閑話 ある『勇者』の王都暮らし その六
「はいは~い! 今日も元気にいくわよ~!」
訓練はそんなイザスタさんの掛け声から始まった。こんな始まり自体はこれまでにも何度かあったもの。しかし今回に限って言えば、訓練場の中はいつもと違う雰囲気に満ちていた。
「でえりゃああっ!」
「ふんっ!」
まずは準備運動代わりの模擬戦。戦っているのは黒山さんと高城さん……正確に言うと、高城さんの作ったゴーレム三体だ。ゴーレムは一体が高城さんの護衛に徹し、残り二体が黒山さんに殴り掛かっている。
「おせぇっ!」
一発でも当たると相当の大怪我を負いかねないゴーレムの拳を、黒山さんはギリギリの所で躱しながらカウンター気味に裏拳を繰り出す。そんなことをすれば普通に考えれば黒山さんの方が傷つくだろう。しかしその瞬間、拳が真っ赤に輝いたかと思うと直撃したゴーレムの肩を打ち砕いた。
「どうよ! 相変わらず火属性を飛ばしたりとかは下手だが、こうやって一か所に集中すればゴーレムだってこの通り……っておわっ!?」
「たかだか一発決まっただけで調子に乗るな。壊れたのならまた作れば良いだけのことだ」
余裕で技の解説をしようとした黒山さんに、もう一体のゴーレムが襲い掛かる。更に肩が壊れた方のゴーレムも、高城さんが何やら呟いて腕を振ると、少しずつ壊れた所が修復され始めた。
「なら直りきるまでに削り切ってやらぁっ!」
「やってみろっ! 出来るものならな!」
二人の戦いは激しさを増していく。模擬戦にしては激しすぎるかもしれないけど、これまでどちらも大怪我をしたことはない。互いにここまでなら大丈夫という感覚が分かってきているのかもしれない。やはりこの二人も私なんかと違って強い人達だ。
「あっちも張り切っているわねぇ。まあやる気があるのは良いことよね。……それじゃあこっちもいきましょうか! ユイちゃん。アキラちゃん」
「はい。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
黒山さん達とは少し離れた場所で、イザスタさんは普段と変わらない態度でそう言う。明はこちらも普段通りに一礼するが、私はさっきから緊張で身体がガチガチになっている。なんで明はこんなに落ち着いていられるんだろう。
流れとしては、イザスタさんと明が模擬戦中に入れ替わる。私は今回直接戦闘には関わらないけれど、訓練なので月属性を上手く扱えるよう練習だ。イザスタさんからの課題として、月属性の初歩である“
私は出した月光球に集中しながらチラリと訓練場の周囲を見回す。訓練中の不慮の事故に備える治療術師や薬師。場合によっては訓練に加わるそれぞれの付き人。他にも何人もの人がこちらを見ている。こんな中から抜け出すなんて本当に出来るのだろうか?
「…………ふぅ! 上手くいって良かったわねユイちゃん!」
普通に上手くいきました。
明とイザスタさんは戦いの中、あらかじめ人形を運び込んで隠してある場所まで移動。明の風魔法で人形に被せてある大量の砂を巻き上げて小さな砂嵐を起こし、僅かな間周囲の視覚を奪ってその間に人形を引っ張り出す。
出てきた人形は高城さんの作るゴツゴツしたゴーレムとは大分違って、どちらかと言うと見た目はデパートなんかに展示されているマネキンに近いように感じられた。
全体的に滑らかな丸みを帯び、顔の部分はつるりとしたのっぺらぼう。だけど明が人形の首筋にある出っ張りに手を当てて魔力を流すと、人形は自力ですっと立ち上がった。
明が何やらぼそぼそと人形に呟くと、人形は明から手渡された試合用の木剣を受け取る。そのタイミングで明とイザスタさんが人形に魔法をかけ、明の姿に見えるように誤魔化す。近づいてよく見るとなんとなく違和感があるけれど、遠目で見る分には明に見える。
そして本物の明が砂煙が残っている間に訓練場を抜け出して今に至ると。周りの様子を探ってみるも、皆砂嵐で驚いてはいるものの入れ替わっているとは気づいていないよう。よくバレなかったものだ。
よく見れば黒山さんがこちらを見て笑っている。高城さんは微妙に不機嫌そうな顔だ。抜け出すとは聞いているのであまり驚いてはいないようだけど、今の小さな砂嵐で向こうにも砂がかかったらしい。ごめんなさい。
「あとはアキラちゃんが戻るまで待つだけだけど…………よっと!」
「イザスタさんっ!?」
入れ替わって気が抜けていた私を尻目に、明の姿をした人形がイザスタさんに向けて切りかかってきた。明やイザスタさんには及ばないまでも、構えはしっかりしているし動きも速かった。イザスタさんは軽く剣を躱して自身も試合用の槍を構える。
「ちょ~っと離れててねユイちゃん。それと月光球の集中は途切れさせないでね。……それにしても、この動きは結構良い品質のゴーレムね。ディランちゃんったら良い仕事しすぎよん。まあこのくらいじゃないと周りを誤魔化すなんて出来ないか」
「大丈夫なんですか?」
「ヘーキヘーキ。ただ……アキラちゃんがした命令は『アタシが中止と言うまでアタシを攻撃しろ』だったからねぇ。下手に止めたらそれ以降の命令を受け付けない可能性があるし、ずっと棒立ちじゃあ怪しまれる。実質戻ってくるまで攻撃を止められないのよねん。……いやあうっかり命令権限をアタシと半々にしてもらうのを忘れてたわ」
つまり明が戻ってくるおよそ三十分後まで、イザスタさんは人形と戦い続けなくてはならないってこと? しかも時折明の姿になる魔法を掛け直さなければいけないし、攻撃を当てて壊してしまう訳にもいかない。そんな無茶苦茶なっ!
