接続話 たまにはぶらり観光を
◆◇◆◇◆◇◆◇
異世界生活十八日目の夜。
カリカリ。カリカリ。静かな部屋にペンを走らせる音が響く。
「…………出来た! 出来たぞっ!」
「私も、出来た」
「はいはい。それじゃあ確認しますね」
俺とセプトは書き上げた物をジューネに手渡した。ジューネは紙の内容にざっと目を通して軽くうんと頷く。
「はい。お二人ともちゃんと書けてますね。書き取りテスト合格です!」
「おう!」
やはり最初から躓くって言うのはマズいからな。無事に出来て良かったよ。
「ボジョさんの方はどう…………すごい! ちょっと字が歪んでいますけどちゃんと書けてます。この調子なら次には合格できますよ」
あとボジョも地味にすごい。触手を上手く使ってペンを握り、スラスラと文字を書いていた。どうだと言わんばかりに触手を上に突きあげている。今はまだ半分くらいだが、確かにこれならすぐ全部の文字を覚えそうだ。
俺とセプト、ボジョはジューネの部屋で、昨日約束した勉強会を行っていた。エプリも付き添いで一緒だ。
アシュさんも途中まで一緒だったのだが、小腹が空いたとか言って食堂に行ってしまった。ついでに俺達の分も持ってきてくれると嬉しいんだけどな。
「……と言っても基礎中の基礎。よく使われる文字を覚えられたかどうか確認しただけだけどね」
「うるさいっての。全く分からない所からここまで頑張った俺をもっと褒めてくれて良いんだぞ。当然セプトとボジョも」
「うん。私も、頑張った」
エプリの言う通り、今日やったのはあくまで基礎中の基礎。ここらで多く使われている文字を一覧にして、ひとまずざっと覚えて書き取りをしただけだ。
エプリは流石に基礎中の基礎という事でやらなかった。出来る奴は余裕だ。というか本当に付き添いだけなのね。
最初は話が出来るんだから書き取りも簡単だろうと思っていたのだが、新しい文字を覚えるって言うのは思った以上に大変だ。
……考えてみればこういう事が簡単に出来るのなら、前にやった英語のテストで赤点すれすれにはならないか。
「はい。それじゃあここまでにしましょうか。明日も復習がてら書き取りテストをしますからね。ちゃんと予習しておくように」
そうだな。腕時計を見るともう夜の九時過ぎだし、これ以上はジューネも明日の準備があるだろうし迷惑だろう。引き上げるとするか。
ボジョもゆっくりペンを置くと、そのままするりと俺の服に入り込んだ。
「ああ。ありがとなジューネ! いや、ジューネ先生」
「先生。ありがと」
「先生って……おだてたって対価をまけたりはしませんからね」
おっ! ジューネが照れている。先生という呼ばれ方には慣れていないようだ。ちょっと顔を赤くするジューネと別れ、俺は自分の部屋に戻った。
……当然のように一緒に来るエプリとセプトはもう気にしない。折角自分の部屋があるのにもったいない。
「ふぅ~。体力はまだまだ余裕があるんだけど、代わりに頭が疲れた気がするな」
「私も、ちょっと、疲れた」
俺とセプトはそれぞれソファーとベットにダイブする。いくら加護で身体が丈夫になっていても、精神的な疲れまではどうにもならないみたいだ。
それと最近はセプトも自分から休むようになってきた。最初の頃は言われないと限界まで立っていたりしたからな。それに比べれば今の方が自然だ。
「……まあ最初はこんな所ね。私だったらもっと厳しくいくけど」
「厳しく教えれば良いってもんじゃないってことでどうか一つ頼むよ」
エプリに教わらなくて正解だったかもしれない。早く覚えれるのかもしれないがスパルタ過ぎるのは嫌だ。内心少しホッとする。
そのまましばらくソファーでダラダラしていると、エプリがダラダラするなとばかりに切り出した。
「…………ねぇ? 明日からどう動くつもりなの? 今日一日色々と見て回ったのでしょう?」
「ああ。それね」
昨日はジューネの護衛(仮)で忙しかったので、今日は俺、エプリ、セプトの三人で半ば観光のつもりで街をぶらついてみた。
ジューネとアシュさんは別行動。まだまだ交渉の相手自体はあちこちにいるらしく、今回はアシュさんもいるから二人で充分らしい。
クラウドシープは観光には向いていなかったのでジューネ達に譲り、俺達は徒歩で軽く近くを見て回った。
結果として、軽く見るだけのつもりだったが昼に出発したのに帰りは夕飯時になったと言っておく。見るものが多すぎた。
「一日だけじゃ何とも……かな。見て回るものが沢山ありすぎたと言うか」
「……やはりアナタの居た場所とは大分違う?」
「まあそれなりにな。だけどどこでも町に活気があるのは良いことだ。露店を冷やかすだけでも楽しかったしな」
今回多く見て回ったのは市場。なんというか以前行ったフリーマーケットを彷彿とさせる場所だったな。
雑多で、人混みでがやがやしていて、露店が多く見られたのが特徴だった。もちろん普通に建物の中に有る店もだ。
