第155話 塵は積もって……
「さ、さてと。じゃあ次はエプリに今まで溜まっている代金を」
「……トキヒサ。ちょっと来て」
代金を払おうと言おうとしたら、突然エプリに腕を掴まれて強い力で引っ張られる。
「少しトキヒサを借りるわ。……セプトも一緒に来て。どのみち言われなくてもついてくるでしょうけど」
エプリはそう言い残すと、俺を連れて部屋の外に出る。あとからセプトも部屋を出ると、エプリはそのまま扉を閉めて周囲を軽く見まわす。廊下には特に誰も居ないようだ。
それを確認すると、エプリは俺をフード越しでも分かるような鋭い視線で見据える。なんだなんだ!?
「……あのね。トキヒサは本当に帰る気があるの? 帰るために少しでも金が必要なんじゃなかったの!? それなのにこんなに景気よく金を支払って」
「分かってるよ。ただこういう時はしっかり払っておかないと後々に響くんだって」
金は確かに必要だけど、こういう時に代金を出し惜しみしたら関係の悪化もあり得る。それに今回は予想以上の儲けだったからな。多少は大目に渡しても問題ないだろう。
「……それに今回金が入らなかったとしても、それとは別に支払う分を貯めているわね? 屋敷の使用人に頼んで簡単な仕事を回してもらって。……違う?」
「えっ!? バレてたのか?」
「……当然ね。本当に片手間で出来るような簡単な仕事ばかりだし、代金も子供の駄賃程度のようだったけど。…………考えることは皆一緒か」
資源回収でそこそこ稼げてはいるけど、これも長くは続かない。夜中に皆が眠った後、少しでも他の収入を得ようと模索していたのだ。簡単な物の仕分けとか。
まあそんなに稼げてなくて、一日に銀貨一、二枚くらいの儲けだけどな。無いよりはマシって程度だけど、僅かずつでも貯めておいて損はない。塵も積もれば山になるってやつだ。だけど、考えることは皆一緒って……。
「……まったく。……まさか私の分も多めに渡そうとか思ってないわよね?」
「そんなまさか……どうしてバレた?」
長く待たせたから利子も付けて払おうと思ったのだが、こっちも普通に読まれてました。
「そんなことだろうと思ったわ。……あくまでこれまでの分と、これから解呪師の所に行くまでの分のみで良いからね。……上乗せは自分でその分だけ働いたと思った時に別途で請求するから」
「そのこだわりがよく分からないんだよな。まあ良いけど」
俺はエプリにこれまでの分とこれからしばらく雇う分の前渡し。以前使った道具の経費等、合わせて三万デンを支払う。解呪師に会うまで時間がかかるようであればまた追加で払うことになりそうだ。
「これでエプリの分も終了っと。……あとはセプトとボジョの分だな」
「私達の、分?」
セプトが不思議そうな顔をする。そして、今まで俺の服の中で静かにしていたボジョも触手をにょろりと伸ばしてこちらの顔に向ける。
「ああ。セプトは自分のことを奴隷のままで良い、奴隷としてしか生きられないって言うけどな。それはそれとして給料を払う必要があると考えていたんだ。細かい取り決めとかは状況が悪かったから出来なかったけど、よく働いてくれているのに変わりはないからな。それに、今は目的が見つからないかもしれないけど、いざその時になったら先立つものが必要になるだろ? だから渡しておく」
「でも」
「良いから。それにこれだって余裕が有るからできるだけの話だしな。俺自身余裕が無くなったらまたケチりだすかもしれないし。今の内に取っとけって」
まだセプトは悩んでいたようだが、強引に銀貨を十枚握らせる。他の人に比べて大分少ないのは、これ以上だとさらに頑として受け取らない可能性があったからだ。一人だけ小遣いのようになってしまった。なにか仕事でも頼んで、定期的に渡す機会を考えないといけなさそうだ。
それとボジョにも一応同じく銀貨を……渡そうとしたのだが、考えてみるとボジョは金を貰っても使えるのだろうか? まあ賢いのは間違いないし、もしかしたら使えるかもしれない。試しに銀貨をセプトと同じく十枚手渡してみると、普通に触手に巻き込んで持っていった。
「……だから、渡しすぎだって言っているでしょうにっ!」
「これも必要なことなんだって!」
エプリにまた怒られた。これ以上怒らすと風弾が飛んできそうで怖い。しかしこっちも考え無しに渡している訳ではないのだ。あくまでこれからの円満な関係のために必要だと思うから渡しているので勘弁してほしい。
「お帰りなさい。お早いお帰りで」