人形の狙いはあくまでもイザスタさんのようで、私や黒山さん達には反応していない。人形はジリジリとイザスタさんとの間合いを詰めようとし、イザスタさんも合わせて少しずつ後退……違う。私から離れようとしているんだ。下手に近づいて万が一にも人形の標的にならないように。
そのまま少し距離をとったかと思うと、人形は再びイザスタさんに向かって突撃した。
遅い。遅いよ明。……明が出発してからもう予定の三十分が経った。しかし一向に戻ってこない。いったいどこまで行ったのか。
イザスタさんは始まってからずっと戦い続けている。人形の攻撃を時に躱し、時に受け流し、その上で私達の訓練のアドバイスもするという離れ技を見せた。加えて戦いの中で、人形の動きが明に比べて悪い点を自分も敢えて動きのキレを悪くすることで誤魔化したり。
しかし予定の時間を過ぎても戦いは終わらない。黒山さんと高城さんも模擬戦を終えて休憩している中、だんだんイザスタさんの動きが本当に悪くなってきた気がする。
「ふぅ。流石にちょ~っと疲れたわねぇ。お姉さん軽く汗かいてきちゃったわん」
私はイザスタさんの邪魔にならないギリギリの所まで近づき、周囲の人に聞こえないように注意しながら話しかけた。
「イザスタさんもう止めましょうっ! 明もまだ帰ってこないし一度人形を停止させて」
「大丈夫大丈夫! アキラちゃんは少し遅れてるみたいだけど、アタシもまだもう二、三十分くらいは…………ってあらっ!?」
その時、一瞬人形の姿がブレ、明の姿から元のマネキンのような姿に戻りかける。しかしイザスタさんが槍を構えながらキッと強く視線を向けると、また明の姿に戻った。そんな状態でも人形の攻撃は止まることなく、イザスタさんも槍で上手く捌いていく。
「おっとっと。地味に戦いながら姿を誤魔化し続けるのって大変ねん。戦うだけならまだまだいけるけど、気を抜くと魔法の方が解けちゃいそう」
今のは注意して見ないと気がつかない程度だったけど、次もこんなことがあったらいよいよ気付かれてしまう。やっぱりもう限界だ。改めてイザスタさんに中止を進めようとした時、
「どうしたものかしらねぇ……そうだわ! ねえユイちゃん。悪いんだけど手伝ってくれない?」
「えっ!?」
私が言うより先に、戦いながらイザスタさんはそんな提案をしてきた。
「昼間に言ってた……よっと。危ないわねぇ。大人しくしてなさいっ」
そこで斬りこんできた人形をいなし、カウンターで胴に強烈な薙ぎ払いを仕掛けるイザスタさん。これを人形はなんとかガードするも、少し吹き飛ばされてそのまま軽く距離をとる。イザスタさんも槍を構え直すと、油断せずにそのまま話を続けた。
「昼間にユイちゃんとアキラちゃんが言っていたやり方、月光幕でアキラちゃんの姿を貼り付けるやり方だけど、今それをやってほしいの」
「わ、私がですか?」
「そう。さっきみたいにうっかり魔法が解けるかもしれないし、ここで一つユイちゃんにお任せしたらアタシも戦いに一層集中できるかなぁって」
イザスタさんはそう気楽に言う。だけど、
「ダ、ダメですよ!? 私じゃ他の人みたいに上手く出来ないし、貼り付けるのに失敗したら逆に不自然になってばれてしまうかも。だから……」
全然成功するイメージなんて浮かばない。ただでさえ止まっている相手じゃないと使ったことが無いのに、今の相手は動き回っている相手だ。それについていけるような身体能力なんてない。やはり私には出来ません。そう断ろうとしたのに。
「大丈夫よ! だって……ほら! ユイちゃんはアタシの課題がちゃんと出来てるじゃない!」
そう言ってイザスタさんは私の出している月光球を指差す。勿論人形への警戒も怠っていない。
「戦いながら見てたけど、課題を守って一度も消さなかったわよねん。ちゃんと魔力のコントロールが出来ている証。それだけのことが出来れば月光幕だって十分維持出来るわ」
「……私に、出来るでしょうか?」
「出来ると信じてるからお願いするの。アタシも……アキラちゃんもね」
昼間、自分のことを役立たずだと言った私に、明は役立たずなんかじゃないと言ってくれた。イザスタさんもこんな土壇場で出来ると言ってくれている。私は……。
「…………やります。私。明が来るまでどのくらいかかるか分からないけど、もしかしたら十分かそこらで魔法が消えちゃうかもしれないけど……やってみます」
「そう。……ありがとね。ユイちゃん」
私が誰かより何か出来るなんて今でも思っていない。それでも、私を信じてくれる人が二人もいる。なら……せめてその気持ちに応えたい。そうして私は一歩踏み出した。
「それじゃあカウント三でこちらの魔法を解くからね。三、二……」
「あわわっ!? 急過ぎますよイザスタさん!? まだ心の準備が!」
……やっぱり踏み出すのはまだ早かったかもしれない。
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