第146話 事件を事件にさせないように

 俺はスマホを手に取ってしげしげと眺める。……間違いなくスマホだ。しかしどうして?


 念のため貯金箱を確認してみるが、自分のスマホは確かにアンリエッタの所にある。となるとこれは別物ということになるが、もう一度査定してみよう。


 スマートフォン(傷有り) 四百デン


 型落ちしているためか俺のより安い。盗品と出ていないってことは、このスマホはあくまでこの人の所有物のようだ。


 じゃあこの人は俺と同じ世界の人か? ……それにしては喋っている言葉はこの世界の言葉のようだ。勿論この世界で覚えたっていう可能性はあるけど、なんかこう違和感がある。顔ももろに西洋風だしな。


「……何か掘り出し物でもあったの?」

「えっ!? ……あぁ。ちょっとな。詳しく話を聞いてみたい物が有って。もうすぐ査定が終わるからその時に聞いてみるよ」


 エプリの言葉にハッとして査定を再開する。スマホのことは気になるが、まずは全部調べるのが先だな。俺は心なし急いで全ての査定を終わらせ、個別の値段や諸々をメモ帳に書きつけてジューネに手渡す。


「へへっ。どんなもんですかね? 俺としちゃあ良い値で買い取ってもらえりゃあ何の不満もありはしませんが」


 男はいやらしく顔を歪ませながらこちらを見る。どうにもこの人はあまり好きになれそうにないな。だけど仕事だし、一つずつ説明するか。


「大体の査定は終わりました。まず最初に言っておきたいのは、うちでは何でも買い取れるわけではないってことです。流石にそこらで拾った石を持ってこられても値段の付けようがないですし、あとは明らかに揉め事になりそうな品もお断りしています。例えばとかね」


 その言葉を聞いて男の顔色が変わる。分からないとでも思っていたのだろうか? 査定で表示されなくたって、ボロボロの品の中に僅かにだけあんな高価な物が有ったらそれだけで疑われると思うんだけど。


「お、俺が盗みを働いたってのかっ!?」

「そこまでは言ってません。ただ……ジューネ。頼む」

「はい。……こちらとこちら。随分と美しい品ですねぇ。ただどうにも以前これと同じような物を見た記憶がありましてね。はて。あれはどこのお客様の身に着けていた物でしょうか?」


 ジューネは盗品と表示された品をピンポイントで指差してみせる。一つ一つ指差される毎に、男の顔色がドンドン悪くなっていく。ダラダラと冷や汗を流し、自身の立場が急速に悪くなっていることに気づいたらしい。


「雇い主様よ。丁度良い機会だから、これから顧客の所にご機嫌伺いにでも行くとするか? 偶然同じような物を困っているかもしれないぞ」

「そうですねぇ。それも良いかもしれませんね。もし盗まれたなんてことになっていたら大変です」


 うわぁ。こう着々と逃げ場を塞いでいく感じ、某ミステリ物の犯人を追い詰める時みたいだな。


「…………くそっ!」


 あっ! 男が逃げたっ! くるっと身を翻し、急いで路地を抜けて通りの方へ向かおうとする。だが、


「おいおい。そう慌てることもないだろうよ。腹でも壊したか?」

「それはいけませんね。簡単な痛み止め程度であればお売りしましょうか?」


 一瞬の内にアシュさんが男の逃げようとする先に回り込み、そのまま腕をガッチリと掴んで離さない。そのまま両腕を後ろ手に極められ、加えてじたばたできないよう足を踏んづけられる男。


 そうして動けなくされたところに、ジューネが白々しく懐から薬を差し出してみせる。


 こわ~。ホント味方で良かったよこの二人。男も何とか抜け出そうともがいていたが、どうにもならないと分かるとガックリと肩を落とす。


「さてと。それでトキヒサさん。これなら話が出来ますか?」

「ああ。ありがとなジューネ。アシュさんも。上手く伝わってホッとしたよ」

「それは私の教え方が良かったからですね。お礼に追加授業料を払ってくれても良いのですよ」


 実は先ほど書き付けた紙に、盗品以外で気になることがあるから逃げようとしたら捕まえてくれと書いておいた。字を覚えたての上にまだ単語くらいしか上手く書けないので、伝わるかどうかは賭けだったがジューネの方で上手く読み取ってくれたようだ。


 俺はゆっくりと男に近づく。男は僅かに濁った眼で睨みつけてきた。おっかないな。


「じゃあ、いくつか聞きたいことがあるんですが……良いですか?」

「…………ぺっ」


 おっと危なっ!? 唾を吐かれた。そんなに敵意むき出しにしなくても。まあこんな状況じゃ仕方ないかもしれないが。


「まあ落ち着けよ。何も取って食おうって言うんじゃないんだ。……正直な話、ここでお前さんを衛兵なり何なりにって選択肢もあるんだ」


 男をしっかりと極めながら、アシュさんは後ろから静かに語り掛ける。えっ!? そうなの? 俺はアシュさんの言葉にちょっと驚く。男は顔をがばっと上げてアシュさんの方を振り向いた。


「ほ、本当かっ!?」

「本当だとも。まずお前さんが盗った品物を持ち主が認知しているか確認する。その上で向こうが被害届を出しているならお前さんを突き出さなきゃならないが、向こうがまだ気づいていないとか表沙汰にしたくないとかなら話が変わってくる。うっかり落としたものを拾って届けたって形に丸く収めることだってできる訳だ」