「ただいま。これ以上長引いたら本気でキツいので帰ってきたよ」
エプリにこってりと絞られ、ついでにセプトにももっと奴隷らしく扱えと言われてから、俺達は部屋に戻った。戻るなりジューネがそんなことを言ってきたので、こっちも軽口風に返す。長引いたらキツいというのは本当だが。
「ハハッ。エプリの嬢ちゃんに説教でもされたか? それとも愛の告白かな?」
「説教の方ですよ。何ですか愛の告白って?」
ジューネに続いてアシュさんまで大葉みたいなことを言いだした。エプリが俺に告白なんてそんなことあるわけないだろうに。……そうだ。忘れるところだった。
「そう言えば二人共。明日の予定はどうなってますか? 午前中はヒースの鍛錬として、午後の方は? 良ければ午後からの資源回収にまた付き合ってほしいんですが。……会わせたい人もいるし」
「明日の午後ですか? う~ん。リュックの整備も終わったし、昨日の夫人との取引は少し先だし……はい。空いてますね。トキヒサさんが会わせたいとなると……また儲け話の匂いがしますね。楽しみです」
ジューネは意外に乗り気だ。予定があるとかなら無理に誘う必要もないと考えていたけど、これなら大丈夫そうだな。だが、そこでアシュさんが待ったをかける。
「あ~。悪いな。明日は午後からちょっと都市長殿に呼ばれててな。俺は別行動になる」
「アシュ。いつの間に都市長様とそんな約束を?」
「うん? さっき俺だけ呼ばれてたろ。その時にちょっくら個別にな。前の雇い主だし色々と積もる話もあるんだよ」
確かに時々アシュさんは都市長さんと話しているな。以前ここに厄介になっていたというし、そういう縁もまだ残っているのだろう。しかし予定があるのか。
「そうですか。じゃあ仕方ないですね。それではジューネ。明日ちょっと付き合ってくれ。……多分お前好みの儲け話に繋がると思う」
「それは良いですね。ですが、まずは夕食後の勉強会のことも考えてくださいよ。今日はたまたま機転を利かせて上手く文字にして伝えられたから良かったですが、それは
「……そうね。なんとか読める程度にはなっていたけれど、お世辞にも綺麗な字とは言えなかったわね」
「うぐっ……おっしゃる通りです」
我ながら癖字だと思うからな。さぞ読みにくかったと思う。まだまだ精進が必要だということか。
「セプト。また今日の勉強会も一緒に頑張ろうな」
「うん。頑張る」
セプトは俺の言葉に素直にこくりと頷く。ええ子や。癒されるなぁ。
「セプトさんの方がトキヒサさんより筋が良いですよ。この調子ならすぐに普通に読み書きが出来るようになるでしょうね」
「……ボジョの方もね。スライムとは思えないくらいに器用なのよ。……もたもたしていると抜かれるかもしれないわね」
「ホントかよ!」
こんな身近にライバルだらけとは。負けてられないな。早速勉強会に向けての予習復習を……という所で、扉をコンコンとノックする音が聞こえた。
「そろそろ夕食のようだな。まあ何はともあれだ。まずは腹ごしらえをしてからでも遅くはない。……どうだ?」
その言葉と共に、ググ~っと部屋の中に腹の虫が鳴く音が響き渡る。名誉のために誰の物とは言わないでおくが、ヒントを一つ言うと俺ではないぞ。
今日一日で色々なことがあった。例えば一円玉を売ったことによる一千万という大金の入手。ある程度まとまった金を手に入れたことで、これから出来ることの幅が広がるかもしれないな。
それにしても、塵も積もれば山となるなんて言うけど、都市長さんは一体大量のアルミニウムを何に使うつもりなのだろうか?
それに俺と同じ参加者かもしれない大葉鶫との出会い。大葉の『どこでもショッピング』は、ある意味ジューネにとって喉から手が出るほど欲しい加護だろう。商人ならばこの能力にどれほどの価値があるか分からないはずはないからだ。
他にも諸々気になることはあるのだが、アシュさんの言う通りまずは夕食だ。誰かさんの催促もあったことだし、さっそく夕食をご馳走になりに行くとしますか!
現在の所持金 おおよそ(これまでの分も合わせて)百万デン
アンリエッタからの課題額 一千万デン
出所用にイザスタから借りた額 百万デン
エプリに払う報酬 この時点で完済
その他様々な人に助けられた分の謝礼 現在正確な値段付けが出来ず
合計必要額 一千百万デン+????
残り期限 三百四十三日
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