閑話 ある『勇者』の王都暮らし その四


「ちょちょちょっと待って!? 色々理解が追いつかないんだけどっ! そもそも何でまた抜け出そうなんて?」

「……そうだね。まずはそこから説明しようか」


 いきなりそんなことを言いだした明は、落ち着いた様子でテーブルの上に置かれた紅茶を飲む。茶菓子には紅茶が付き物という理由で用意されたものだけど、さっきと違ってこちらには特に警戒はしないみたい。


「優衣さんは憶えているかな? 最初にボク達がここに来た時の事を」

「…………忘れられないよ」


 あの日から、私の世界は変わってしまった。この場合は文字通りの意味で世界が変わったのだからしょうがないのかもしれないけど。


「急にこんな所に連れてこられて、『勇者』だなんだって言われて、あの日のことを思い出さない日なんてない」

「……そうだね。ボクもだ。その点はおそらくここに来た全員が思っていることだと思う。黒山さんも高城さんも例外なくね。じゃあ次の質問。……今でも優衣さんは元の世界に帰りたいと思っている?」

「思っているに決まっているじゃない!」


 当然のことだ。何故今更明はそのようなことを。


「うん。それじゃあ続けて訊くけど、 もしくは?」

「えっ!? …………それは……」

「……その反応だとどちらもないみたいだね」


 そう言って明は軽くため息をついた。


 恥ずかしい。こうして指摘されるまで、自分が流されるばかりで自分から帰るための行動をほとんどしていないことに気がついてしまったからだ。


 今やっている訓練だって、最低限身を守る為に必要だからとやっていることにすぎない。自分の意思で決めたことはほとんどないんだ。


「……ごめんなさい」

「仕方ないよ。こんな状況じゃあね。……話を戻そうか。もうこの世界に来てから一月近く経つけど、城側からは“天命の石”の調査状況は全くと言っていいほど報告されていない。そこが問題なんだ」


 私達が元の世界に戻るだけなら可能だと、以前にここの王様は証言している。しかし今のまま戻っては、戻った時点でそれぞれ何らかの理由で死んでしまう可能性が高い。


 ここに『勇者』として呼ばれる理由の一つにというものがあるためだ。私の場合はここに来る直前に頭をひどくぶつけていることから心当たりがある。


 その戻った際の死を誤魔化すことが出来るという“天命の石”だけど、どうやら最後に確認されたのが魔族の国デムニス国らしい。王様はその石の所在についても調査してくれるという話だったけど。


「でもそれは調査が単純に進んでいないからじゃない? ただでさえ魔族の国って言うくらいだから仲が悪いだろうし、襲撃があって移動用のゲートも壊されたから思うように移動できないとか」

「……それだけなら良いんだけどね。問題なのは、こちらに報告が一切されていないということなんだ。いくら調査が難航しているからって報告しないっていうのは変だよね」


 言われてみればその通りだ。この場合調査報告っていうのは、内容があまり進んでいなくても報告するものだから。


「ボクもサラにそれとなく聞いてみたけど、サラも詳しいことは聞かされていないみたいだった。黒山さんや高城さんにも訊ねてみたけど結果は同じ。ここまで来ると可能性は二つだ。……何か知らせるとマズイことが分かってこちらに情報を与えないようにしているか、そもそも最初から調べるつもりが無いか」

「調べるつもりが無いって……まさかそんなっ!?」

「あくまで思いついた二つの可能性の内の一つ……だけどね。ボクとしても何かの間違いで報告が届いていないだけって思いたいよ。しかし向こうとしては好都合な展開であることも事実なんだ。“天命の石”が在る以上、調査すると言っている向こうに主導権があるわけだからね」


 信じたくない。全て何かの間違いだって叫びたい。だけど明の言葉を聞けば聞くほどこの国への不信感が募っていく。


「仮に知らせるとマズいことが分かった場合、何か適当なことを報告しようにも、黒山さんの“心音”の加護は話す相手の悪意や害意を感じ取ってしまう。騙そうとした瞬間にバレるから嘘なんて吐けないよね。そうなったらもう不都合なことを隠すには一つだけ。沈黙しかない」

