閑話 探し続ける者達

「ふむ。やはり国家間長距離用ゲートはまだ復旧できそうにないか」

『そうだ。外側の設備はあらかた直りつつあるが、肝心要の動力源である魔石の目途が立っていない。人力で補おうとすれば、少なくとも腕の良い空魔法の使い手が十名は必要になる』

「ただでさえ多くない空魔法使いを少なくとも十人。それも腕の良いという指定がつくとなると難しいな」


 ドレファス都市長は果実酒を口に含みながら思案する。ちなみに一杯で終わらぬほどに話は進み、瓶の中身はもう半分以下になっている。


「王都襲撃の傷はまだ深し……と言ったところか」

『まったくだ。ところでそっちもこのことで会談を行うんだって?』

「ああ。まだはっきりとした日取りも場所も決まってはいないがな。大体この辺りという目星くらいはついている」


 ドレファス都市長の推測では、本命が交易都市群第一都市アスタリオ。次点で第四都市ドンザンだ。


 ちょっとした集まりなら交通の便の良さでドンザンに集まるのが通例だが、今回はおそらく全都市長が召集される。この場合権威という意味でアスタリオが優先される可能性は高い。


 日取りについては未定だが、いつ決まっても良いようにドレファス都市長は動いていた。


『都市長は苦労が多いな。俺だったら二、三日で投げ出してる』

「二、三日は出来るのなら代わってみるか? 今なら有能な部下も付くぞ」

『遠慮しておく。俺は過労で倒れたくないからな』


 都市長の冗談交じりの言葉に、ディランは茶化しながらも真面目に返す。以前その言葉通り本当に倒れたことのある都市長は、言外に働きすぎるなと言われている気がして耳が痛い。


「それもこれも、誰もあの時爵位の話を受けようとしなかったからだろう。折角冒険者から貴族になれるチャンスだったというのに」

『それはそうだ。あの時の面子は全員貴族なんて柄じゃない奴ばっかりだったものな。あの中でまともに受けられるのはお前くらいのものだったろうよ』

「もしあの時の私に会えたら一言言ってやりたいよ。死にそうなほど苦労するから覚悟しろとな」

『……だが、お前はそんな言葉を聞いたとしても、投げ出したりはしなかっただろうな。一度決めたことを簡単にはよ』

「…………多分な」


 ディランのしみじみとした言葉に、ドレファス都市長は照れたようにポツリと呟いた。





 その後も互いに利が有ったり、あるいは単なる雑談になったりという会話を続けていき、もうすぐ話も終わりの時が近づいてきたと都市長は考える。


 本音を言うならまだじっくり話をしたいところだが、都市長という身分上寝坊して遅刻なんてことは避けなければならないのだ。


 よって、いつも話の締めに決まって持ち出す話題を振る。


「……ディラン。の情報は有ったか?」

『いや。相変わらずあの時からどちらも消息が途絶えたままだ。モンスターにやられて食われたとしたら遺体の一部や血痕も見つからないのはおかしい。丸呑みという事も考えられるが、その場合は身に着けていた装備が排泄物と一緒に残るはずだ。アンデットにでもなったとしたら見た奴の報告がありそうなものだし、純粋に消えたという表現がぴったりだ』


 二人が話すのは、昔一緒にパーティを組んでいた冒険者仲間のこと。馬鹿馬鹿しく、愚かしく……最も輝かしかった頃の戦友達。


 一人はお喋りでお調子者かつ悪戯好きなパーティのムードメーカー的存在。もう一人は逆に寡黙だったが、良い腕をした斥候だった。


『ドレファス。前も言ったが、もう十年以上も消息不明となると生存自体は絶望的だ。それでもお前は諦めないのか?』

「生きているから探す。生きていないから探さないではない。あいつらに何が起きたのか知りたいから探す。それだけだ。……それに、お前もそれを知りたいから今でも調べ続けているんだろ? ディラン」

『まあな。こっちもまだ終わらせるつもりは無い。妖精国フェアルフでもジニーが調べてくれている。向こうも探すのをやめる気は無いってよ』

「まったく。私も含めて諦めの悪い奴ばかりだ。……では、諦めの悪い奴らでもう少し粘るとするか」


 ドレファス都市長は残った果実酒をグイっと飲み干すと、もう少しだけ明日寝坊するかもしれない危険を冒すことにした。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 二日前の昼過ぎ。ココの大森林にて。


「行けども行けども木々ばかり。一向に人里につく気配が無いな」


 時久バカ野郎を追いかけて異世界にやってきた、ゲームの八番目の参加者にして“相棒”こと西東成世さいとうなるせは……四日ほどココの大森林を彷徨っていた。だが、特に食料などに困っている様子はない。


「プ~イ。プイプ~イ!」


 謎の苺大福モドキのプゥは元気いっぱいにそこら中を跳ねまわり……と言うよりふよふよと浮かんでいるので飛び回り、木々に生っている果実を発見しては器用に触角と口でもいで地面に落としている。