 アシュさんの言いたいことはなんとなく分かる。わざわざ事件にして大事にするよりも、事件になる前に終わらせてしまおうってことだ。


「ただし、お前さんが素直に話に応じることが最低条件だ。それと他にも盗った品があるなら全部出すこと。そうすれば最悪衛兵に突き出すようなことになっても、まあちょっとくらいなら融通を利かせてもらえるように話をしてやってもいい。……どうだ? 悪い話じゃないだろう?」

「………………」


 男は少し考えこんでいるようだった。今の話が本当だとしたら確かに悪い話ではない。だけど嘘だとしたらそのまま捕まる上に喋り損ってことになる。どうしたものか……と言ったところだろうか? 


「ちょっと良いですか?」


 最後の一押しになるかは分からないが、俺もここで少し条件を提示しようと思う。男はまたこちらの方を警戒する様に見つめた。


「盗品は受け付けることは出来ないですけど、それ以外は話がどう転んでも買い取らせていただきます。全部で……これくらいになりますが」

「…………こんなに? 嘘だろ?」

「本当です。この額をお支払いします」


 俺が値段の合計額を書いた紙を見せると、男は予想以上の額だったのか驚いた様子を見せる。


 ちなみに実際の買取額はもう少し安い。この額では俺の儲けはほとんどないと言っても良い。だけど話し合いを進めるためにもここは少し身を切る。


「その上で、こっちの質問に出来る限り正確に答えてくれれば追加で謝礼をお支払いします。どうか、話を聞かせてはもらえないでしょうか? お願いします」


 俺はそのまま男に頭を下げる。他の皆が唖然とした様子でこちらを見ているが、そんなに変なことだろうか?


「………………分かったよ」


 男は俺を不思議そうに見つめるとそうポツリともらした。


「ありがとうございます。……じゃあ最初に、お客さんの名前を教えてください」





「なあ、俺の言葉遣い変じゃなかったか?」

「……どうかしらね? 私自身言葉遣いが綺麗な方だとは思ってないし。……でもそこまで固くならなくても良いんじゃない?」

「私より、上手だと、思う」

「セプトは大体俺を立ててくれるから参考になりづらいな。だけどそうか。一応お客さん相手だから、最近はなるべく丁寧に話そうと努めているんだけどな。ジューネの商人モードを参考にしてみたんだけど……やっぱ難しいや。もう少し練習しないと」


 俺とエプリ、セプト、ボジョは、男……ビンターに教えられた場所に向かっていた。


 アシュさんとジューネ、ビンターは雲羊に乗って一度都市長さんの屋敷へ。ビンターの盗った物の確認が取れたら顧客の所に当たって、場合によってはアシュさんの言った通り事件になる前に収めるらしい。


 落とし物を拾ったという事で謝礼をせしめられたらなお良しとジューネが目論んでいたが、そこはそう上手くいくかな?


 ビンターはその間都市長さんの屋敷で軟禁……もとい、話を聞かせてもらうらしい。事件になった場合はそのまま衛兵に突き出されるという。こればかりは仕方ないけど、出来ればそうなってほしくはないな。


「…………それにしても、少し意外だったわね」

「何が?」

「……トキヒサは問答無用で衛兵に突き出すと思ったから。そういう所あるじゃない? 自身の善悪の感覚がきちっとしているというか。……さっきの場合盗んだのは事実みたいだから、たとえ事件じゃなくなっても突き出せと言うかと思ったけど」


 そうなのだろうか? 自分ではよく分からないけど、悪いことをしたら罰を受けるのは当然だと思うぞ。むろん状況によって絶対ではないと思うけど。


 牢獄に捕まっていた時だって、不法侵入の分くらいは素直に捕まっていても良かったと思ってるしな。


「俺だって事件じゃなくなるのならそんな事言わないっての。盗みは悪いことだけど、それだって時と場合によるだろ? それに……あのペンを見たらちょっと考えちゃってさ」

「……ペン? ああ。……そう言えば品物の中に有ったわね。あれは換金しないでそのまま返していたけれど、何故?」

「あのペンさ。先が少し欠けていたけれど、それ以外はとてもよく手入れされていた。他の物は乱雑に扱われていたのにな」


 おまけにあのペンは査定の中で買取不可が出ていた。理由として、からと出ていたしな。


「何があったかは知らないけど、あんなになってもこれだけは捨てられないって物を売りに出す。自分の心に嘘を吐いてでも金が欲しい。それがどんな理由かは知らないけど……そう考えると、一概に衛兵に突き出すっていうのもなんか違うって思ってさ」


 同情とか憐れみなんてするなとか言われるかもしれない。人によっては虫が好かない考え方かもしれない。だけど……なんとなくその気にならなかった。それだけのことなんだ。


「…………そう。分かった。……そろそろ着くわよ。気を引き締めた方が良いと思うけど?」


 フードに隠されて分からないが、エプリはどこか嬉しそうな様子でそう言うと、フードを被り直して注意を促した。


 さて、いよいよだ。スマホの元の持ち主にご対面といくか。…………平和的に済むと良いんだけどな。

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