あと行きかう種族はやっぱりというか様々。一番多いのはヒト種だが、それでも全体の六割くらいだろうか。
残りは獣人だったり、エルフだったり、ドワーフだったりと、ファンタジー感たっぷりの人混みだった。そしてこのノービスの特徴として、魔族っぽい人もちょこちょこ見かけたな。
これまで知る機会はなかったのだけど、一言で魔族と言っても結構細かな分類があるらしい。
大まかな特徴としては大体が人型で、身体の何処かにヒト種と違う部分があると思えばいい。額に第三の目があるとか、肌の色が緑色だとかだ。
獣人との最大の違いは、獣人が基本動物が二足歩行したような見た目ですぐ分かるのに対し、魔族はヒト種と違う部分さえ隠せばヒト種とほとんど変わらないという点だ。ある意味これがヒト種が魔族を嫌う理由かもな。
ちなみにセプトは分かりづらいのだけど、背中の肩甲骨の辺りから小さな黒い翼が生えていた。身体が大きくなるにつれて翼も成長するらしい。
「……楽しむのは勝手だけど、油断して金をスラれないようにね」
「それはほらっ! エプリが見張っててくれれば大丈夫さ。……やりすぎには注意してほしいけど」
間食にブルーブルの串焼きを買って食べ歩いている途中、一度スリにポケットの金をスラれかけたのは驚いたな。まあ銀貨数枚をもって逃げようとしたところをエプリに見破られて風弾を脚にぶち込まれていたが。
その人はそのまま近くを巡回していた衛兵さんに連れられて御用となった。話を聞くとスリの常習犯だったらしい。
過剰防衛じゃないかとひやひやしたが、ちゃんと手加減していたのでせいぜいが軽い痣が出来る程度のようだ。俺にも手加減してほしい。
「私も、次は、やっつける」
「頼むからセプトもやりすぎないでくれよな。しかしここまで魔族が普通に出歩けるんだったら、警戒してセプトに魔法をこっそり使わせなくても良かったかな」
「……どうかしらね。全く魔族への敵意を持たない者ばかりじゃないし、隠せるなら隠しておいても良いかも」
それもそうだ。セプトはパッと見はただの美少女だし、むやみに魔族だって知らせることもないか。
「じゃあこれまで通りセプトは魔法を使う時はこっそりとな」
「分かった」
セプトは素直に頷く。と言っても毎日ある程度は魔法を使わないといけないので、適当にこの屋敷の中庭を使わせてもらう事になりそうだ。
「それとな。明日からは早速金を稼ぐために色々やってみようと思う。と言ってもまだ思いついたことが二つ三つあるだけだから、上手くいくかどうか分からないけどな。あんまりあてにはならないかもだけど、二人とも手を貸してくれるか?」
正直俺は“相棒”じゃないので商才とかは多分ない。それに一人で何でもできるとも思っていない。ならばその分は誰かに手を貸してもらうしかない。
こういうものはどちらかと言うとジューネに頼んだ方が良い案を出してくれるだろう。勿論ジューネにも後で相談するつもりだ。
だけど、先にどうしてもこの二人に話しておかなくてはいけないと思った。何せ俺が失敗したら最も影響が出るのはこの二人だからな。そして、
「うん。任せて
「……内容にもよるけどね。無論その場合護衛代とは別に対価を請求するけど。……だからしっかり成功させて稼ぐことを勧めるわ」
ほとんど即答の二人の言葉に、俺は深々と頭を下げる。……ちょっとエプリの言葉が不安だったけどそこは置いておこう。
「ありがとう。二人とも。……ってイタタタッ!?」
急にボジョが服から触手を伸ばして俺の頭をぶっ叩いた。どうやら二人にだけ聞いて自分に聞かなかったことに腹を立てたらしい。
「悪かった。悪かったってば。ボジョも手伝ってくれるか?」
そう聞くと触手はピタリと止まり、ゆっくりと上下してまた服の中に戻っていった。今のは手伝ってくれるってことかな?
「……まったく。締まらないわね。でもアナタらしいと言うべきかしら」
俺としてもここでビシッとしたかったんだけどな。中々上手くいかないもんだ。
「……それで? 結局私達に何をさせようって言うの? ギルドで依頼を受けてモンスターの討伐でもすれば良いのかしら?」
「ああいや。まずは明日ジューネも含めて案を聞いてもらって、そこで意見とかを言ってもらえれば良いかな。あとはまあ場合によっては護衛しながら売り子もやってもらう事になるけど」
「……売り子? 商売でも始めるの?」
「まあな。まずは手始めに、
それを聞いてエプリもセプトも不思議そうな顔だ。確かにこの手段はあんまり使っていいものじゃないしな。やりすぎるとマズイことになりかねない。
だがまあこの都市の滞在期間はもう十日も無いし、ごく短期間ってことで勘弁してもらおう。
さあて。明日から忙しくなるぞ。
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