閑話 ある奴隷少女の追憶 その十二


 屋敷にジューネを残し、ツグミの提案でトキヒサ、エプリ、ツグミ、そして私の四人で一度ツグミの家に立ち寄り、連絡用の道具を取ってくるということに。


 そして合図である照明弾を夜空に打ち上げて少しした時、


『おやぁ? おやおやおや? 夜の散歩中にふらりと立ち寄ってみれば、何やら面白いことになっているじゃないかツグミ! ここは一つ私も混ぜてはくれないかい?』


 


 少なくとも十人以上の奴隷を引き連れたその男は、ツグミが言うにはレイノルズ・エイワ―スという奴隷商人らしい。


 私は一目見て分かった。この男は前私を所有していた奴隷商とは格が違う。


 奴隷を商品として扱うから、自分以外の……いや、場合によっては何かであると。


 レイノルズが商品奴隷を貸し出すと言ってきた時、トキヒサは少し悩んでいた。私はトキヒサがどんな判断を下しても着いて行くつもりではあるけれど、レイノルズには常に警戒していようと感じた。


 そしてトキヒサがレイノルズの申し入れを受けようとした時、


「ちょっと待ってくださあぁぃ!!」


 響き渡る制止する声と共に、現れる三人の白いローブ姿のヒト。それは、


『長女アーメ』

『次女シーメ!』

『末っ子……ソーメ』

『『『私達、三人揃って…………『華のノービスシスターズ』』』』


 昨日教会で会ったばかりの、アーメ達シスター三人娘だった。





『そんじゃ細かい交渉はお姉ちゃんに任すとして、私達はこっちでお話でもしよっか! オオバがトッキー達と知り合いなんて初めて知ったし、シーメはセプトちゃんと話がしたいよね』

『うん! セプトちゃん。私……また色々お話したい』


 そう言ってツグミの家に誘ってくるシーメとソーメ。私としてはまた話をしてみたいけど、トキヒサから離れるのもマズい気がする。なのでその意を込めて視線を向けると、


『こっちにはエプリもいるし大丈夫だから。ゆっくり話をしてきな』

『ありがと、トキヒサ。……行ってくるね』


 そう言われてしまっては仕方がない。話をしてみたいというのは間違いないし、私は素直にシーメ達と一緒にツグミの家で待つことにした。……あと近況報告もしたいということでツグミも一緒に。


『はいは~い。それじゃ座って座って! 何も遠慮することはないっすよ!』

『もう座ってるよオオバ! しっかし驚いたよね。まさかオオバがトッキー達と知り合いだったなんて』

『うん。驚いた』


 皆で机を囲んで座り、互いにこれまでの経緯を話し合う。どうやらツグミはこの世界に来たばかりの頃に偶然アーメ達と知り合ったらしい。


『いやああの時はまいっちゃったっすよ。丁度レイノルズと色々あって、アーメ達と会ってなきゃ今頃どうなっていたことか』

『そうかなあ? なんだかんだオオバは一人でも何とかやっていた気がするけどね!』

『そう……だと思う』


 そうして話も弾み、今度は私達との出会いの方に話が伸びていった。


『……ってなわけで、あたしも近日中にセンパイと一緒にちょっと遠出してくるっすよ! 上手くいけば帰れる手段も見つかるかもしれないっすから』

『そっかそっか! やっと自分の世界に帰れるかもってことだね。やったじゃん!』

『うん! 良かったですね。オオバさん』

『二人は、知ってたの? ツグミが、別の世界のヒトだって』


 今の会話の中で、少しだけ気になったのでそう聞いてみる。すると二人は顔を見合わせてこくりと頷いた。


『その様子だとセプトちゃんも知ってたんだね』

『オオバさんは、いつも自分は異世界から来たって、言ってたから』

『だって本当の事っすよ! ……まあ信じてくれた人なんてほとんど居なかったっすけど』


 話によると、前にも言っていたけどツグミはこの世界に来た当初から隠すことなく異世界から来たことを話していたのだという。


 だけどそんな話をまともに取り合ってくれるヒトは少なく、結局信じてくれたのはアーメ達くらいだったという。


『まあ私達の場合も途中まで半信半疑だったけど、オオバのあの能力を見ちゃうとね。出したのがどれも見たことも聞いたこともない物ばっかりだったし、これはもう下手に疑うより信じた方が面白そうかな~って』

『面白そうって何っすか~!? もう……そうだ! 久しぶりに皆で菓子でも摘ままないっすか?』

『お菓子!? ……でも、オオバさん、大丈夫ですか? その、お金とか』


 そういえば、ツグミの能力はお金がかかるんだった。それに一日に使える分にも限りがあるとか。だけどツグミはそれを聞いてムフフと笑う。


『そこはもうこれまでのあたしじゃないんっすよ! これまでは日本円……あたしの世界のお金が心許ないんで満足に買えない状況でしたが、そこは色々あって大幅に改善されたっす! ……見よっ! この五千円札ちゃんをっ!』


