかりするんだ』
そう言われて言われたと通りに念じてみた。宙を高速移動する光の球。まるでそれは引き放たれた弓矢のように貯金箱をガシャーーンッ! と轟音と共に粉々に砕け散らせた。中に入っていた小銭もぐにゃりと曲がり姿かたちを一変させている。何事かと思った母が紫蓮の部屋へと駆けて来た。激しいノック。
「どうしたの、紫蓮!? 今凄い音がしたけど!」
「お母さん大丈夫。ちょっと貯金箱を服に引っ掛けて落としちゃった、怪我はないから」
慌てて嘘をついた。
「ホントに大丈夫。ごめんなさい騒がしくして、静かにしてるから」
良い子に徹する。
「大丈夫なのね? 今日は午後から病院に行くから、それまで大人しく休んでいるのよ。わかった?」
「はい、お母さん。本当にごめんなさい」
「紫蓮……朝食、扉の前に置いておいたけど食べなかったのね。お腹すいてない?」
母の声はどこか寂し気で、自分の方が一人でいることに不安を覚えているようだった。
「ううん、大丈夫。食べたくなったらそっちに行くから……ありがとう」
扉の前で紫蓮の声を聞いた母親の足音が、部屋の前から去っていくのが分かった。紫蓮はドアを背にすると大きく息をついて、その場にへたり込んだ。
「……もう! びっくりしたじゃない。心臓がはみ出るところだったわ」
『いやぁごめんごめん。そこまで破壊のイメージが強かったとは思わなくて。でも今の力、魔力は君にとって1%にも満たないくらいなものだよ。やはり君が適任だったようだな』
エルファローレはお道化て悪びれる。
「じゃぁ100%まで高まると、どのくらいの物を壊せるの?」
『そうだなぁ、ここから見えるあの高層マンション。あれくらいなら一瞬で消し飛ばすことが出来るよ』
ゾッとするようなことを平然と言う。
「そんなに強い力が私の中にあるなんて怖いわ」
『それでも足りないくらいさ。さて、じゃぁ練習を再開しよう』
エルファローレは、卵を割ったら、今度はかき混ぜてみようというかのように、どこまでも平然としていた。
「……いや。いやよこんな乱暴なこと。特別は私の望んだことかもしてないけど……戦うなんてそんな大それたこと私には……練習の前にあなたには山ほど聞きたいことがあるわ」
『なんだい?』
紫蓮は胸の内の一番の疑問を投げかけた。
「あなたは私が待ち望んでいた世界が始まると言ったけど、それはどう言うことなの?」
『戦争だ。人類とそれに敵対する者達の戦が始まる』
「え……私そんなこと望んでない」
頭のなかでサーと血の気が失せていく音がした。
『それは嘘になるね、でなければ僕と適合するはずがない』
「そんな……酷いわ。そうやって勝手に決めつけて」
『君の深層心理にあるコンバーティブルインスティクトがそれを決定ずけている。すべて消えてしまえ。そう思ったことはない?』
「私の中にいるからって何でもわかっている風に言って!」
『君は縛られる、生きたいってその呪いに』
ギクリとしたものがある。本当は誰より生きたいとそう願った。
「もし今後何かがあった時はあなたを恨むわ」
『なら何かが起こってもそれに対処出来るようにしなくてはね』
どこまでもエルファローレは上手だった。
「ずるいわ……そんな言い方……本当にずるい。……私を説得して。でないと協力なんて出来ない」
『僕が言葉を尽くしたところで君は納得しない。じゃぁこうしよう。僕は君の今までの日常を人質にする。これから変わっていく中で、ここは君の唯一の安息の時間だ。戦いが始まれば君は失う物の大切さを身をもって知るだろう』
「戦わない=見捨てるってことになるの? どうして私にすべての責任があるみたいに言うの? 私の他に戦う人はいないの?」
突然迫られた責任に、泣き言だって言いたくなる。しかし、エルファローレはぴしゃりと言った。
『いない。何度も言うようだけど、戦えるのは君だけなんだ。未来ではね、人間は絶滅にひんしている。成す術がないんだ。多くの人が死んだ。戦士もそうでない人も。僕を造った人達だって僕をこの世界に送り込んだ時に、みんな殺されただろうね。紫蓮、世の中には因果ってものがあるのを知っているかい? 起こした行動には必ず結果が伴う。僕がここにいるのは、僕がタイムトラベルをして無限に分かれた世界戦の中のそれももう残り少ない人類の生き残る可能性の一つということなんだ。そこまでに敵は強大だ』
エルファローレは『世界』だなんて、何やら大きな使命を抱えてここまで来ている。それは伝わってくる。
「でも、過去を変えるってことはその因果に反することじゃないの?」
「人間は因果さえも操作するところまで、手を伸ばせるようになったってことさ。僕らが歩きだせば、ここから世界はまた分岐する。たくさんの世界が生まれ、人類が生き残る可能性が生まれるだろう」
それは願いなんかじゃない、呪いだ。紫蓮は言葉を飲み込んだ。人類が生き続けなければいけないことなんてない。本でも見たことがある。悪魔に最も近い存在は人間だ。人間は多くの命を奪う。殺す。滅ぼす。それに人同士の争いだって絶えることはない。でも、今まで紫蓮は紫蓮を支えてくれた物語たちのことを思う。物語だって人が紡いだものだ。何千年もの間、人々が語り伝えてきたものだ。その物語が放つ光に何度心を救われてきただろう。輝けるものを作れる人もいる。そのことを胸にしまっておこう。人類のために戦うなんて大それたこと、自分に出来るかわからない。出来ないかもしれない。でも守りたいものを守れる力があるなら、この小さい自分の手で、守れるものがあるのならば守りたい、紫蓮の胸に、小さな、でも確かに明るい火が灯った。
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