第145話 盗品と文明の利器

 異世界生活二十二日目。


 ズルズル。ズルズル。店の中に盛大にラーメンを啜る音が響き渡る。


「なるほど。これは美味いな」

「そうでしょう。これだけのものは中々ありませんよ」


 一口食べるなりアシュさんは顔をほころばせ、それを見たジューネが自分が褒められたかのようにエッヘンと胸を張る。まあ自分の気に入った物を相手も気に入ってくれたら嬉しいものではあるな。


 しかし、元の世界では日本人がラーメンを啜る音を外国の人が耳障りに感じるという話があったけど、こっちではあまりそんなことはなさそうだ。


 アシュさんが盛大に啜っていても、ジューネは特に不快そうな顔をしていない。ただ単に付き合いが長いから許容しているってこともあり得るけどな。


 今日はヒースの鍛錬は午前中で終了し、ジューネもアシュさんもひとまず時間が空く。午後からはヌッタ子爵の所に行って整備を頼んでいたリュックを取りに行くということなので、ならばその途中で皆でまたラーメンを食べに行こうと提案したところ、全員一致で雲羊に乗ってラーメンを食べに行くこととなった。


 特にアシュさんとエプリはかなり乗り気だったりする。前回食べられなかったものな。その肝心のエプリだが、


「……店主。お代わり」

「……あいよ」


 もう既に三杯目に突入している。セプトがまだ一杯も終わっていないというのに、使い方を教わったばかりの箸を器用に使って静かに、だがものすごい勢いで食べ進んでいる。


 相変わらず大食いで早食いだ。……昨日の過去話を聞いた後だとそれも納得だが。


「トキヒサ。食欲、ないの?」

「えっ!? あぁ。そんなことはないよ。ちょっと考え事をしていただけ」


 セプトに言われてふと気づくと、知らず知らずの内に箸が止まっていた。ラーメンが冷めないうちに慌てて箸を動かす。決して食欲がない訳ではないし、ラーメンはすこぶる美味いのだけどな。


「……もしかして、昨日のことを考えているの?」


 エプリが少しだけ箸を止めると、そう言ってまた静かにラーメンを口に運び始める。大きな声で言わないのは、あまり周りに聞こえないようにという配慮だろう。


「まあな。結局あれ以上のことは聞けなかったからな。詳しく聞こうとしてものらりくらりと躱されて、時間になったらサッと通信を切られたし。こうもやもやとした感じが残りっぱなしというか」


 しかしアンリエッタのあの反応。思いっきり隠したがっていることは分かりやすいくらいだったからな。これ以上突っ込んでも下手にこじれるだけかもしれない。


 しかし、『勇者』が関わっていたとなると知っておいた方が良い気もするしなぁ。悩ましいところだ。


「……ところで、何故あんな風に思ったの?」

「別に確証があった訳じゃないよ。以前イザスタさんが『勇者』について、ヒュムス国に伝わる言い伝えの登場人物だって言っていた。しかしその後で、どの国にも大なり小なりある昔話だとも言っている。つまりいろんな国で昔話になったような共通の原型があるってことだ」

「……その原型があれだったということ? それはいくら何でも発想が飛び過ぎじゃない?」

「そうだな。正直な話、可能性は低いと思ってた。個人的に当たってほしくないレベルだったし、これをきっかけに話を続けていくつもりだったくらいだ。悪い方向に今回は的中しちゃったってことだな」


 嫌な予感ばかり当たるとよく耳にするけど、実際に当たると何とも言えない気持ちになるな。


 というかエプリ。毎回俺の話している間に素早くラーメンを食べ、自分の話す時にはしっかり咀嚼して飲みこむというのは結構慌ただしくないか? 普通に食べ終わってから話しても良いだろうに。


「何の話か、よく、分からない」

「ああ。ごめんごめん。その内話すから、今はのんびり食べてな」


 横で聞いていたセプトだが、何のことかよく分からないと言った様子だ。セプトには……まあいずれ話しても良いかもしれない。周りに言いふらしたりとかはしないだろう。


 だけどなぁ。そんな昔にいったい『勇者』がどう絡んでくるのか。その『勇者』達はどうなったのか。色々気になるところが実際多いんだよ。それを考えると余計もやもやする。


 ……え~い悩んでいても仕方ないか。今はただ目の前のラーメンに食らいつくのみっ! 俺は勢いよくズズっとラーメンを啜り込んだ。





「あ~食った食った。ラーメンなんて久々に食ったけど、またそのうち予定が空いたら来るか。そこの所どう思う? 雇い主様よ」

「そうですねぇ。お値段的にそう何度も何度もとはいきませんが、たまに来る分には良いですね」


 食べ終わって店を出ると、アシュさんは満足そうに腹をさすり、ジューネも気持ちの良い満腹感にあふれているようだった。アシュさんの方は満足してくれたみたいだな。問題は……。


「アシュさんはああ言ってるけど、エプリの方はどうだった?」

「…………そうね。とても美味しかったわ。流石一杯百五十デンもするだけのことはあるわね」

「気に入ってくれて良かったよ。けどな……食いすぎじゃね?」


 満足してくれてよかったのだが、エプリときたらその一杯百五十デンもするラーメンを最終的に四杯も平らげた。そのくせ見たところ体型が全然変わっていないのだから実に不思議だ。食った分は何処に入っているのだろうか?


