第154話 ちょっとした金持ちになりました

「さて。どうしたものか。私としては理由を聞かずにこのまま取引に移ってもらった方が助かるのだが……一度気付かれてしまったらそれは難しいか」

「ま。そうでしょうな。ジューネはこういう隠し事に食らいつくとそう簡単には離しませんから。ちなみに俺は、今回雇い主様の方につかせてもらいます。その意味はお分かりですね?」

「下手な嘘は吐くだけ無駄……ということか。つくづく敵に回すと恐ろしい男だよ」

「ただ嘘を見破るのが少し得意な用心棒ってだけですよ」


 アシュさんと軽くそんな会話をすると、都市長さんは机に肘を軽くついて困ったように口に手をやる。とは言え余裕を崩している訳でもなく、どうしたものかと思案しているようだった。


「ふむ。ならばトキヒサはどうだろうか?」

「えっ!? 俺?」

「そうだ。この交渉、あくまでもトキヒサの代理人としての立場でジューネ達は立っている。トキヒサが一言、何も聞かずにこのまま取引を進めると言ってくれるのならそれに越したことはないのだが……どうかな?」

「確かに……トキヒサさんがこのまま取引を進めると言うのであれば、私としては止める権利はありません。最終的な決定権はトキヒサさんにありますから」


 そう言って二人の視線がこちらに集中する。いや違うか。この部屋にいる全員の視線だな。だから俺は交渉は苦手だってのに。


 しかしこの状況をどうするか。ジューネの言葉通り、都市長さんはおそらく何かを隠している。調査のためとかも嘘ってことはないだろうけど、それ以外にきっと目的があることは確かだ。その目的のためにアルミニウムを大量に欲しがっている。


 アシュさんもジューネの側につくと言っているし、このまま問い詰めればもしかしたら話してくれるかもしれない。ただ、


「…………あの、都市長さん。アルミニウムを大量に欲しがる理由って、悪いことのためじゃないんですよね?」

「誰にとっての悪、誰にとっての善かはおいておくが、私がアルミニウムを大量に手に入れることによって直接被害者が出るというのはおそらくない。私は都市長として、このノービスのために行動していると断言しよう。自分自身のためでもあるのは否定しないがね」


 アシュさんの方をチラリと見ると「嘘は言っていない」と真面目な顔で呟く。そうか。それならば……良いかな。


「ジューネ。このまま取引を続行しよう」

「よろしいんですか? どうにもこれには大きな出来事の匂いがします。上手く流れを読み切れれば凄い儲け話に繋がると思いますけど?」

「ああ。この取引の結果怪我人とかが出るのなら止めるところだけど、そうじゃないみたいだしな。それに、ジューネだってこれ以上無理に聞き出して都市長さんとの関係を壊したくはないだろ?」

「まあそれはそうですが……分かりました。依頼人はトキヒサさんですからね。ご要望とあれば従いましょう」


 ジューネは一瞬未練のあるそぶりを見せたものの、軽く顔を振って未練を振り払う。ただ単純に金が欲しいだけならもっと深く切り込むことも考えたんだけどな。あんまり人が隠していることを暴きすぎるのも考え物だと思うんだ。


「という訳で都市長さん。取引はこのまま続行したいと思います」

「……すまないなトキヒサ。本来なら持ち主であるトキヒサには語るべきことなのだろうが、これからやろうとしていることはなるべく知っている者が少ない方が良いことだ。そのことを踏まえて、代金の方は多めにさせてもらおう」

「ありがとうございます!」


 こうして都市長さんとの取引は順調に進んでいった。何のために都市長さんがアルミニウムを欲しがった。それを聞いておくべきだったのかどうかは……この時はまだ分からなかった。





「………………はぁ~。ちょっと休んで良いよな? よし。休むぞ!」


 都市長さんとの取引を終えて、一度俺の部屋に全員で戻ると、俺は盛大に息を吐きだしてそのままベッドにダイブする。肉体的疲労はそれほどでもないけれど、それ以上に精神的疲労がドッと来たんだ。


 顔だけ動かして皆を見ると、それぞれ度合いは違うものの疲れはあったようで、思い思いの体勢で休んでいる。だが、その表情は疲れだけではなく僅かな興奮も見て取れた。


「なぁジューネ。これって夢じゃないよな?」

「現実ですとも。なんならほっぺでもつねりましょうか? ……アシュが」

「勘弁してくれ。アシュさんにつねられたら赤くなるだけで済まない気がする」

「……なら、私が試してあげましょうか?」

「どうせエプリのことだから、また俺の額に風弾を撃ち込んだりするんだろ? ごめんだね」

「じゃあ、私がつねられる?」

「何でそうなるの!? というよりセプトをつねると子供をいじめているみたいになるから却下な」


 そんなことを言いあっていると、これまでずっと服の中に隠れていたボジョが俺の頬を触手で軽くビンタする。痛い痛い。……だが、夢じゃなさそうだ。


「夢じゃないってことは、これも本物なんだよな」


 俺は都市長さんから受け取ったアルミニウムの代金を胸ポケットから取り出す。それは白く光る一枚の硬貨。一瞬銀貨と見間違えそうになるが、銀貨とはまた違う輝きだ。


 俺はその輝きを知っている。それはかつて一度、イザスタさんが牢獄から俺を出所させるためにディラン看守に支払った物。たった一枚で百万デンの価値を持つ硬貨。……白貨だった。


