第3話 こよりの事情

「覚悟っ!」

 包丁で僕の心臓を刺そうとするこよりを朝っぱらから押さえつける。

 押さえつけながら、なんて面倒くさい病にかかったんだろう僕の幼馴染は、と思う。


 前頭前野混乱症候群


 こよりはそんな病気にかかっている。

 前頭前野混乱症候群とは、2050年に日米の研究チームが発見した新種の神経病だ。

 前頭前野はその名の通り感情をつかさどる脳領域で、この部分が混乱する病だ。現在患者は世界で30人ほど。その全員が、ある感情が発生するとそれとはまったく関係ない感情が同時に沸き起こる。

 例えば、好きという感情と共にいたたまれない感情が湧き上がる人がいる。

 例えば、嫌いという感情と共に助けになりたいという感情が湧き上がる人がいる。

 そして、こよりもまたある感情が湧き上がると別の感情が湧き上がる。


 愛している、という感情と共に、抑えきれない殺意が湧き上がる。


 こよりは僕を愛している。

 僕もこよりを愛している。

 愛しているから、こよりは僕を殺そうとする。

 愛しているから、僕はこよりを制圧する。

 なんてことない、両想いなのだ。


「大好きだよ、シンジ!」


 だから、今日もこよりは笑顔で僕を見る。

 彼女にとって愛しているという感情と殺意は同じなのだ。

 そして、僕にとっては殺意を向けられたからと言ってこよりを見捨てる選択肢は、無い。



          続く

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