閑話 ある奴隷少女の追憶 その十四


『珍しく外が騒がしいと思ったら、どうしたよボンボーン?』

『何だお前らか。このガキ共が俺のことを貶してやがったからよ、今からちいっとヤキを入れてやろうと思ってな。今からチャチャっと済ませるからさっさと戻んな』

『ヒヒッ。良いねぇ。丁度酒も切れて退屈していた所だ。俺も混ぜろよ』


 新しくやってきた二人。どちらもまた明らかにこちらに好意を持っているとは言い難い雰囲気のヒト達だった。トキヒサとソーメが何とか弁解しようとするも、どうも話を聞いてくれる感じじゃない。


『トキヒサ。このヒト達、やっつける?』


 私はトキヒサとシーメにだけ聞こえるよう小さな声で話しかける。トキヒサご主人様に手を出そうというのであればそれは私の敵だ。命令さえあればすぐにでも目の前の三人に攻撃を仕掛けるべく、手に持ったカンテラの光で照らされる私の影に軽く魔力を送る。


 以前の怪我も治って身体の調子もほぼ万全。毎日治療の一環で影属性の練習もしているので、精密さに関して言えば以前よりも格段に上がっていると思う。


 トキヒサはどうやらヒトを殺すことを嫌うみたいなので、死なないように相手の急所を避けて腕や足の関節を狙えば良いかな?


『待てってセプト。こういう時は話し合いで解決しないと』


 だけどやはりトキヒサは優しいから、あくまでも話し合いで解決しようとする。シーメはどう転んでも大丈夫なようにこっそり身構えているみたい。


 このまま戦いになるかと思った時、相手の一人が許してやっても良いと言ってきた。トキヒサは安心したように顔をほころばす。だけど、その男の表情に近いものを私は見たことがある。クラウンがわざと奴隷に失敗させて相手を苛めようとする時と似た顔だ。私は警戒を緩めない。


『その代わり、そっちも誠意って奴を見せてもらわねえとなぁ。なぁに簡単なことだ。……そっちのオンナ二人を置いていきな』

『………………へっ!?』


 トキヒサは今の言葉が上手く伝わらなかったように呆けた顔をして聞き返す。


 シーメは私を庇うように手で制しながら一歩下がり、私もより一層影に魔力を込めてもう今にも荒れ狂いそうなほど。


 どういう目的で私とシーメを置いて行けと言ったのかはよく分からないけれど、私は奴隷だ。それを奪おうというのなら見過ごすことはできない。


 もちろんトキヒサ自身が置いて行っても良いと言うのなら私はそれに従うけれど、シーメはその限りじゃないはずだし。ならわざわざこんな要求を呑む必要はない。


 だけど向こうは既に決まったことだと言わんばかり。男の一人がなにやらクラウンとはまた違う気持ちの悪い笑みを浮かべながらこちらに手を伸ばし、


『何のつもりだボンボーン?』

「そりゃあこっちの言葉だ。舐められたらその分ぶちのめすのは当然だが、ガキに手を付ける程日照っちゃあいねえんでな。……ほどほどにぶちのめして追っ払うつもりだったが、気が変わった。おいガキ共。さっさと行け。今回は見逃してやる」


 そこで何故か最初に出てきたボンボーンが横から他の男を止める。どうやら向こうも一枚岩じゃないみたい。そして、


『……黙って聞いていたら無茶苦茶言って、いい加減にしろよっ!!』


 自分から歩み寄ったトキヒサの一撃が、男の一人の顎に綺麗に入ってそのまま打ち倒した。まさか最初に動くのがトキヒサだとは思っていなかったので、私も少しだけ驚いて揺らめいていた影が収まる。


『こっちはちゃんと謝るつもりだったんだ。二、三発殴られるくらいは仕方ないと思ったし、多少であれば金を払っても良いと思ったさ。けどな……仲間を、しかも美少女を身代わりに差し出せなんてこと言われて、黙ってられるわけないだろうがっ!!』


 仲間……か。多分だけど、トキヒサの中ではそれは私も含まれている。トキヒサはそういうヒトだと思うから。だけど私はあくまで奴隷。いざとなったら真っ先に見捨ててほしいと思う。


 だから、トキヒサが私の事を含めてそう言ったことに、今一瞬だけ胸の奥底がドクンと弾んだのは良くないことなのだろう。


 その後ボンボーンは何故か戦おうとせず、残ったもう一人が逆上してナイフを出してトキヒサに襲い掛かろうとした。


 だけど、私やシーメが割って入って防ごうとしたその瞬間、まるで風のように何者かが男の首筋を叩いて気絶させる。そこに現れたのは、


『さっきから騒がしいと思ったら、どうしてお前達がここに居る?』

『アシュさ……って今度はお前かよヒースっ!』


 探していた人物である、都市長の息子ヒース・ライネルだった。





 突如現れたヒースだったけど、何故かボンボーンと喧嘩になりそうだったのでトキヒサが仲裁に入る。


『なっ!? 何をするんだ!?』

『言い訳無用だこの野郎! セプトっ! 一発コイツにかましてやれ。ここに居ない人たちの分も含めてな』

『分かった。皆の分。まとめて』


 私は魔力を影に注ぎ込み影造形を発動する。


 トキヒサ、私、エプリやシーメ達、一応ツグミに、他にもヒースを探している沢山のヒト達。私が思いつくだけのヒトの数だけ影は枝分かれしていき、一つ一つがそれぞれ剣や槍や大槌などの形をとってヒースに向けられる。


