閑話 ある『勇者』の王都暮らし その五


 イザスタさんが入って来たのを見て、明は素早く警戒するような構えを取る。


「ちょっと何やってるの明っ!? イザスタさんに失礼でしょ!?」

「良いのよ良いのよ! 今の話の流れ的にあんまり他の人に聞かれるのは良くないもんね。あっ! このクッキー貰うわよ」


 そんな態度をとられているというのに、イザスタさんはまるで気にしていないようにフフッと笑いながら自然に予備の椅子に座ってクッキーを摘まむ。その様子を見て、明も落ち着いたのか構えを解く。


「すみません。ちょっと神経が過敏になってました。……その、どの辺りから聞いてましたか?」

「う~ん……アキラちゃんが『今でも優衣さんは元の世界に帰りたいと思っている?』って言った辺りかしら。べ~つに聞き耳を立てるつもりは無かったんだけど、扉をノックしようとしたらそんな会話が聞こえちゃってね。何やら深刻そうな話をしているし、入る機会を窺っていたの」


 わりと最初の方だった。明も気のせいか顔色が悪い。……それも当然かも。さっきまでの明の口ぶりからすれば、ここの人をあんまり信じていないって言っているようなものだもの。明はおそるおそるイザスタさんに訊ねる。


「ボクが今言ったことを誰かに報告しますか?」

「えっ!? 別にしないけど?」


 イザスタさんはそんな風に軽い調子で言う。この返しには明も僅かに唖然とした顔をした。


「だってこっちの方が面白そうじゃない! こっそり訓練を抜け出してお城の中を調べるなんてスリリングだし……まあ訓練を抜け出すっていう点はちょっとどうかな~とは思うけどね」

「そう言えば、今日の訓練はイザスタさんが主体で行うものだったわ。明よくそんな時を狙って抜け出そうなんて考えたね」

「…………忘れてた」


 忘れてたのっ!? 意外に明もうっかりしてる。そんな気持ちを込めて視線を投げかけると、明は少し顔を赤くして気まずそうに目を逸らした。……ちょっと可愛い。


「さてと。話を戻しましょうか! さっき聞いた話をまとめると、訓練の間にユイちゃんの月光幕でアキラちゃんの姿を何かに貼り付けて、それと入れ替わる形でアキラちゃんが場内を探索。気になる部屋を調べたら月光幕の効果が切れるまでに戻ってまた入れ替わると。……中々難しそうねぇ」


 改めて聞いてみるととんでもない話だ。そもそも昼間だって巡回している兵士さんがいるし、私が明に手を貸す以前にいったいどうやって場内を調べるつもりなのだろうか?


「当然城内で見つかったらそこまで。一回抜け出したってことで監視の一つや二つくらい付いちゃうかもねん。ちなみにアキラちゃんは隠密行動に向いたスキルか加護が有ったりするの?」

「……一応は。本職にはまるで及ばない程度ですが」

「あら意外! だけどそれならまあ少しはなんとかなりそうね」


 イザスタさんが驚いているけど私も同じだ。明ったら強いだけでなくそんなことも出来たらしい。


「となると問題は入れ替わる時ね。ここでアキラちゃんはユイちゃんに月光幕を使ってもらうつもりだったけど……」

「……ごめんなさい。私には無理だからって断っていたんです」


 イザスタさんがチラリと視線をこちらに向けてきたので、私は申し訳ない気持ちで一杯になりながらも頭を下げる。


「……分かったよ。これ以上無理強いする訳にはいかないからね。……だけど困ったな。ボク自身の光魔法では離れたら数分くらい保たないし、それだけの時間じゃ流石に部屋を調べるのは無理だ」

「なんなら、手伝ってあげましょうか?」


 今回は諦めるしかないか。そう言いながら肩を落とす明に、イザスタさんが思わぬ提案をする。


「手伝ってくれるんですか?」

「まあね! 水属性にも多少はそういった魔法があるし、アキラちゃんが大まかに形作ったのをアタシが補強すれば暫くはいけるんじゃないかしらん」

「あ、ありがとうございますイザスタさんっ!! 良かったね明。イザスタさんが手伝ってくれるなら心強いよ」

「そうだね。だけどタダって訳じゃないんですよね?」

「アタシ的には面白そうだからお代は要らない……と言いたいところだけど、どうもアナタ達が納得しない感じね。……それじゃあ一つ貸しってことで! 何か思いついたら言うわねん」


 そうしてあれよあれよと言う間に話は進み、私達は午後からの訓練の際にどう動くかを話し合った。


 まず訓練中、頃合いを見計らって明が魔法でなるべく大きな砂煙を起こす。魔法の練習という理由を付ければそこはおそらく問題ない。その砂煙に紛れながら、明はサラさんの用意した人形と入れ替わる。朝にサラさんが居なかったのはこの人形の手配があったかららしい。


 ただサラさんは計画については聞かされていないらしく、人形については訓練に使用するためだと言ってあるらしい。話すと止められる可能性が高いからって言うけれど、確かに私もサラさんと同じ立場だったら止めに入ると思う。それだけのことなのだ。


 人形には明とイザスタさんで明の姿に見えるよう魔法をかける。それだけでは長くは続かないので、残るイザスタさんが訓練中に時折かけ直すことで時間を伸ばす予定だ。


「だけどただの人形じゃあ動かないからすぐばれちゃうかもよん? アタシは見逃すから良いとしても、他の人達はどう誤魔化すつもり?」

「その点はおそらく大丈夫です。用意した人形は半自立行動可能の特別製ゴーレム。持ち主ボクが近くに居なくてもあらかじめ簡単な命令をしておけば動けます」

「えっ!? ゴーレムって使い手が近くに居ないとダメなんじゃないんですか?」


 少なくとも授業ではそう教わった。作った直後から常に使い手の魔力をある程度流し続ける必要があって、それが途切れると動かなくなり、時間経過で消えてしまう。高城さんのような特別な加護があればしばらくは動かせるらしいけど、流石の明もそんな物を持っているとは聞いたことがない。


