閑話 ある奴隷少女の追憶 その十三
トキヒサとアーメにさっきのレイノルズとの話の内容を聞き、ひとまずレイノルズ達より先にヒースを見つけて連れ戻すという方針が皆の中で決まる。
『“同調”の加護?』
『そっ! 私とお姉ちゃんとソーメが生まれつき持っていた加護。ざっくり言うと、
三手に別れ、ヒースの手がかりを探して私とトキヒサ、ツグミとシーメで以前行ったラーメン屋に向かう途中、シーメからそんなことを聞かされた。
何でも、この町の端から端までくらいの距離であれば姉妹で互いの場所や考えていること、体調なんかが分かるらしい。
羨ましいと思った。そんな力があれば、離れていても
その後ラーメン屋に着いたけど、もうヒースはここを出ていて店のおじさんも今どこに居るのかまでは知らなかった。
これでもう手がかりがなくなってしまったと困り果てるトキヒサやツグミ。だけどそこへ、シーメを介したおじさんから情報を引き出したことでエプリが何かに気づき、一度合流して話し合おうということになった。
そうして店を出ようとした時、
『ちょっと待って下せえ。……こちら、お土産にどうぞ』
おじさんがお土産と言って持たせてくれたのは、ギョウザという蒸かしたパンのようなもの。後でツグミに聞いてみると、中に刻んだ野菜や肉が詰まっているらしい。ホカホカの湯気を立ててとても美味しそうだ。
『うちの常連さんをよろしく頼んます』
そう言って深々と頭を下げるおじさんの姿は、紛れもなく誰かを大切に思うヒトの姿だった。なのに、
『早いとこ見つけないとな』
『……ムグムグ……そうっすね』
『……そうだよね……ムグムグ』
トキヒサはともかくツグミとシーメは早速ギョウザに齧り付いている。二人とも早く見つけに行かないと! それにしても美味しそう。
ちなみに、
『……遅かったわね。……それと餃子を私達にも渡しなさい』
『ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、お腹が空いてしまって。すみません』
『……ああもう分かったよ。時間が無いからさっさと皆で食べてしまおう。セプトも遠慮せず食え! 俺も食う!』
『ありがと。トキヒサ』
合流したらエプリとソーメ、それにボジョもギョウザを欲しがり、結局皆で食べてから行くことになった。……やっぱり思った通りとても美味しかった。
『全員乗ったわね? ……出るわよ』
ギョウザを食べ終わってクラウドシープに乗り込んだ私達は、これまでの事柄を纏めたエプリの推測、そして教会に向かったアーメの心当たりを頼りに次の場所へ向かう。その途中、
『ゴメン。少しだけ止めてくれエプリ。……すみませんっ! ヒースの情報は何かありましたか?』
『おお。貴方方でしたか。……いいえ。こちらではまだ手掛かりらしきものは何も。先ほどからレイノルズ殿の部下の方も協力して探してくれているのですが、どうやらあちらもまだ見つけられていないようです』
エプリが今日ヒースを見かけたらしい場所、そこでは何人ものヒトがヒースを探していた。屋敷で見たヒトも居れば、さっきレイノルズと一緒に居た奴隷も居た。これだけでもヒースがいかに多くのヒトから気に掛けられているかが分かる。
私が仮に居なくなったとしても、身を案じて探すようなヒトはそうはいないだろう。もしかしたらトキヒサは優しいから探すかもしれないけど、やはりそれくらいだろう。
だって……私は、ただの奴隷なのだから。
『…………あっ! うんうん……今着いた。そっちは…………分かった。引き続きよろしくね』
『シーメ。向こうはどうだって?』
『先に着いて探しているけどまだ見つかってないって。まあ簡単に見つかれば苦労はないんだけどね』
私とトキヒサとシーメ、エプリとソーメとツグミの二手に別れ、アーメの調べてくれた心当たりの場所に到着。そこは倉庫のような建物が集まった場所で、ヒトもほとんどおらずどこか寂しい場所だった。
早速シーメがエプリ達と連絡を取るけれど、向こうもまだ見つけられないでいるらしい。ただ、