 ツグミがそう言って目の前で広げてみせた紙は、今日の食べ歩きの途中でツグミがトキヒサに貰っていた物。その時はよく分からなかったけど、後からそれが異世界で使われているお金だと知った。


『……何その紙? なんか絵みたいなものが描いてあるけど』

『ふっふっふ。これぞ異世界のお金五千円。こっちの世界で言うと五百デン分っす! ……まあ少し使っちゃったけど、まだ今日使える分でちょっとした贅沢なら出来るっすよ!』

『これがお金……なのですか? ……不思議』


 ソーメがツグミからその紙を借りてジッと興味深く見つめる。私も最初紙がお金だなんてちょっと驚いた。軽いから運びやすいと思うけど、ちょっと引っ張ったら破けてしまいそうで怖い。


『おおっ! よく分からないけど、それならお言葉に甘えていただいちゃおうかな! ちなみにどんなお菓子なの?』

『みんな大好きブ〇ックサンダー……と行きたい所なんっすけど、それはさっき出しちゃって今は出せないんすよね。なので……美味い・安い・腹持ちが良いと三拍子揃ったこのうま〇棒の出番っす!』


 ツグミはそう言ってまた道具(タブレットというらしい)を操作すると、棒状の何かがたくさん詰まった袋を取り出した。


『とりあえずパーティー用の詰め合わせセットを出してみたっす! これだけ詰まってなんとお値段三百円! こっちで言う所の三十デンっすよ。さあさあお一つどうぞ!』

『これは……前のブ〇ックサンダーみたいに袋を破けば良いんだよね? よっ……と。いただきま~すっ!』


 シーメは袋を破り、中の薄黄色い棒状のものに齧り付く。そして、


『……美味っ!? これメッチャ美味いね!』

『すごく、サクサクしてます』


 すぐにシーメは目を輝かせる。次におそるおそる齧ったソーメも、その食感が癖になったみたいで目を閉じて口だけもぐもぐさせている。


『これだけあって三十デンって…………一個一デンっ!? いや絶対もっと行くでしょっ!? 一個三十デンの間違いじゃないの?』

『いやホントに一個一デンっすよ! これぞ庶民の強い味方。安いから小腹が空いた時についつい買って食べちゃうんすよね』


 ツグミも一つ齧りながら微妙に変な顔をしながらそう言う。トキヒサが前言っていたけど、ドヤ顔というものらしい。


『ありゃ!? セプトちゃんは食べないんすか?』


 奴隷が主人を差し置いて勝手に食べるというのはどうにも抵抗がある。なので食べないでいると、ツグミから声をかけられた。


『私はいい。トキヒサの分を残しておかないと』

『ああ。なるほど……セプトちゃんは良い子っすね。だけどたくさんあるから大丈夫っすよ! どうぞどうぞっす! それにセンパイは下手に遠慮しない方が喜ぶんじゃないっすかね?』

『そうだよ。セプトちゃん。これ、美味しいよ!』


 ツグミに加えてソーメも勧めてくる。……確かにトキヒサは、私は奴隷だというのに普通のヒトのように振る舞ってほしいようだった。なら、毒見も兼ねて一つだけ先に頂いても良いのかもしれない。


『分かった。じゃあ一つだけ貰うね』


 そうして一つ分けてもらったうま〇棒は、名前の通りとても美味しかった。





『ところでセプトちゃん。その、胸に付けてるブローチ。どうしたの?』


 一向に来ないトキヒサ達を待っている間、ふとソーメがそんなことを口にする。私はその言葉に咄嗟にブローチを手で撫でる。


『そういえば、今日武器屋に行った時にセンパイが買ってましたっすねぇ! 自分で付けるにしては可愛らしいものだと思ってましたけど、まさかセプトちゃんへのプレゼントだったとは』

『えっ! 何々? プレゼント? ……その話詳しく!』


 ツグミがニヤニヤしながらそうポツリと漏らし、それを聞いて何故かシーメが鼻息荒く詰め寄って少し離れる。……よく見たらソーメも話を聞く態勢に入っている。


 時折、『おぅっ! そこはかとなく漂うラブ話の気配っす』とか、『やっぱこういうのは乙女の栄養源だよね!』とか聞こえてくる。ソーメも話に合わせてコクコクと頷いているので聞こえているみたい。


 よく分からないけど、何だかこのままだとどんどん勝手に話が進んでしまいそうなので訂正しておかないと。


『別に、たまたまシーメ達が身に付けているのと似たブローチに目が留まって、それをトキヒサも気に入って買っただけだよ。それに贈り物ではあるけれど、あくまでトキヒサの物だから私は預かっているだけ。付けた方がトキヒサが喜ぶから身に付けているけど。あと魔力を流したら光るから暗い所でもトキヒサの役に立てるし』

『『『へ~。本当に~?』』』


 何故かほぼ同時に、三人がこちらを微笑ましいものでも見るみたいに見ながら言う。……どこにそんな要素があったのだろう?


 トキヒサ達が来たのはそれから少ししてからの事だった。

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