「じゃあ明は、この国が国ぐるみで私達を騙そうとしているって言うの?」


 私の脳裏にこの国で会った人達が浮かぶ。確かに『勇者』の付き人として選ばれた人達、エリックさんやサラさん達が『勇者』のことについて色々と話していたのは以前聞いてしまった。だから必ずしも信用できるわけじゃないっていうのは分かる。


 だけど、イザスタさんやマリーちゃんみたいな人もいる。そういう人達まで疑うのは何か違う気がする。


「……分からない。今まで言ったことが単にボクの壮大な勘違いっていうこともあり得る。そうあってほしいという信じる気持ちもあるからね。だから……そう信じる確証を得るために城の中を調べたいんだ。その為に、優衣さんの力を貸してほしい」


 そう言って、急に明は椅子から立ち上がると私に向かって丁寧に頭を下げた。


「えっ!? 頭を上げてよっ!? そんなかしこまらなくても。そもそも私に何が出来るって言うの?」

「今日の訓練の時、優衣さんの月属性魔法“月光幕ムーンライトカーテン”でボクの身代わりを仕立ててほしい。月光幕なら短時間ならボクの姿を貼り付けることが出来るはずだ」

「身代わりって……無理よっ! 私の力じゃそんなに長くは保っていられない。そもそもなんで訓練の時間にわざわざ?」

「これまで城の探検と言ってあちこち調べていたけど、情報がありそうな部屋をいくつか目星はつけていたんだ。だけど普通に行っても見張りが居て通してはもらえなかった。そもそも『勇者』は人目につくから一人で行動するのは難しいんだ」


 それは私も分かる。少し前にもサラさんが愚痴っていたからね。明はよく自分を撒いて一人で行動したがる。それこそあの手この手を使って逃げ出すから付き人も大変だって。どちらも苦労しているみたいだ。


「他にも一度夜中にこっそり調べようとしたけど、夜中は特殊な魔法がそれぞれの部屋にかけられていて部屋を入退出した時点で気付かれる。だから昼間の内に、なおかつ『勇者』の位置がはっきりしていて警戒が薄れる訓練の時間に抜け出そうと思ったんだ。普段なら急に優衣さんが魔法を使ったら驚かれるけど、訓練中なら不自然じゃないからね」

「理由は分かったけど……ダメだよ。私の力じゃ精々三十分くらいが限界だし、姿を誤魔化せるだけで声や能力までは真似できないもの。うっかり話しかけられたら言い訳も出来ないよ。それに貼り付ける何かだって必要になるんだもの」

「三十分もあれば充分。ざっと調べて何とか戻ってこれるよ。それにボクも何か理由を付けて話しかけられないような状況に持っていく。あと貼り付ける何かはこちらで用意するから問題ないよ」


 私の提示する問題点を、明は一つずつ問題ないとばかりに返していく。その姿は頼もしいの一言だ。だけど、


「…………やっぱり無理。そんな急に言われたって出来ないよ。それに何かあって途中で魔法が解けるかもしれない。明だって知っているでしょう? 私が『勇者』の中では間違いなく一番の役立たずだって。月属性だって全然扱えないし、さっきイザスタさんはゆっくり自分の出来ることを見つければいいって言ってくれたけど、それだって……分からないの」

「優衣さん……」


 私は絞り出すようにそう口にして俯く。皆が『勇者』だって言ってくれるけど、自分はただの女子高生なんだとこれまで何度も何度も痛感している。


 だけど目の前の明は違う。こんな状況になっても何処か落ち着いていて、今だって私と違ってしっかりと考えて行動に移そうとしている。力もあるし、『勇者』と呼ばれるのにふさわしいのはこういう人なのだろうと間違いなく思える。私なんかが助けになれるとはとても思えない。


「…………ボクは役立たずだなんて思わないよ」


 明はどこか悲しそうな声でそう告げる。手伝えなくてごめんね。だけどこんな私じゃやはり力にはなれないと思う。誰か代わりの人を探すのぐらいなら手伝えるかもしれないけど。


「……ありがとうね。でも……やっぱり私は」

「話は聞かせてもらったわ!」


 はっきりと断ろうとした時、その言葉を遮るように聞き覚えのある声がして扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、


「は~い! なにやら面白そうな話をしているわねぇ。アタシも混ぜてもらっちゃダメかしらん?」


 先ほど何か準備があるとかで、朝食が終わってすぐに別れたはずのイザスタさんだった。何でまたこんな所にっ!?

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