第127話 金の生る木

「しかし、ある意味勿体ないとも言えますねぇ。折角ここまでの装飾が彫られているのに素材としてだけ使うというのも。おじい……もといヌッタ子爵なら大喜びするでしょうに」


 多く出し過ぎてテーブルから零れ落ちた一円玉を拾い上げながら、ジューネがふとそんなことを呟いた。……確かにあの子爵だったらこういう珍しいものに食いつくかもな。


「そうだな。じゃあこういうのはどうだ? あくまで素材として扱う分とは別に、収集品として何枚か子爵に送るとか。どうせ喜びそうな物を集めておくって言ってあるんだし」

「う~ん。そうしたいのはやまやまですが、ヌッタ子爵はああ見えてただで物を貰うのが苦手と言うか。交渉で自分有利に持っていって貰うのが好きと言うか。そういうちょっと面倒なヒトなんです」


 面倒って……。まあこれを聞いて、この前の地下室での交渉の意味が分かった。それでついついジューネに温かい目を向けてしまう。


「ど、どうしたんですかその目は?」

「いや、ジューネって優しいところもあるんだなって思ってな。つまりこの前のヌッタ子爵とのあれは、素直に受け取らない子爵に対する壮大な芝居だったんだろ? いざとなったら華を持たせる的な」

「……? 何のことですか? あれは勿論最初から最後まで本気だったに決まっているじゃないですか」


 えっ!? そうなの!? 照れ隠しかと疑うが、どうやら目の前のジューネにそんな様子はない。


「そりゃあ私だって多少のヨイショをしようとした時もありました。しかしおじいゴホンゴホン……ヌッタ子爵ときたら、わざと手加減しようとするとすぐに察知するんですよ! そのくせそうなると逆にひねくれて、急に年寄りっぽくやれ関節が痛いだの咳が酷いだの言って交渉を打ち切ろうとするし……」


 そのままジューネの愚痴……と言うか、ある意味家族間コミュニケーションの様子をたっぷりと聞かされた。


 つまり手加減抜きの全力で交渉しないと意味がなかったわけだ。だからと言って毎回あれでは身がもたないんじゃないかと思うのだが。特に周りが。


 そう思ってアシュさんの方を見ると、俺の思ってることが伝わったのかうんうんと微妙に苦笑いしながら頷いている。お疲れ様です。


「という訳なので、子爵の方はそのうちまた話を持っていくので今は良いです。それよりもこのイチエンダマ。硬貨ではなく素材としてならアルミニウムでしたか? これをどう売り込むかを考えましょう」


 気を取り直して話し合い再開。ジューネの言葉で仕切り直しだ。まあジューネが大いに脱線した発端でもあるんだけどな。


「ああ。と言っても俺は商人じゃないから、こういう時どうやって売り込めば良いかなんて分からないしな。大体のところはジューネに任せるよ」

「おいおい。良いのかうちの依頼主様に任せても? 色々任せたりしたら自分が儲けるためにこっそり裏で動いたりするかもよ」

「なっ!? なんてことを言うんですかアシュ。…………まあ否定は出来ませんが」


 アシュさんの言葉にそうポツリと呟くエプリ。否定出来ないんかいっ!? まあ予想してたけどさ。


「まあそこは別に良いですよ。誰だって自分が儲かるために動くのは当然ですし、それに……良い商人はそれも込みで皆が一番儲かる風に動くもの。だよなジューネ?」

「むむっ!? そう言われたら、良い商人としては勿論ですと返さざるを得ませんね。…………良いでしょう。ばっちり皆儲かるように動いてみせましょうとも!」


 わざと少し挑発気味に言うと、それを分かってかどうかは別としてジューネも気合を入れてそれに応じる。


 前にもアシュさんに似たようなことを言われていたけれど、ジューネの行動原理は意外に分かりやすいのかもしれない。





「ではまず誰に売り込むか……ですね。ちなみに私のおすすめとしては、一番がドレファス都市長。次点で商人ギルドのネッツさん個人。その次が私の伝手を頼って知り合いの鍛冶屋や細工師、ヌッタ子爵、商人ギルド全体と続きます」

「一番と次点はなんとなく分かるけど、その後はよく分からないな。商人ギルドそのものに話を通すのはダメなのか?」


 出所の問題でドレファス都市長に話を通し、一緒に品を出して交渉するという手は分かる。次点のネッツさんも、商人ギルドの偉い人なのだから交渉事にはうってつけだ。


 だがその後に個人の知り合いを出して、商人ギルド全体を最後に持ってきたのがよく分からない。と言うよりネッツさんに声をかけたら普通にギルドにも話が通るだろうに。


「確かに、長い目で見て最も利益のことを考えるなら商人ギルドが一番です。ネッツさんに協力をお願いして大々的に広めるというのも手ですね。しかし前提として、そう長くこのノービスに滞在できないという点と、アルミニウムの出所を誤魔化す必要があるという点が挙げられます」