「おまけにその分の代金俺持ちだし、自分の分とセプトとボジョの分も合わせて千デン超えちゃったよまったく」

「……これでもすぐ動けるように腹八分と言ったところなのだけどね」

「まだ食えるんかいっ!?」


 良く食うと思ってはいたが、実際どれだけ食うのやら。元の世界だったらフードファイターになれるかもしれない。


「はぁ。まあ良いけどな。エプリにはこれからも世話になるわけだし、昨日だって付き合ってもらったしな。食事代はこっちで持つよ。……千デンか。結構デカいなぁ」

「トキヒサ。私の分、返す?」

「いやいやセプトの分は良いんだよ。一杯だけだろ? それぐらいは余裕だって」


 いかん。セプトに気を遣わせてしまった。見るとボジョも銀貨を一枚差し出してくれているし、これくらい奢るのはどうってことないという風に胸を張って笑ってみせる。……というかボジョはいつの間に銀貨なんか手に入れてたんだ? 


「さてと。いったん雲羊まで戻るとするか。この店はラーメンは美味いが、やや立地に問題があるな」


 この場所へはいくつかの細い路地を通っていくので、大きい雲羊だと途中で引っかかってしまう恐れがあった。それで仕方なく路地の入口で待機してもらっているのだ。


 一頭だけ残しておいて大丈夫なのかと不安になったが、ジューネ曰く雲羊は都市長の客人に貸し出される生き物だと知られているので、この都市で手を出す不届き者はまずいないという。そんなことをしたら都市長を敵に回すようなものだからな。


 それに雲羊自体が高い防御能力がある上に賢いので、ちょっとしたチンピラ程度なら撃退できるとのこと。凄く有能だ。


「それで? トキヒサ達はこれからどうする? 俺とジューネの嬢ちゃんはこのままヌッタ子爵の所に向かうが」


 俺達は腹ごなしをかねて歩きながら、これからの予定について話していた。そういえばジューネは預けていたリュックを取りに行くんだったな。


 う~ん。どうしたものか。着いていってヌッタ子爵のコレクションを見せてもらうというのも良さそうだけど、今デカい出費をしたばかりだしな。また歩き回って資源回収で金を稼いでおいた方が良い気もする。


「そうですね。……じゃあ」

「……止まって」


 路地を歩いている途中、急にエプリが俺達を制止する。何かと思ってエプリを見ると、エプリは路地の途中に立っている男を注視している。


「…………何か用? 先ほどからこちらをチラチラ見ているけど」

「ああいや。へへへ。別に怪しいもんじゃねぇですよ。何でも、色々と良い値で買い取ってくれるヒトがいるって話を小耳に挟みやしてね。俺の持ち物も買い取ってくれねぇかなあと思った次第で。へへっ」


 口元に薄ら笑いを浮かべながら、男はゆっくりと揉み手をする。怪しいっ! 怪しすぎるっ! 典型的なTHE小物的なムーブしてるぞこの人。


 見た目もよく見たら汚いし、何となく酒臭い。四十過ぎの浮浪者って感じだ。同じような年齢のドレファス都市長やディラン看守とは大違いだ。


 さりげなくアシュさんとエプリが前に出、ジューネはアシュさんの後ろに隠れる。セプトも俺の前に出ようとしたが、そこは流石に保護者(仮)として抑える。


「……どうする? アナタに用があるみたいよ」


 エプリはそう言いながらも相手から目を離さない。何か不審な行動をしたらすぐに対処できるようにだろう。


 正直言ってこういうタイプとはあんまり関わりたくない。さりとて、丁度金を稼ぎたいと思っていた所に向こうから客がやってきたのも事実。まずは品物だけでも見せてもらうか。


「まずは聞くだけ聞いてみよう。……お待たせしました。ではまずは品物を見せてもらいたいのですが」

「へへっ。そう来なきゃ。買い取ってほしいものなんですが……これなんでさぁ」


 男は脇に置いていた袋をこちらに差し出す。っと!? 結構重いな。中に色々入っているみたいだ。


「じゃあ一つずつ取り出して確認しますから、ちょっとだけ待ってくださいね」


 俺は男から見えないようにこっそり貯金箱を取り出し、袋から一つずつ物を取り出して査定を開始した。したのだが……あまり碌な物が無いな。


「壊れたコップに何かの木片。錆びてボロボロになったナイフ。……およっ!?」


 やけに綺麗な装飾品が混じっている。ブローチとかイヤリングとかだ。違和感があるけど一応査定してみる。


 宝石のあしらわれたブローチ(盗品) 四百デン(盗品のため換金額低下)

 宝石のあしらわれたイヤリング(盗品) 二百五十デン(盗品のため換金額低下)


 なんか盗品って出たんですけどっ!? 遂にはそういう事までわかるようになったよこの貯金箱。しかし盗品でも換金自体は出来るらしい。換金額が低下するらしいが元値はどんなもんだろうか?


「何かありましたか?」

「いや。それがどうも盗品らしいものが混じってる。一応換金自体は出来るみたいだけど、こういうのは受け付けられないな」

「そうですね。盗品だと明らかに分かるものを売買するのは違法ですから。そうでなくてもこういうものは揉め事の種ですし、ここは理由を話して買い取れないと断った方が良いでしょうね」


 商人であるジューネに訳を話すと、ジューネもおおよそ俺と同じ考えだ。自分からそんなアンダーグラウンド的な所に首を突っ込む必要もない。全てチェックした後で説明しよう。


 そうしてあらかた確認を終え、袋の底が見えてきた時のことだった。


「え~っと。あとは……ひん曲がった金物。綺麗な石。ボロボロの布。先の欠けた羽ペン。スマホ。ヒビの入ったインク壺。何やら酒の香りがする汚れたシャツ…………って、アレっ!?」


 何か今明らかに妙な物が有った気が……。


「………………何でこんな物が?」


 そこにあったのは、この世界にそうそうあるとは思えない物。やや型落ちして傷だらけになっているが、間違いなく文明の利器。……だった。

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