閑話 ある『勇者』の王都暮らし その三
朝食はとても和やかに進んだ。あまり食事中に話すのはマナーが良くないかもしれないけど、私は家でも時々そうしていたし、黒山さんもどうやらそうみたい。主に黒山さんが話をし、それに高城さんが付きあわされて、私が時折相槌を打つという感じだ。
明は意外なことに自分からはあまり話しかけない。だけど話を聞いていないという訳でもないようで、黒山さんが冗談なんかを言うとアハハと自分も笑っていたりする。食事中はあまり話さないとかそういう育ちなのかもしれない。
高城さんも自分からは話さないのだけど、イザスタさんがちょくちょく会話に混ざってくるので会話は全然途切れない。今もまた、黒山さんが以前やった失敗談を語ってそれに皆で笑いを返している所だった。
「そうなの? テツヤちゃんったらまったくもう。……そう言えば、アナタ達も大分実力がついてきたみたいねぇ」
「おうよっ! この前のイザスタ姉さんのアドバイスを参考に風属性の魔法を取り入れてみたら結構調子が良くてよ。火属性はまだ本番で使える感じじゃねぇけど、前より確実に動きにキレが出てきているのは間違いないぜ」
「ふんっ! 君の言う通り、出だしを意識することで確かに流れがスムーズになった。そこは礼を言っておこう。……しかし、あの程度言われなくとも自分で気づけたことだ。あまり調子に乗らないことだな」
イザスタさんが確かめるように聞くと、二人はそれぞれそんな反応をする。どうも以前の模擬戦から、イザスタさんに対する二人の態度は少し変わったように思う。
黒山さんは時々自分からアドバイスを聞く所が見られるし、高城さんはどこか……何と言えばいいのだろうか? カッコつけるというか気取っているというか、そういう態度をイザスタさんの前でとるようになってきた。それだけ二人から頼りにされているという事かもしれない。
ただ……実力か。私は自分の手をじっと見つめる。最低限の自衛手段を得るという事で訓練は続けているけれど、相変わらず私は弱いままだ。訓練で模擬戦をしても、役に立たずに終わることもしばしば。『勇者』なんて呼ばれるには程遠い。……やっぱり戦いには向いていないのだろう。
「あら!? ユイちゃんったらま~た落ち込んじゃって」
私が考え込んだのを目ざとく察知して、イザスタさんが明るい感じで声をかけてくる。
「直接戦うだけが能じゃないのよん。それに月属性は謎が多い属性だから、簡単に使いこなせなくても仕方ないわ。ユイちゃんはゆっくり自分の出来ることを見つけて行けば良いの。大丈夫。戦いが嫌だっていうのならそれ以外のやり方を探せばいいのよん」
「……本当ですか?」
「ホントホント。アタシを信じなさい!」
そう言うとイザスタさんは軽くウインクする。そう言ってもらえると少し気分が落ち着く。こうやって人を気遣えるイザスタさんは大人だなぁと良く思う。だけど時折子供みたいな態度をとることもあって、どっちが彼女の素なのか分からなくなる。
「アキラちゃんは……特に問題ないわね」
「ありがとうございます。……ですが何も言われないとそれはそれで寂しいような気も」
実際ただでさえ強かった明は、最近ますます強くなっている。あまりこういったことはよく分からない私だけど、その私でさえ分かるくらいに強くなっていると言えば良いのだろうか?
イザスタさん曰く、多少戦い方が粗削りな所があるけれど、才能だけで言ったら相当良い線いってるらしい。「場合によってはうちにスカウトしようかしら」なんて言ってたけど何のことだろうか?
「ふむふむ。これならそろそろ良いかもしれないわねん」
「そろそろって……何がですか?」
「フフッ。秘密! またその内話すとしましょうか」
呟くように言ったその言葉が気になって訊き返すが、イザスタさんは笑ってごまかした。なんだかんだイザスタさんは秘密主義で話してくれないことが多い。自分が何者なのかとか。どうしてそんなに強いのかとかだ。いつかそういったことも話してくれるのかな?
