第134話 忘れていた値打ちもの
「…………
「ああ。俺も今日まですっかり忘れてたんだけどな。牢獄にいた頃、イザスタさんが出所するってことになったんだけど荷物が多くて、丁度良いから俺の『万物換金』で換金してしまおうってことになったんだ。それで思い出してみると、その中に魔石らしきものが結構あったのに気が付いた」
「イザスタって、誰?」
エプリ達に問い詰められ、俺は仕方なく何をジューネと話していたのかを白状する。そう言えばセプトはイザスタさんについて知らなかったっけ。後で話しておこう。
「この前ジューネに、魔石は場合によっては持っているだけで罪になるって聞いたろ? あの時は小さくて手に入れたばかりの魔石だったから良かったけど、以前イザスタさんから預かった物はもっとデカかったからな。万が一ってこともあるから調べてもらってたんだ」
この前の鼠凶魔の魔石はせいぜい小指の爪くらいのサイズだった。しかしイザスタさんから預かった石は、どれもこれも一回りか二回りはデカかった。これじゃあ規定に引っかかるかもしれない。
ということでジューネに訳を話し、諸々を調べてもらう事になったという流れだ。流石に全部取り出すのは金が足りなかったので、渡したのは適当に選んだ二、三個だけだが。
だって手数料を合わせると六十万デンを超える額だぞ。適当に選んだものでも合わせて二万デンはしたから結構痛い出費だ。
「…………ジューネに何を頼んだかは分かった。だけど、どうして私達に言わなかったの?」
「それは……もし最悪俺が罪に問われて牢獄送りなんてことになったら、エプリやセプトに迷惑がかかるかもって思ってさ。存在を知らなかったってことならまだごまかしが利くかなって……あたっ!?」
途中まで言ったら急に風弾が額に飛んできた。最近エプリさん怒るとこのやり口が多くないですか? 一応俺は雇い主なのでもう少し優しく扱ってくれ。
額を押さえていると、エプリが心なしか乱暴な勢いで俺の鼻先に指を突きつける。勢いが付きすぎてエプリの被っていたフードがめくれ上がり、その下の端整な顔立ちが露わになるのだが、その顔には怒りと……ごく微かにだが悲しみが見て取れた。
「…………そういうのをね、要らぬ心配余計なお世話って言うの。迷惑がかかるかも? ハッ! 何も知らないうちに雇い主が捕まる方が迷惑という話よ。……その程度には信用してくれていると思っていたのだけど?」
「エプリ……」
「……それに、トキヒサが居なくなったら困るヒトがそこにも居るじゃない」
その言葉と共にセプトがタタッと俺の方に駆けてきて、そのまま服の裾をギュッと掴まれる。だがそれも一瞬のこと。すぐに強く掴んだ手は力が弱まり、そっと摘まむような感じに変わった。そのままセプトは上目遣いに俺の方をじっと見る。
「置いて、行かないで。居なく、ならないで。……お願い」
……そうだった。経緯はどうあれ、今の俺はセプトの保護者(自分からご主人様と名乗るつもりはない)なんだ。それが急にいなくなってはセプトも不安になるだろう。
ジューネも言っていたじゃないか。「私が言うのもなんですが、やはりエプリさんやセプトさんに話しておいた方が良いと思いますよ。迷惑をかけたくないというトキヒサさんの気持ちも分かりますけどね」って。思えばあの時点で素直に二人に話しても良かったんだ。
それなのに俺は話さなかった。迷惑をかけたくないなんて言ってはいたけど、実際の所エプリに指摘されたように信じ切れていなかったのかもしれない。
「…………ゴメンな二人共。確かに二人に何も言わずにいたのは良くなかったよな」
俺は裾を掴んでいたセプトの手を取り、少し膝を曲げて目線を合わせる。この方が話しやすいだろう。
「約束するよ。次にまたこんなことがあったら、必ず先に内容をちゃんと話す。……まああんまりこんなことがホイホイ起きてほしくはないけどな」
「置いて、行かない?」
「ああ。……明らかに連れて行ったら危ないと感じたら止めるかもしれないけどな。だけど先に必ず相談する。エプリもな」
言葉の最後の方でエプリの方に視線を向ける。エプリはまだ怒っているようだったが、ほんの少しだけ落ち着いてきたようだった。
「護衛として雇ってるって言うのに、雇い主の方が情報を明かさないんじゃ護りようが無いって話だよな。エプリが怒るのも当然だよ。……だからと言ってちょいちょい風弾を食らわすのは俺の頭がボロボロになりそうなので控えてほしいんだけどな」
「…………そうね。護衛としては情報の共有は大事なことよ。だから……危険云々より前にまず話しなさい。知っているからこそ浮かぶ知恵もあるだろうからね」
何か一瞬エプリが複雑そうな顔をした気がするが……気のせいか? ともあれ、そこまで言ってくれるなんて嬉しい限りだ。
