第128話 誰かの要らない物は誰かにとっての良い物

「では早速都市長様の所へ突撃…………と言いたいところなのですが、流石に今はマズいですね」

「そうだな。朝食の後にすぐ出発してもう向こうに着いている頃合いだ。予約も無いのに急に押し掛けるのは迷惑だろうしな」

「となると戻るのはまず確実に夜でしょうからね。……仕方ありません。それまで待つとしますか」


 ようやく落ち着いたジューネだが、そう言ってアシュさんと一緒に悩んでいる。


 まあ確かに客人扱いとは言え、アポも無しにいきなり仕事場に押しかけて売り込むというのは乱暴だろうしな。駆け込み営業やってんじゃないんだから。


「そう言えば二人とも、今日は他の商談とかは無いのか?」

「大きな商談は先日まとめて終わらせましたからね。今日しなければならない商談は無いんですよ。勿論やろうと思えばいくらでもやることは有りますけどね。これまでの貯蓄や財産を確認したりとか」

「数少ない至福の時間だものな。お前ら知ってるか? うちの依頼主様ときたら、部屋で金を数えていると時々にま~って締まりのない顔で笑うんだぜ」

「アシュっ!? 皆さん嘘ですからねっ! 私そんな顔で笑いませんからっ! もっと計算高くニヤリと冷静に笑う感じですからねっ!!」


 金を数えていると笑うのは否定しないのか。慌てたように訂正するジューネを、アシュさんはニマニマと笑いながらさらにからかう。……なんというか微笑ましい。良いコンビって奴だ。


 しかし、ということは二人は半休日みたいなもんか。まあヒースのこともあるから一日中という事はないだろうけど時間がある。これはある意味丁度良いか?

 

「じゃあ時間のあるジューネとアシュさんに、一つこっちを手伝ってもらえると助かるんだけど」

「手伝い? …………もしやまた儲け話的な話ですか?」

「こっちは儲け話というほどでもないかな。まあちょっとした儲けになれば良しって感じだ」


 ジューネがまた目を輝かせてこちらを見てくるが、こっちは正直アルミニウムの件よりも望み薄だからな。


「簡単に言うとさ。ただし町中で持ち主の許可を取って……だけどな」





「よう。昨日スリにやられた坊主じゃないか!」

「その言い方だとなんか不本意だからやめてくれって! こんにちは串焼き屋のおっちゃん。とりあえず景気づけに串焼き十本ね」

「あいよっ!!」


 俺とエプリ、セプトは色々準備を整え、昨日ぶらり観光していた市場へとやってきた。ジューネとアシュさんは少し別行動だ。


 目的の場所に着くなり、昨日ブルーブルの串焼きを買った屋台のおっちゃんに声をかけられる。見た目五十くらいの禿頭のおっちゃんが、ねじり鉢巻きをして金網で串焼きを作る様子はなんというか日本風だ。……もろに顔は西洋風だが。


「ところでおっちゃん。昨日の話は憶えてるかい?」

「俺んとこで串焼き百本買うって話だったか?」

「そんな事言ってないからねっ!? ほらっ! 要らない物を買い取りますって話だよ」

「あ~そっちな。一応あるにはあったが…………ホントにゴミばっかだぞ?」


 昨日市場を巡っている時、買い物がてらあちこちの露店や屋台の人に声をかけておいた。といっても難しいことじゃない。要らない物や価値のよく分からない物が有ったら買い取りたいので持ってきてほしいってだけだ。


 要するに資源回収だな。これなら必要な元手は査定代だけ。戦うこともないし安全だ。あわよくば某何でも鑑定する番組みたくお宝が出てこないかなぁと思ってはいるが…………流石にそこまで上手くはいかないだろうな。


「いいのいいの。壊れて使えなくなった道具とか、売れなくて困ってるものとかもジャンジャン持ってきてよ。上手くすれば金になるかもよ」


 買取価格は査定額の半分くらいを考えている。少しぼったくりかもしれないが、こちらも初めてのことなので相場が分からないのだ。売れ行き如何でちょっと修正しよう。


「そんなもんかねぇ。ほ~ら串焼き十本お待ちっ! 十本で五十デンだ。それと……よっと。こっちの袋が要らない物をまとめた袋。こんなもん金にならんと思うがね」

「この美味さとボリュームで一本五デンって……もっと取れるよおっちゃん。じゃあこれがお代ね。袋の中身を確認するからちょっと待っててな」


 店にも依るけれど、イートインスペースのある物が有る。おっちゃんの屋台は椅子だけではあるけどそれがあって助かった。勿論こういう場所では長居すると嫌われるので素早く済ませるのが鉄則だが。


 俺はおっちゃんに串焼きのお代を払ってそこに移動すると、串焼きをエプリとセプトに渡して貯金箱をこっそり取り出す。


 査定の間二人は手持無沙汰になってしまうので、俺とジューネ達の分を残して先に食べてもらう。ここの串焼き昨日も食ったんだけど美味いんだよな。一本五デンでこれはお買い得だ。


「…………予想通り。というより予想より期待できなさそうね」

「そんなにダメそうかね? 結構色々入っていそうだけど」


 袋ごとまとめて査定する方が楽ではあるが、実際に目で見ながらの方が品物の種類も分かる。なので下に用意した布を広げ、中身を一つずつ出して査定していると、エプリが横から袋の中身を覗き込んできた。


