閑話 ある『勇者』の王都暮らし その七
結局、明が戻ってきたのはさらに二十分経った後のことだった。その間何度諦めそうになったか分からない。それでもなんとか続けることが出来たのは、ちょっとだけ誇らしいことだ。
「……イザスタさんっ!!」
「了解よん!」
決められていた合図とともに、戦い続けていたイザスタさんが水属性魔法で濃霧を作り、僅かな時間ではあるが周りの視線を遮る。その霧に紛れて明が訓練場に走り込んできた。
それと同時に私も人形に掛けていた月光幕を解除する。人形は元のマネキンのような姿に戻ったけど、構わずイザスタさんに攻撃し続けている。
「遅いよ明! 何があったの?」
「ごめん。話は後でするよ。……イザスタさん。お待たせしました」
「お帰りアキラちゃん! それじゃこの人形を止めてちょうだいな。アタシが止めるとそのまま動かなくなるかもしれないから」
明ははいと頷いて人形に停止命令を出すと、人形は剣を手放して動きを止める。まだ霧が残っている間に、明は今度は人形に命じて訓練場の出口に移動させた。よく見れば出口にはサラさんがいて、そのまま人形の手を取ってどこかへ歩き出す。
「サラには訓練で使うと言っておいた。このままボクの部屋まで回収してもらうから大丈夫だよ。そして……“
そして、明は風属性の魔法を使ってイザスタさんの出した霧を吹き飛ばす。周りが雨上がりのような爽やかな感じになった気がする。
……よく見たら離れた所で連携の練習をしていた黒山さん達がこちらをジト目で見ている。今の霧で黒山さんの出した火が弱くなってしまったみたいだ。邪魔してしまったから後で謝っておかなきゃ。
「よし。これで大丈夫かな。ずっと霧が出っぱなしじゃ訝しまれるからね」
「あ~ららさっぱりしたわね! ……それで? 折角皆見ていることだし、このまま訓練の続きをする? アタシはまだちょびっと位なら余力があるわよん」
「だ、ダメだよ明。イザスタさんは今の今まで休まず戦い続けていたからお疲れなんだよ!」
ただでさえ私や黒山さん、高城さんにアドバイスしながら戦って、その上予定より長い間休むこともなかった。気楽に言っているし構えもしっかりしているけど、流石にこれ以上はイザスタさんでも辛いと思う。
「……そうだね。ボクも色々あって疲れたから、今は遠慮しておきたいな」
「そう? それじゃあ今回は訓練はここまでにしておきましょうか! テツヤちゃん達にも伝えてくるわねん。それと……ユイちゃん」
「何ですか?」
「よく頑張ったわね。ユイちゃんはもっと自分に自信を持っても良いと思うわよ。あれだけのことが出来るんですもの」
イザスタさんは軽く私の肩に手をポンっと置くと、そう言い残して黒山さん達の方に走っていった。あれだけ戦ったのにまだ動けるなんて本当に凄い。だけど、今回私も少しは誰かの役に立てたのかな? そう思うとちょっとだけ嬉しい。
「優衣さん。夕食を食べたら部屋で待っていてくれないかな? 抜け出している間何があったのか……そこで話すよ」
少し休んで次の講義に向かう途中、明がぼそりとすれ違い様に呟く。普通に言っても良いと思うのだけど、まだ警戒しているみたいだ。またメイドさん達に言う適当な用事を考えなきゃ。
こうして訓練中に身代わりを立てて脱出するという明の作戦は無事終了したのだった。
その日の夜。食休みがてら部屋で本を読んでいた私の部屋に、明が宣言通り訪ねてきた。……黒山さんと高城さん、イザスタさんと一緒に。
「よお! 明に話があるから一緒に来てほしいって言われたんだが……まさか月村ちゃんの部屋でとはね。何か密談でもすんのか?」
「はい。出来ればあまり他の人には聞かれたくないことなので。ひとまず中に入りましょう」
「立ち話っていうのもなんだしねん。それじゃユイちゃん。ちょ~っとお邪魔するわよ」
「ふんっ。何でも良いがこちらも忙しいんだ。さっさと済ませるぞ」
そうしてぞろぞろと皆入ってくる……一応私の部屋なんだけどな。来るのは分かっていたから拒みはしないけど。ただ予想より多いので、急遽マリーちゃんを始めとしたメイドさん達に手伝ってもらって椅子などを追加で用意する。