 あとこの前トキヒサに教えてもらったハリセンという武器も出てきた。……これは多分トキヒサの分だと思う。


『あんまりやりすぎないでねセプトちゃん。流石にそれ全部当たったらいくらヒース様でもケガするから』

『ま、待て! 早まるな。話せば分か……うわあああっ!?』


 流石にこれはマズいと思ったのかヒースは逃げようとしたけど、影はジリジリと間を詰めて伸びていき、一斉にヒースに襲い掛かった。ゴメン。トキヒサの命令だから。


 だけど、結局まともに当たったのはハリセンの影だけだった。少し悔しい。





『この度は……誠に申し訳ありませんでした』

『私も、ごめんなさい』

『知らぬこととは言え私も色々言っちゃったからね。すみませんでした』


 その後、ボンボーンにトキヒサやシーメと一緒に謝って、どうにか許してもらえることになった。


 シーメも加護でアーメやソーメに連絡を入れて、あとはヒースを連れて帰るばかり。そう思ったのだけど、話はそれだけでは終わらなかった。


『……悪いがまだ帰るつもりは無い。探しているものがあるんでな。それが済むまで待て。……あと毎回言っているが、気安く呼ぶんじゃない。名前に様かさんを付けろ』

『なっ!? なんでだよヒース!? そもそもこんな夜更けに何を探すって言うんだ? ……こらっ! 無視するなよヒース!』


 トキヒサに返事をすることもなく、ヒースはそのままボンボーンに尋ねて何か当りを付けているようだった。仕方なくトキヒサがさんを付けると、ヒースもようやく口を開く。


『……それで結局何を探してるんだ? せめてそれくらい話してくれてもいいだろ? 皆を心配させた分ってことでさ』

『お前に話す義理があると』

『お願い。教えて?』

『…………分かった。話す。話すからじっと見つめないでくれ』


 何故か私が聞くと、ヒースは少し後退りながらも普通に話してくれる。私は嫌われているのかもしれないけど、トキヒサのためならさらに嫌われてもどうということもない。





 そうしてヒースの口から語られたのは、私にはよく分からない話だった。


 今から二か月ほど前に起きた、ヒースが調査隊の副隊長を退くことになった事件。主に裕福な家ばかりを狙う組織的で大規模な連続押し込み強盗。


 その手口は、強盗の後トンネルを掘らせ、それを通って逃げるというもの。奴隷達の作業環境は劣悪で、どれだけ犠牲になったか今も正確には分かっていないという。


 そのことを聞いて、私は少しだけその奴隷達の事を思い自分の首輪をスッと撫でる。その奴隷達は主人に恵まれなかったのだろう。あるいはそれ以外の何かに。


 奴隷は主人に仕えるモノだけど、基本的に自分で主人を選ぶことはできない。僅かとはいえそれが出来て、そして主人にも恵まれた私はおそらく幸せなんだろう。


 話を戻すと、ヒースは部隊を引き連れてトンネルを逆に辿ることで組織の本拠地へと乗り込んだ。だけど組織の首魁の罠によりトンネルは崩落。部隊に死者は出なかったけど、組織のヒトや多くの奴隷達が亡くなったのだという。


 ヒースはそのことの責任を取って副隊長を一時的に退くことになり、それからはその逃げた組織の首魁を追って情報を集めていた。


 そして、ボンボーン達が居た倉庫の中にまだ残ったトンネルがある可能性が高く、それを使って悪いことをしようとする奴を待ち伏せているということらしかった。


『じゃあこれまで講義を抜け出していたのは』

『場所を探すためと、候補の場所で張り込みをするためだ。これまでの事件は全て夜に起きていた。だから現行犯で捕らえるなら夜に動くしかなかった』


 ヒトを増やすと相手に勘づかれる可能性が増えるから少人数。それでほぼ単独(協力者はいるらしい)で動いていたのだという。


 しかし連絡した以上もうすぐ迎えが来る。そうなったら素直に引継ぎに応じると言うヒースに、


『……分かった。じゃあそれまではこっちも張り込みに付き合うよ。相手が何人で来るかは知らないけど、そんなに多くはないだろうしな。それにどのみちエプリ達もこっちに向かってるし』

『私も付き合いますよ~っ! どうせお姉ちゃんもソーメも来るまでまだ間があるし、町の平和を守るのが『華のノービスシスターズ』の仕事ですから』


 一緒にここで待つつもりのトキヒサとシーメ。もしここにその組織の誰かが来るのなら、こんな場所からは早く離れた方が良いのかもしれない。……ただ、迎えがこちらに向かっていることを考えると、ここで待って速やかに合流した方が安全かもという考え方もある。結局、


『私も、付き合う』


 主人の意に沿うよう行動するのが奴隷の役割。トキヒサが残るというのなら私も残る。


 そうして私達はここで迎えを待ちながら、ヒースに付き合って張り込みをすることになった。

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