「はい。間違いなく白貨です。前に何度か白貨での取引は経験がありますから分かります。今回は久々に大口の取引でした」


 ジューネが椅子に座り込んで少し疲れた顔をしながらそう言った。今回の取引は、都市長さんに追加でアルミニウム十キログラムを渡すということで話がついたのだ。一円玉が一枚一グラムであると考えると単純に一万枚だ。軽さの割に結構かさばる。なので一度に渡さずに、何度かに分けて渡すという形を取った。


 まあこれには一度に出せる量を誤魔化すという狙いもあるのだが。ジューネが言うにはホイホイ言われた通りに出すのは交渉としては下策らしい。そこまで誤魔化さなくても良い気がするけどな。


 白貨。つまり百万デンというのはアルミニウム全体の金額だ。お代を先渡しされた形だな。ちなみにこれにはこの取引のことを周囲に漏らさないという口止め料と、都市長の目的を突っ込んで聞かなかった分も含まれている。


「ただ、禁止事項として都市長様以外にむやみやたらにアルミニウムを売らないという縛りがついたのは痛かったですね」

「市場の混乱とかいろいろ言われたら仕方ないさ。それにごく少量程度なら問題ないとも言われたし、あくまで商人ギルドなんかの大きな物流に乗せないようにってだけだよ」


 そこでふと大葉のことを思い出した。彼女ならアルミニウム製の道具を出すことも出来るだろうけど、市場が混乱するほど大量に出すとは思えない。せいぜいがジュースの空き缶とかそれくらいだと思う。まあ一応明日会ったら言っておくけどな。


「しかし百万デンかぁ。一気にちょっとした金持ちになってしまったな」

「トキヒサ。お金持ちなの?」


 セプトが前髪の隙間からジッとこちらを見ている。一瞬セプトが自分で自分を買い戻せると期待したのかと思ったが、その目からはどうにも読み取れなかった。そこに映ったのは期待や喜びというよりも、ただ流れのままにあるという諦観のようでもあった。


「そうですねぇ。暮らしぶりにもよりますが、これだけで数年は普通に暮らせる金額です。トキヒサさんの目的はイザスタさんとの合流でしたよね? これだけあれば問題ないのではないですか?」

「…………まあな。あとは早いとこ指輪を解呪してもらって、上手く売り払えれば目標額も見えてくる。諸々返す分の借金のこともあるから先は長そうだけどな」


 日本円にして一千万という大金を手に入れたわけだが、まだまだ金は入用だ。イザスタさんから借りた分や、セプトがある程度自立できるようになるまでの資金。エプリに支払う分や次の町に行くまでの交通費、滞在費なんかもいるし、そもそも課題の目標額である一千万デンにはまだまだ届かない。……そうだ!


「じゃあ金も入ったことだし、今の内に払える分は払っておくとするか。まずはジューネとアシュさんの分な」

「待ってました! 今回は苦労しましたからね。その分上乗せしてくれると嬉しいのですが」

「あんまり欲張りすぎないようにな。雇い主様よ」

「分かっていますとも」


 アシュさんに諫められるジューネを横目に、俺は一度白貨を貯金箱で換金すると代わりに金貨三枚を取り出してジューネに差し出す。それを見ると、ジューネは少し驚いたような顔をした。何か気になることでもあっただろうか? 贋金ってことはないはずだが。


「上乗せが欲しいとは言いましたが、ちょっとこれは出しすぎでは?」

「ジューネの口出しによって増えた利益の一割だろ? ジューネがいなかったら都市長さんが何か思惑があるってことは分からなかっただろうし、その分の口止め料とか純粋な値上げ交渉とかを考えると多分二十万デンくらいは上がってると思う。だからその分の一割で二万デン。それに上乗せ分で一万デンを加えて三万デン。何か間違ってるか?」

「上乗せしすぎですっ! 私としてはこう銀貨数枚くらいの上乗せを考えていたんですって! 大金を手にして金銭感覚がおかしくなったんですかまったく!」


 まああながち間違っていないかもしれない。一千万というのはそれだけの大金だ。少なくとも俺みたいな庶民にとってはな。さっきから心がふわふわしている気がする。“相棒”だったらこれくらい平気なんだけどな。


 しかし、しかしだ。これから課題で一億円を稼がなきゃならないのに、一千万でこんな調子でどうするのかって話だ。これから金を使わなきゃならない可能性もあるし、大金を払うことに慣れておく必要がある。という訳でジューネに払う分を奮発したのだが、こんな時に限って謙遜するんじゃないよ。


 結局ジューネに払う分は二万デン。そして上乗せ分として、アシュさんに五千デン払うという事で話がついた。アシュさんがいたからこそ都市長さんも下手に嘘が吐けなかったという話だし、それくらいの活躍はしているはずだ。そういう流れにするとジューネも素直に受け取った。


 さてと、次はエプリの分だけど……。


「………………」


 何故か僅かに怒ったような顔でこちらを見ている。俺なんかしたかな?

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