「…………成程ね。大々的に売り込めば売り込むほど、こちらに興味を持って調べようとする者も増える。それにいちいち関わっていたら時間がいくらあっても足りないし、誤魔化すのが難しくなってくるわね」


 エプリの言葉に俺もなるほどと内心頷く。諸々終わったら早く次の目的地であるラガスに向かわねばならないが、そのためには都市長から頼まれた件とセプトに埋め込まれた魔石の件を終わらせる必要がある。


 予定では情報屋キリが戻るのがあと八日。ベストなのはそれまでに終わらせてさっさと情報を貰う事だが。


「エプリさんの言う通りです。つまるところ如何に早い時間で、それでいて誤魔化しきれる程度に小規模に、なるべく儲かるよう売り込まなければならないという実に難しいお題なのですよ」

「という事で商人ギルド全体に話を通すのは悪手だ。ネッツ個人に話をするならまだ問題はないだろうけどな。これで大体分かったかトキヒサ?」

「はい。何とか」


 アシュさんの言葉にゆっくり頷く。しかしちょっと縛りが多すぎやしないかこの状況。時間に情報に金。どれも大切だから仕方ないが。


「となると……やっぱり最初はドレファス都市長の所に売り込むか。訳を話して出所を誤魔化すのに協力してもらおう」

「そうですね。ただこのアルミニウムがどこまでの値が付くかとなると…………正直未知数です。それに、場合によってはトキヒサさんの方が問題になります。何せ金が続く限りアルミニウムを産み出せるわけですからね。アルミニウムの価値次第ではトキヒサさんは金の生る木と同じです」

 

 自分が金の生る木っていうのはピンと来ないけどな。だけどまあ何となく理解は出来る。


「そう考えると価値が出過ぎない方が良い気もするな。そこそこ売れる程度で良いのか?」

「そこは話の持っていき方次第ですね。まあ交渉の方は私とアシュに任せてください。こういう事は慣れてますから」


 自信たっぷりに言うジューネ。これは頼もしい! 頼りに出来そうだ。ジューネだけじゃなくて……アシュさんもいるしな。


「何故か微妙に頼りにされていないような気もしますが……まあ良いです。次はどのように売り込むかですが、正直な所どこまで話します? 加護について全部話しますか?」

「一応全部……かな。そこについては俺から話すよ。ただ『万物換金』で一円玉を出すには多少の制限があるという事にする。だからほいほい無尽蔵には出せないってな」


 嘘は言っていない。結局のところ金が無ければ出来ないからな。無から有を産み出すものじゃないってことだ。


「……気休め程度かもしれませんが、まあそれで少しは誤魔化せますかね。では簡単にまとめると、まずドレファス都市長様にはアルミニウムのこととその出所について説明。その上で協力を仰ぎ、周囲の方にこれはダンジョン産であると喧伝してもらう。そうすれば次の交渉が大分やりやすくなりますからね。ひとまずは以上ですが……何か質問は?」

「次のってことは、都市長以外とも交渉するのか?」

「当然です。ドレファス都市長様との交渉が上手くいけば、ある程度は情報を制御しながら新たに交渉が出来るようになりますからね。その間に出来る限り伝手を頼って売り上げます。……と言ってもまずはアルミニウムの細かな性質などを確認する必要がありますが、そこは私の知り合いの鍛冶屋に見てもらう事になりそうです」


 俺の言葉に対し、何を言っているのかと言わんばかりにジューネは返す。こういうのはただ売れば良いだけだと思っていたが、ジューネからすればただ売るだけではなくドンドン次の交渉に繋げていくつもりのようだ。


「これはもう全体でどれだけの額が動くことやら。想像するだけで……いやあ夢が広がりますねぇ!」


 さっきからまたジューネの目が金マークに見える。自分の想像に悦に入っているみたいだけど、声が掛けづらいなぁ。なんか幸せそうだし。まだ話すことがあったんだけど、元に戻るまで待つとするか。


「…………大丈夫かしら? 今のジューネに任せて」

「大丈夫さ。……多分」


 微妙に呆れたような声でエプリがそう呟く。なので俺も大丈夫だと返すのだが……本当に大丈夫だよな? 商人として信用してるから頼むぜまったく。

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