 時折周囲を気にしているのは昨日のようなスリなどを警戒しているからだろう。それは立派なのだが……片手の指に串を二本挟んで持っているのはどこかシュールだ。


 セプトはボジョと一緒に仲良く一本ずつ頬張っている。セプトもこの串焼きは気に入ったようで、無表情に目を輝かせるという何とも器用なことをしているな。


 モグモグしている様子は微笑ましいのだが、次の場所にも行かなければならないのでちゃっちゃと済ませなくては。


「え~と。刃こぼれした銅製のナイフに穴の開いた鍋。焦げ付いた金網……俺金物屋じゃないんだけどな」

「だからゴミだって言ったろ」


 その後も正直碌な物がない。他にもどうにも使い道の分からない道具やボロボロの板切れ、脚の外れかけた椅子なんてのもあった。品物の明細をメモ帳に一つずつ書き込みながらドンドン査定を進める。


「結構量があるけど……直すとか売るとかは出来ないのおっちゃん?」

「ここまでボロボロだと直すより買い替える方が安く済むんだ。それに他の店や商人ギルドに持ち込んでも売り物にならないとか労力に見合わないって突っ返されたり、かと言ってそこらにポイ捨てというのもバレたら衛兵に罰金を取られかねない。てなわけで家で埃を被ってたんだ」


 修理が意外に高くつくというのは異世界でも同じらしい。労力云々はよく分からないが買取も拒否と。あとポイ捨てはこっちでもやっちゃダメらしい。ポイ捨て。ダメ。ゼッタイ。


 しっかし次から次へと査定しているが、どれもこれも状態粗悪だの何だのマイナス評価のオンパレード。あんまりたくさんやっているせいか途中から、


 木製の椅子(脚部破損のため状態粗悪) 二十デン(所有者が居るため買取不可)

 

 なんてやや説明が細かくなった。使い続けていたから能力がレベルアップしたとかだとちょっと嬉しい。このままいったらもっと細かい説明が出るのかもな。


「………………ふぅ。終わった」


 そんなことを考えている内に全部の査定が終わり軽く息を吐く。


 ……うんっ!? 目の前に串焼きが突き出された。出所を見ると、エプリが何も言わず一本差し出してくれている。俺はありがたく受け取ると肉にかぶりついた。う~ん! ジューシー!!


 ありがとうエプリ。礼を言おうとエプリの方を見たら、


「追加で串焼き五本お待ちっ!」

「……ありがとう。お代は彼につけておいて」


 とっくに自分の分を食い終わり、素早くおっちゃんに次の物を用意させているエプリの姿があった。お代わり俺持ちかいっ!


 しかし給料を待ってもらっている身としては文句も言いづらい。それに……セプトとボジョにも一本ずつ追加しているみたいだしな。残りは自分でパクつき始めたけど。


「あ~ゴホンゴホン。おっちゃん。査定終わったよ」

「おう坊主。坊主の連れはよく食うな。食いっぷりの良いのは良い客だ。査定は…………その顔だとあまり良い結果じゃなさそうだな」

「ゴメン。実はそうなんだ」

「まあ気にすんなよ坊主。良くある話だ」


 その言葉の通り、おっちゃんは気にしている風には見えない。だがなにぶんどいつもこいつも状態粗悪ばっかりで、定価より大分値下がりしていることはまず間違いないのだ。


「やっぱり全体的に状態が悪いからそのままじゃ使えないし、となると素材として使うくらいしかなくて」

「しかし素材に分けるにしても手間がかかる。その分の手間賃を考えると買い取った方が下手すると赤字になるってことだろ? 店でも言われたから分かるって。まあ金にはならなくても引き取ってくれるだけで十分だ。部屋も広くなるしな」


 笑っているおっちゃんを見るとちょっと言いづらい。しかしこちらも稼がないといけない身。ここは心を鬼にして、査定額の半額で買取交渉だ。


「それで大体の額を計算したところ、このくらいで買い取らせてもらえると嬉しいかなって」


 最後にもう一度メモの内容を確認し、そのままおっちゃんに見せる。


 難しい文字はまだ無理だが、簡単な単語と値段くらいなら何とか書けるように練習したからな。値段の方は間違っていないはずだ。おっちゃんの方も露店に串焼きの値段が書いてあったし、それくらいの文字は読めるはず。


「………………坊主。お前これ本気で言ってんのか?」

「一応本気なんだけど…………やっぱり安かったかな」


 やはり半額は安すぎたんだ。おっちゃんが凄い顔してるもの。仕方ない。どうせ元手はタダみたいなもんだし、どうにか四割は貰えるように交渉を……。


「いやそうじゃねぇよ。逆だ逆。引き取ってもらった上にこんなに貰っちゃ悪いって言ってんだ」

「…………へ? いやだってこんな諸々あって、四百デンしか出せないんだけど」


 正確に言うと合計八百デンにギリギリ届いていなかったのだけど、最初だしキリの良い数字として半額の四百デンという設定にしたのだ。それでも俺としては安いと思っていたのだけど……何やら食い違いがあったらしい。


「店とかじゃあ良くて百デンぐらいだしな。場合によっては逆に引き取り料を取られる場合もあるし、それに比べりゃ大金だ」


 ……なるほど。むしろ場合によっては金を取られるのね。粗大ごみを出す時にゴミ券が必要なのと同じ理屈か。


 こっちは貯金箱が勝手に査定、換金する訳だから素材として分ける手間暇もなく、その分の金がまるっと浮くわけだ。これは盲点だった。


 だけどという事は……。


「じゃあこの金額で問題ないってことかいおっちゃん?」

「むしろこっちが貰いすぎるくらいだ。悪いからさっきの連れの買った分は奢りってことにしておくぜ」

「…………そう。では店主。更に十本追加で」


 気に入ったのかどさくさで更に追加しようとするエプリ。いやこれからの分は奢りにはなんないからねっ!? セプトとボジョもまた食べられると思ってじ~っと見ないっ! 


 仕方ない。儲かった分でちょっと追加するか。俺も食うからなっ! まったく。

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