「魔力で一から作ったゴーレムはそうなんだけど、今回用意したのは材料を手作業で組み上げて魔石を動力としたゴーレム。だから魔石にある程度の魔力を補充すればしばらく行動可能らしいよ優衣さん。まだ直接見たわけじゃないから又聞きの知識だけど」

「……ちょっと待ってアキラちゃん。よく動力式のゴーレムを手に入れられたわねん。あれは一体作るのに結構手間暇かかるから、手に入れるのは大変よ」

「以前自力で動けるゴーレムは作れないかと自分で試してみたんですがダメで、サラに相談したらディランという人を紹介されたんです。その人なら用立ててくれるかもしれないって。それで会ってみたら数日あれば調達できると……かなりの大金を請求されましたけどね」

「それで今日の朝サラちゃんが取りに行ったわけね。まあディランちゃんに頼んだなら品質は安心して良いわよ。彼がそう言ったならまず間違いなく用意してくれるでしょうからね。……『勇者』相手でも大金をふっかけるのがディランちゃんらしいと言えばらしいけど」


 イザスタさんは何か納得したかのようにうんうんと頷いている。ディランという人は以前イザスタさんを『勇者』の護衛にと推薦してくれた人で、それなりにこの王城でも影響力を持った人だという。


「話を戻すよ。ひとまずそのゴーレムなら動けないってことはない。適当に戦う事を命令しておくとして、ただ魔法は使えないからどうにか誤魔化してほしい」

「その点はアタシが相手をすれば少しは誤魔化せそうねん。しばらく魔法無しの訓練ってことにすればいいし、多少の動きの違和感くらいなら合わせることも出来るから」

「助かります」


 そしておよそ三十分の間時間を稼ぎ、戻ってきた明の合図に合わせて今度はイザスタさんが目くらましで大きめの魔法を放つ。それに乗じて明が人形と再び入れ替わるという流れだ。人形はそのタイミングで目立たない場所に移動させ、あとは訓練終了時に人目が無くなってから回収すれば良い。


「多少ぶっつけ本番な所があるけど、大まかな流れはこんな所ね。ユイちゃんも流れは掴めた?」

「はい。大丈夫です」


 と言っても私のやることは特にない。強いて言うなら人形が話が出来ない点を他の人から誤魔化すことくらいだ。それ以外はほとんど普段の訓練とやることは同じ。魔法の練習をしたり他の人の動きを参考にしたりだ。


 私が月光幕を貼り付けることを断ったから、二人して気を遣って私でも出来そうなことを割り振ってくれたのだろう。


「あの、二人共。私はあまり力になれないですけど、それでも出来る限り頑張りますから」

「そう! その意気よユイちゃん。がんばってね!」

「うん。頼んだよ。……ボクも出来る限り調べてみるから」





 大まかに話が終わると、タイミングよく用事を頼んでいたメイドさん達が帰ってきた。もしやこの人達にも話を聞かれてたんじゃと思ったけど、こっちはどうやら本当にちょうど今来たらしいとイザスタさんも明も言う。


 そこで軽くお茶会をした後いったん解散。昼過ぎにある訓練までの間、私はドキドキしながら授業を受けた。おかげで内容があまり頭に入らなくて困ったこともあったけど、気がつけば昼食もいつの間にか終わっていた。緊張していて食事の味もよく分からなかったのはちょっともったいない。


 そして、遂に訓練直前。訓練場に向かう私の所に明がやってきた。最後の確認をしながら並んで歩く。


「人形の動作確認は出来たよ。少しぎこちなさは残るけど、フォローがあればなんとか誤魔化せる範囲だと思う。先に運び込んでおいたからいつでも入れ替われるよ。黒山さんと高城さんにも簡単に説明しておいた。あくまで人形と入れ替わって抜け出すとだけだけどね。少しやることがあるからと言ったら二人とも分かってくれたよ。黒山さんには加護で微妙にバレてるかもしれないけど」

「明。二人に全部話して協力を頼まなくて良いの?」

「今回のことはなるべく伏せておきたいからね。話すにしても今回のことでもう少し情報を得られてからだ。……ごめん。色々手伝ってもらうことになって」


 歩きながら頭を下げる明に、私は手を横に振りながら頭を上げてと言う。


「そんな。こっちこそごめんなさい。私が手伝えることなんてこんなことくらいで。明にばかり難しい役目を押し付けちゃう形になったし……だから、手伝えることは出来るだけ頑張るからね」


 元の世界に戻るための行動。それを明に押し付けるようになっているのはまず間違いない。本来なら私達全員がやらなければならないことなのに。この世界で生きるというスタンスだった明にこんなことをさせて…………えっ!?


 その時ふと私の脳裏に疑問がよぎった。そう言えば明は確か私達と違って、最初からというスタンスだったはず。それならば戻る時に必要になる“天命の石”なんて意味ないはずなのにどうして?


 そんな疑問が浮かぶ中、私達はいよいよ訓練場に到着する。黒山さんや高城さん、イザスタさん達が先に着いて準備運動をしていた。


「さあ。ボク達もまず準備運動でもしようか?」

「そ、そうだね」


 私は頭に浮かんだ疑問をひとまず振り払い、訓練場に足を踏み入れた。今はまず出来ることをやらなくちゃ。

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