『……なるべく早く探して合流するから、私が居ない間無茶をしないように。特に自分から荒事に首を突っ込むことの無いように。……良いわね?』
『大丈夫大丈夫! そうそう厄介なことは起こらないって! ……多分』
『……その多分がアナタが言うと非常に怖いの』
『センパイのこれまでの武勇伝を聞くと、そういう反応も全然間違いじゃないと思うっすよ?』
『うん。すっごく心配』
別れる前にそんなやり取りがあったので、エプリ達は向こうに居なさそうならすぐにこちらに合流しに向かうと思う。エプリは風で近くに居るヒトを見つけることが出来るし、クラウドシープに乗ってくるからそんなに時間はかからないはず。
そうしてこちらはこちらでヒース探しを始めたものの、一向にその姿は見当たらない。
『確かにエプリの言った条件に当てはまっている場所だけど……どういった場所なんだろうな?』
『ここらは通称物置通りって言ってね、確かテローエ男爵って貴族様が管理してるって前お姉ちゃんから聞いたよ。なんでも、金を払うと一時的に物を預かってくれるんだって。……話によると後ろ暗い物なんかも結構あるってさ』
そんな雑談を交えながら、月が隠れてすっかり暗くなった場所を、明かりをつけてヒースの名を呼び掛けながら探す私達。その途中、
『ヒースや~い! 近くに居るならさっさと出てこ~い! こらっ! 聞いてんのか良いとこのボンボ~ン』
『ボンボ~ン』
トキヒサが言うには、金持ちの親に甘やかされて育ったヒトのことをそう言うらしい。甘やかされたかはともかく、意外と語呂が良いのでつい私もそう呼んでしまう。
いくら何でもそれは不敬じゃないかとシーメがたしなめるけど、
『良いんだよこれくらい。ヒース一人のためにどれだけの人が心配して動いてくれてるかって話だよ。むしろガツンと言ってやんなきゃ分かんないんだって』
なるほどとトキヒサの言葉にそう思った。私とは違って、ヒースはあれだけ多くのヒトに自分が気遣われているということを知るべきだ。
だけど……トキヒサにもそれは当てはまるのじゃないかと少し思う。トキヒサが居なくなったら、少なくともエプリやボジョ、ジューネ、アシュ、ツグミ、それに当然私も探すだろう。なのでその点を踏まえてじっと見たら、トキヒサはあからさまに顔を背けて知らないフリをしていた。
それからはシーメも気が変わったのか興が乗ったのか、
『ヒース様~。ボンボン様~。居るなら早く出てきてくださいよ~! 出てこないと以前エリゼ院長から聞いた恥ずかしい話をペラペラ喋っちゃいますよ~!』
なんてことを言いながらにんまり笑っていた。それなりに敬っているのは態度から分かっていたけど、それでも普段から溜まっていたものはあったらしい。……とても楽しそうだ。
そして遂に、
『ボンボ~ン』
『ボンボ~ン!』
『ボンボボ~ンのボ~ン!』
『やかましいわこの野郎っ!!』
呼びかけにやっと反応があった。良かった! ここに居た! そう思ったのに、そこに建物の一つから現れたのはヒースではなくボンボーンという別人だった。
『さっきから黙って聞いていれば、ぶっ飛ばされただのお漏らしだのと何言ってやがんだこのチビが!』
トキヒサに詰め寄る怒り狂うボンボーン。危ないっ!? このままじゃトキヒサが殴られてしまうと前に出ようとしたが、
『待って。今出ると余計ややこしくなりそう。ここはトッキーに任せようね』
そっとシーメが私の肩に手を置いて引き留めてきた。……確かに私が戦ったら、場合によってはトキヒサに迷惑がかかるかもしれない。
本当にトキヒサが危ないと思ったら飛び出すつもりだけど、ここはトキヒサの実力を見守ろう。……ただ、
『おい。どうしたよ!』
『なんだなんだそのガキ共は?』
ボンボーンが出てきたのと同じ建物から、別の二人が出てきた。
やっぱり私も加勢した方が良いかもしれない。
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