そうして朝食は終始和やかなまま終了し、それぞれ一度自室に戻ることに。イザスタさんもちょっと準備があるって言って別行動だ。授業にはまだ時間があるし、それまでは書庫から無理言って借りてきた本の続きでも読もうか。そんなことを考えていた時、
「やあ。ちょっと良いかな?」
これまで食事の席ではほとんど話さなかった明が突然声をかけてきた。
何やら話があるという明を連れ、私達は自分の部屋に戻った。部屋に入るなり、同行していたメイドさん達が素早く部屋を整え来客を迎える準備をする。あれよあれよと言う間にテーブルは整えられ、椅子が並べられ、簡単な茶菓子が用意される。……今朝食を食べたばかりなんですけど。
とは言え、一仕事終えてビシッと整列しているメイドさん達に文句を言う訳にもいかず、曖昧に笑ってしまう私。うぅっ! 我ながらなんでこうハッキリとものを言えないんだろう。
「あ、ありがとうございます。明もとりあえず座ったら? 何か話があるんでしょう?」
「そうだね。それじゃあお言葉に甘えて、失礼するよ」
私が椅子に座ると、明も私の隣に来て椅子に座る。……なんか距離が近くない? こういうのって普通対面とかじゃないかなっ!?
「さて、話なんだけど」
明はそこで一瞬言葉を切って視線を逸らす。逸らした先には先ほどのメイドさん達。これはつまり……。
「ああ。…………忘れてたっ! これから本を返しに行くんだった。どうしよう困ったなぁ。急いで返しに行かないと怒られそうだけど、これから明とも話さないといけないしなぁ」
チラッ。チラッ。言いながら視線を何度もメイドさん達の方に向ける。ちょっと棒読みになったけど、ちゃんと伝わるかな?
「かしこまりました。では本は私共の方でこれから返却してまいります。少々お時間を頂きますので、その間『勇者』様方は
なんとか伝わったようだった。メイドさん達は各自一礼しながらゆっくりと部屋を出ていく。……扉を閉める際にメイドさんの何人かがこうムフフって感じの顔をしていたが気のせいだよね。妙な勘違いされてないよねっ!?
「…………大丈夫。聞き耳を立てているって感じはなさそうだよ」
明が扉の前に立って外の様子を探る。そんなことしなくても大丈夫……と言いたいところだけど、さっきの様子を見るとホントに居そうで怖いから明に任せる。
そして明はそのまま椅子に座る……と思いきや、椅子やテーブルもざっと調べ始めた。別にそこまでしなくても。
「……うん。何か仕掛けられている様子はなしと。ごめんね優衣さん。どこから監視されているか分からないから」
「監視って……そんな大げさな」
「だと良いんだけどね。じゃ、改めまして失礼するよ」
そこまでしてやっと椅子に座る明。あれ? そう言えば、
「ねぇ明。サラさんはどうしたの? 考えてみればさっきの朝食から姿が見えなかったけど」
「朝食の席で言ったよね。やることがあって遅くなったって。サラにはそのことで用事を頼んでいるんだ」
「その用事って……明がここに来た理由とも関係あるの?」
うんと明は頷く。その顔は至って真面目だ。メイドさんを退出させたことから考えても、どうやら大切な話らしい。
そして明は姿勢を正すと、私に向かってとんでもないことを言いだした。
「優衣さん。頼みがあるんだけど……力を貸してくれない? ボクが逃げ出すために」
「逃げ出すって……まさか王都から!? ダメだよっ! ついこの前襲撃を受けたばかりじゃないっ! 今出たらまた襲われちゃうかもしれない」
私の脳裏に先日の王都襲撃の様子が浮かび上がる。暴れまわる凶魔。上がる血飛沫。そして私を狙ってきた黒フードの男達と、エリックさんに化けて襲ってきたベインという男。思い出すだけで身体が震えてくる。
私が今こうして無事でいるのは、運良くイザスタさんが助けに入ってくれたからだ。目の前の明なら強いから、一人でも切り抜けられるかもしれない。それでも王都を出ることでわざわざ向こうを挑発したら、それに合わせてまた襲ってくるかもしれない。
もう二度とあんなことは起こしてはいけない。マリーちゃんみたいな被害者をもう出してはいけないんだと私は思う。だから明がもし王都を出ようというのなら止めなくちゃ。
そんな私の様子を見て、明は少しだけ真面目な顔を崩す。
「王都から逃げだすわけじゃないよ。ここに居た方が安全だしね。……少なくとも今はまだ」
「そ、そう。良かった。じゃあ逃げ出すってどういう事?」
明の何処か含みのある言葉が気になったが、それはひとまず置いておいて話を続ける。
「実はね、今日の訓練の時間あたりにちょっと抜け出そうと思っているんだけど、その間優衣さんにボクの身代わりを頼みたいんだ」
なんだか話が大変なことになってきた気がする。
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