「ちなみに、話したけどどうにもならなかったらどうするんだ?」
「当然逃げるわよ」
いつものタメすらなく即答かいっ!? そこはもうちょっとこう……ね? 悩む素振りとかさぁ。ちょっぴり落ち込むぞ。
「……私の力ではどうすることも出来ないと思ったら普通に逃げるわよ。私に出来ることなんてそう多くはないし、やるべきことがあるのに全て投げだす訳にはいかないから。ただ…………」
そう言うと、エプリは最後に何かを呟いてフードを深く被り直した。そのままふいっと後ろを向いてしまうエプリだったが、「ただ…………私一人で逃げるなんて、そんなことはさせないでよね」と、さっきの呟きはそんな風に聞こえたのは気のせいじゃないのだろう。
ジューネが戻って来たのはそれから少ししてからのことだった。
「魔石じゃなかった?」
「正確に言うと、
戻ってきたジューネとアシュさんも俺達の部屋に集まり、早速調べてもらった内容を説明してもらう事に。しかし最初からよく分からないことになってきたな。
「普通の魔石は在るだけで周りから魔素を吸い上げて溜め込む。それで許容量を超えると凶魔に変貌する。ここまでは知ってるよな?」
「はい。前にイザスタさんに聞きました」
「よし。それでだ。時間をかければ半永久的に使える魔石だが、扱いを間違えると凶魔になって暴れる。それじゃ危ないので、そうならないように加工する。吸い上げる量を減らしたりとかな。そうして絶対ではないが危険性を減らすわけだ」
なるほど。つまりリミッターか何かを付けるってことか。アシュさんの言葉でちょっと加工の意味に納得する。
「それで調べてみた魔石ですが、どれもしっかりと加工されて安全処理がされていました。これならもう数年は放っておいても問題ないレベルだという結果が出ましたよ」
「まあ考えてみれば、あのイザスタさんが安全管理の出来ていない品をホイホイ人に渡したりするかって話だけどな。…………いや待てよ? 以前いたずらでやらかすことはあったな」
アシュさんの言葉に多少の不安を感じながらも、とりあえずはまた牢獄送りという事にはならなそうなのでホッとする。
「じゃあ、トキヒサ、連れて行かれない?」
「ああ。大丈夫みたいだ」
「良かった」
言葉少なにだが、セプトが喜んだような顔をする。と言っても傍目からだといつもと変わらぬ無表情なんだけどな。微妙な違いだけど喜びの無表情みたいな感じだ。
ずっと俺の服の中に入っていたボジョも、触手を伸ばして何故か俺の頭を撫でている。ちょこちょこ俺にナデポを仕掛けてくるスライムめ。ちょっと嬉しいぞ。
エプリも壁に背を預けながら喜んで……いると信じたい。フードで表情がこっちも見づらいけど。
「はあ。まったく大変だったんですよ! いきなり大きめの魔石を見せられて、『これが規定違反になるかどうか調べてくれ。出来れば今日中で頼む』なんて言われて。おかげで今日の予定を少し変更することになりましたよ」
「変更って言っても、それぞれの交渉を少しずつ早めに切り上げたってだけだがな。だがトキヒサなら、この雇い主様の手間賃くらいはビシッと払ってくれるよな?」
二人からの苦労したからその分払えよアピールに対し苦笑いしか出ない。まあ仕方ないか。無理に頼んだのはこっちだもんな。と言っても何で払えば良いのやら。
「ちなみに手間賃ですが、その加工された魔石の売買に一枚噛ませてもらえれば結構です。出かける前のトキヒサさんの話しぶりからすると、あの魔石と同じような物がまだかなりあるようですからね。私の見立てではかなりの額が動くと見ました」
「えっ!? 魔石は売らないぞ」
「そうなんですか?」
だって取り出す代金を考えると全部はとても払いきれないし、無いとは思うけどイザスタさんが返してほしいって言うかもしれないしな。
そのことを話すと、せめてただ働きにならないよう調べてきた分だけでも売買をお願いしますとジューネの泣き落としを食らった。ほぼ泣き真似だと分かってはいるのだが、女の涙というのは男心に特攻ダメージを与えるからたまらない。
加えてアシュさんの「少しくらいなら良いんじゃないか? ちゃんとイザスタさんに金を払っているならもうこれはトキヒサの物だ。数個くらいならイザスタさんだってとやかく言わないさ」という掩護射撃もあり、仕方なく出した分だけは鑑定の後売り出すことを約束する。
我ながら押しに弱いなまったく。アンリエッタが見てたら絶対説教案件だぞ。だがこの際だ。なるべく高く売れてくれることを願おう。
ちなみに俺が約束した瞬間、ジューネの涙はピタッと止まっていつもの営業スマイルに戻ってた。……なんかズルい。
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