第153話 希少性、実用性、そして危険性

 ドレファス都市長の執務室には異様な雰囲気が漂っていた。机の上に置かれているのは以前俺の渡した大量の一円玉。それを一枚指で摘まんで弄びながら先ほどの発言をしたドレファス都市長に、室内の面子はそれぞれ異なる視線を向けている。


 驚き。傍観。推察など様々だが、ジューネの視線にあったのはどうやら困惑のように見えた。


「……どういう事ですか都市長様? このアルミニウムは間違いなく希少金属。少なくとも交易都市群において見たことも聞いたこともない品です。仮に性質があまり使用用途が無い物であったとしても、その希少価値だけで十分欲しがる方は多いはずです。それなのに売り出せないとは」

「まあ落ち着けよ雇い主様。都市長殿は売り出せないって言っただけだぜ。……そこら辺の説明くらいは説明してもらえますよね? 都市長殿」

「勿論だとも」


 困惑するジューネを制しながら、アシュさんはあくまで自然体でそう都市長さんに問いかける。都市長さんも静かに答えたのを聞いて落ち着いたのか、ジューネも一言「申し訳ありません。取り乱しました」と詫びて頭を下げる。


「大きな商談だからな。それを最初から頓挫させられそうになれば困惑もするだろう。しかしだからと言って、冷静さを欠くのは感心しないな。ヌッタ子爵やネッツなら顔色一つ変えずに切り返してくるぞ」

「……っ!? ……肝に銘じます。そもそも大々的に売れなくともよかったのでしたよね? つい商人として儲ける方に思考がいきました。トキヒサさんにも謝罪します」

「別に良いって謝罪なんて」


 いきなりペースを乱され、おまけにそのことを指摘された上で知り合いと比較されるというダブルパンチ。しかしジューネは一度大きく息を吐き、落ち着いた様子でそう返しつつ俺の方にも頭を下げた。


「さて、アシュ殿の言った通り、アルミニウムは大々的には売り出せない。その理由だが大きく分けて三つある。希少性と実用性、それと危険性だ。希少性……という点はあえて触れずとも分かるな?」


 都市長さんは俺を一度チラリと見る。それは俺も分かるぞ。この世界にあるかどうか分からない以上、現在アルミニウムを出せるのは俺一人。……もしかしたらあの後輩もアルミ製品なんかを出せるかもしれないが、それはひとまず置いておこう。つまりは入手経路が少なすぎるってことだ。


「そもそもトキヒサさんしか用意できない以上、大々的に売るのはまず不可能……という事ですか。希少性についてはよく分かりました。しかし実用性と危険性というのは? そんなに使用用途が限定されましたか?」

「いや。そこはむしろ逆だ。売り出せない」

「高すぎて?」


 これにはジューネやアシュさんも不思議そうな顔をする。使えないから売れないというのは分かるけど、使えすぎるから売れないってどういうことだ?


「私の選んだ職人、及び学者の調査により、ある程度のアルミニウムの特性は判明した。おおよそはトキヒサの話した通りの物だったよ」


 以前売り込みに行った時に話したことだな。まあ簡単に言うとアルミニウムはとても軽いとか、やや金属にしては軟らかくて加工しやすいとかそういうことだ。


「金属そのものの使用も細工などでは中々に有用だが、問題は別にある。。それこそミスリルに近いレベルでな」

「…………!?」

「ミスリルっ!? あのほとんど出回らない希少金属ですかっ!? 加工が困難で一流の鍛冶師でも手こずるものの、一度加工できれば何十年もその状態を保ち続けるというあの?」

「ああ。純粋な魔力を通す度合いでは劣るが、代用品としては十分使用可能な代物だった。加工のしやすさという点だけで言えばこちらの方が数段上とも言える。……硬度そのものは低いので武器や防具としての活躍は出来なさそうだがな」


 ミスリルかぁ。よくファンタジーもので見かける伝説の金属だけど、この世界にもあるんだな。しかしアルミニウムがそんな大層な代物の代用品になり得るとは驚きだな。


 ミスリルと聞いて少しエプリが反応したが、何か気になることでもあるのだろうか?


「さらに付け加えれば、ミスリルは数が少ないので一部の有力なヒトの装備や道具に使用されています。一流と言われる冒険者や王宮に勤める近衛兵などですね」

「ミスリル装備は一種の憧れだからな。持っていればけっこう自慢できる品だと思えばいい。魔法の触媒としても優秀だ」

「ジューネとアシュ殿の言う通りだ。そしてそれだけ実用性のある品を下手に売り出したらどうなるか。分かるかねトキヒサ」


 そこで急に都市長さんに話題を振られる俺。学校で授業中に急に指名されて問題を答えさせられる気分だ。えっとつまり……。


「……元のミスリルの価値が下がる……とかですか?」

「それもある。しかしもっと問題なのは、場合によっては同じような他の代用品もまとめて値下がりすることだ。誰でも単純に考えればより良い性能の物を使うからな。値段設定を誤れば市場に大きな影響を与えかねない。故に大々的には売り出せないという事だ」