「悪いね。あとすまないけど、これから大切な話があるんだ。出来れば席を外してもらえないかな?」
適当な用事を言って出てもらおうとしていたのに、明は直接そんなことを言ってメイドさん達を追い出してしまう。せっかくいくつか考えていたのに。……まあ良いけどね。
全員席に着いたのを見計らい、明が立ち上がって口火を切る。
「皆さん。まずは呼びかけに集まってくれてありがとうございます。今回集まってもらったのは他でもありません」
「固くなってるわよアキラちゃん。そんなかしこまらなくてもっと普通に言っても良いんじゃない?」
「そうですか? でも高城さんが怒りそうだし一応敬語でいきます。……集まってもらったのは、『勇者』としてのこれからの方針についてです」
明の言葉に、席に着いていた面々は少しだけ顔を引き締める。やはり私以外の皆は言われなくてもそのことについて考えていたのだろう。これまで流されるだけだった自分が恥ずかしい。それと、イザスタさんだけは何のことだろうって顔をしていた。
「ところで……何でイザスタ姉さんもここに? いや、居ちゃダメってことはないんだが……な」
黒山さんがチラチラとイザスタさんを見ている。確かに『勇者』としての集まりならイザスタさんは対象外だ。だけどその疑問に明は軽く首を横に振って答える。
「イザスタさんにも色々手伝ってもらったから。今日のこともあるし一緒に聞いてもらおうと思って」
「今日の? ……なるほど。訓練場での一件か。今日はやけに広範囲の技が多くてこちらにも被害が来ると思ったが、イザスタも一枚噛んでいたのか」
「その件はすみませんでした。ボクが抜け出す時と戻る時に色々と。だけど、そうしただけの甲斐はありましたよ」
高城さんの微妙に苛立ちの混じった言葉に明は静かに頭を下げる。だけどその後、顔を上げて言葉を続ける明の様子はどこかさっきまでと違って見えた。
「まず前提として、ここにいる『勇者』の皆さんは
「ああ。勿論だぜ」
「…………そうだ」
「うん。私も帰りたいよ。この世界に来てからずっと」
私達は口々に帰りたいと口にする。僅かに高城さんが言葉に詰まったように思えたけど、それよりも明の言葉が気になった。自分を除いてって、やはり明は戻るつもりがないみたいだ。
「分かりました。じゃあ話を続けますね。この世界に着いてすぐ、ボク達は王様から“天命の石”について話を聞いたはずです。それさえあれば元の世界に戻ってから訪れる死を誤魔化すことが出来ると」
そこから先は以前明が私に聞いてきたこととほぼ同じだった。“天命の石”について調査報告はなかったか? ないとすれば何故そんなことになっているのかといったことだ。
高城さんも黒山さんも、その辺りについては薄々と不思議に思っていたらしい。しかし元々こちらもやることが多かった点と、無理に聞き出して城側との関係を悪化させることもないと考えて後回しにしていたという。
「今回ボクは訓練を抜け出して、あらかじめ目星をつけておいた城内の部屋のいくつかを調べていました。もし城側が“天命の石”の調査状況について隠しているのなら、隠している分の情報だけでも知っておく必要があると思ったからです。……正直空振りに終わってくれたらそれはそれで良かったんですけどね。ただ調査報告が遅れてるってだけで済むから」
「その言い方だと、何かしら本当に隠しているものが見つかっちゃったのかしらん?」
「…………はい。見つけた調査報告書によると、“天命の石”は確かに有ってそれが魔族の国デムニス国にあることも確認されました。城側でも何とか手に入れようと動いていることも事実です。……だけど」
そして少し間を置くと、明は私達にとって衝撃の事実を語りだした。
「…………だけど、“天命の石”は一つだけ。しかも一度使ったら無くなってしまう
私は目の前が真っ暗になった気がした。
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