 実際一円玉を出すのにコストはそれほどかからない。だからと言って仮に安い値段で出してしまうと、皆してそればかり買ってしまい他の品が売れなくなる。


 自分の利益だけ考え、それもごく短期的に稼ぐのであれば問題はないのだろう。しかし長い目で見れば良いことばかりじゃない。都市長さんとしてはそれを懸念しているのだろう。


「そして三つ目の危険性についてだが……これはある意味実用性とも言えるものだ。あえて分ける必要は無かったかもしれないが、一応説明しておく。このアルミニウムだが、もらった分より少し数が減っているのは理解していると思う」


 それは俺も気になっていた。机に置かれているのは大まかに見積もって、俺が以前渡した分の七、八割くらいだ。まあサンプルとして渡した分だから好きに使って良いのだけども。


「調査の過程で使用した……ということでしょうか? 都市長様」

「その通りだジューネ。魔力そのものを通す実験だけではなく、それぞれの属性にどう反応するかなども調べていた。その結果、粉末状にしてから火属性の魔法、または普通の火で燃やしたところ、強い白色の光を放ちながら燃えることが分かった」

「……? それだけなら実用性ではあっても危険性ではないのでは?」

「それだけならばな。その後火を消すために水を掛けたところ、驚いたことに。元の量は実験用に控えめにしておいたのにも関わらずだ」


 その言葉を聞いて、ふと粉塵爆発という言葉が頭をよぎる。まあ小麦粉なんかのそれとは少し原理が違うかもしれないが、似た何かの原理が作用したのかもしれない。ああもうアルミニウムについてもっと詳しく調べておけばよかった。それはそうと、


「あの、それでその調べてた人達は大丈夫でしたか?」

「その点は心配いらない。幾重にも安全措置を取るのが調査の基本だからな。怪我人は出なかった」

「良かった」


 俺の渡したもので怪我人が出たら責任を感じるからな。本当に無事で良かった。


「だが、少しの量を粉末状にして燃やしたうえで、消火しようと水を掛けたらこの有様だ。使いようによっては武器としても使えそうだが、何かのはずみで事故になる可能性は十分にある。故にある意味実用性でもある危険性という訳だ」


 取り扱い注意の危険物になってしまったわけか。魔力を良く通すとか、市場に出回ったら影響が出るとか、異世界では大いに一円玉は重要になってしまった。……地元では一番安い通貨なのに出世したな。





「以上のことから、アルミニウムの大々的な販売は許可できない。ただしこのサンプル分と、追加である程度の量を買い取りたい」


 アルミニウムの交渉はこれで終わりかと思ったら、都市長がそう続けてきた。別にサンプル分はただで渡したものだから良いんだけど……追加?


「個人的にですか? それに追加って?」

「危険だからと言って使わないというのも惜しい品だからな。安全管理さえしっかりすれば問題はない。それに調査も引き続き進めておきたいのでな。純粋に量を増やしたら火力が何処まで上がるかなども調べておきたい。加工して魔力の触媒として使う方向性でも進めたいので、量自体は多ければ多いほどいいのだ」

「なんだ。そういう事でしたら、すぐに追加をし」

「あの。少しよろしいでしょうか都市長様?」


 追加が欲しいということであれば問題ない。すぐに用意しようとした時、横からジューネが口を挟んできた。何か気になることでもあったかな?


「何だね?」

「個人的にということですが、そこまでして買い取る理由は何でしょうか?」

「ほう!? 有用な品を欲しがるということに何か問題でもあるのかね?」


 ジューネの言葉に都市長さんはあくまで態度を崩さない。しかし一瞬、ほんの一瞬だけ都市長さんの表情が動いたのをジューネは見逃さない。


「アルミニウムが有用なのはあくまで代用品としての話。純粋な価値としてはミスリルに及ばないし、調査にしてもまだサンプルがこれだけ残っているのなら追加は必要ないはず。加工しやすいという点は優れているものの、魔力の触媒にしてはそこまで大量に必要とする理由が分かりません」


 一つ一つ挙がるその疑問。考えてみれば確かにそうだ。アルミニウムは良い品ではあるけど、絶対に必要って訳ではない。有ったら便利くらいのものだ。それなのに、都市長さんはさっき多ければ多いほどいいと言った。


「都市長様が悪用するとは思えません。しかし、危険性云々は都市長様自身が言われたこと。その安全管理という点を踏まえた上で大量に追加を欲しがる。……その理由を、お答えいただけませんか?」

「…………ふむ。最初に忠告したのが仇となったか。流石はあの二人にしごかれただけのことはあるな」


 そのジューネの問いかけに、都市長さんは紳士らしからぬ不敵な笑みを浮かべた。どうやらまだ交渉は終わっていないらしい。

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