 時々ついついそのまま食べてしまうのはご愛敬。成世もそれを見て軽くため息をつきながらも、見つけた者の役得だと割り切って怒ることなく落ちた果実を拾っていく。


 ココの大森林はその広大さもさることながら、森の恵みという点でも非常に優れた場所だ。


 よく探せば果物もあちこちに生っているし、食用になるキノコなんかも色や大きさなど気になる点を度外視すればあるにはある。


 流石にプゥが極彩色のキノコを食べた時は成世も焦ったが、その後何事もなく跳ねまわっていたのでホッとしたのは内緒だ。


 その分そうした物を主食とするモンスターも多く生息しているのが普通だが、初日の成世の威圧感で軒並み逃げ出したためほとんど出くわしていない。


 そのため成世も無理やり強行軍をするのではなく、食料などを確保しながら少しずつ着実に進んでいた。





 そんな中を半ばハイキングのごとく突き進む成世達だったが、今はここに来た当時と少し変わっていた。奇妙な道連れが増えていたのだ。


「ヘイヘイプゥやプゥさんや。オレ様のとこにも一つ落としてくれニャいか? ……っと。その調子ニャ。ど~れオレ様も一つ頂こうかニャ」


 プゥが落とした果実にあ~んと大きな口を開けてかぶりつこうとするそいつに対し、成世は横からサッと果物をかっさらう。


 カチンと音を立てて歯を噛み合わせたそいつは、残念そうな顔で成世を見つめる。


「ヒドイっ! メシを奪うだなんて動物虐待ニャよボス! こんニャか弱い子猫ちゃんをいじめるニャんて…………ハッ!? もしかしてそういう趣味があるニャ? コワ~い」

「お前のどこがか弱い子猫だ。ナエ。お喋りでお調子者のふてぶてしい猫の間違いだろ?」


 ナエと呼ばれたそいつは、真っ赤な炎のようなキレイな毛並みをした猫だった。思いっきり子猫ではなく成猫サイズである。


 それが普通に人をおちょくるかの如くペラペラと喋るのに、成世もこの数日で大分慣れていた。


「プゥに採らせて自分だけ楽しようとするんじゃない。せめて自分で採ってこい」

「えっ!? 自分で採ってきたら食べても良いのかニャ?」

「無論俺がそのまま持っていく」

「理不尽ニャっ!」


 ナエはコミカルにコロコロと表情を変えながら、仕方ニャいなとばかりに地面に何か生えてないか探し始める。


「まったく。お喋りばかりで少しはリョウを見習え。あいつはさっきから黙々と仕事をしているぞ」

「あのワン公は元々無口ニャ。リョウに比べれば誰だってお喋りってもんだニャ」


 成世とナエの視線の少し先には……一頭の狼がいた。影のような真っ黒な毛並みに堂々たる体躯。上に乗って走れるとまではいかないが十分デカい。


 それなのに自称犬のリョウは、一頭だけ先行して様子を探っていた。自分達以外の痕跡が何かないか? あるとしたらそれはどんな奴のものか? とても重要な仕事である。


「少し不安になってきたので一応改めて聞くが、お前達は俺の“召魂獣”で間違いないんだよな」

「そうともニャ。ボスのご命令とあらば、たとえ火の中水の中。愛玩用ペットから戦闘の手伝いまで引き受ける“召魂獣”ニャ~よ」

「お前はまるで俺の命令を聞かないくせによく言うな」

 

 成世がこの世界に来る際に、特典として貰った加護は“召魂術”。文字通り、魔力で器を形作って召魂獣として使役する。俗に言う死霊術と似て非なるものだ。


 戦力としてはともかく人手が増えるのは助かると考えた成世だったが、実際はこの通り決して絶対服従ではないため扱いが難しい。


 おまけに誰の魂を呼び出すのか、どんな姿で呼び出されるかもランダムだ。一度呼んだ相手なら指定は出来るが、下手に厄介な奴を呼び出したら面倒なのでホイホイ使えないという困った加護でもあった。


「……で? ?」

「そうだニャ。朝もリョウの奴に軽く聞いてみたけど、向こうもあまり思い出せないって。元となった魂の記憶が虫食いだらけってのは困るよニャあ。自分のニャ前も死因も全然思い出せニャいんだから」


 召魂術で呼ばれた召魂獣は、共通して記憶に欠落を抱えている。特に前世に繋がるような部分はかなりぽっかりと消えているらしく、今の名前は全て成世が付けたものだ。


 特にプゥは記憶の欠損が酷く、ほとんど子供のようなまっさらな状態だ。


「プ~イ。ププイプ~イ」


 飛び回って疲れたのか、プゥが最近定位置となりつつある成世の頭の上に着地する。何の話? というような眼をしたので、成世が軽く説明したがよく分かっていないようだった。


「やはりナエもリョウも、なくした記憶を取り戻したいと思ったりするのか?」

「リョウがどうかは知らないけれど、オレ様はそうだニャ。と言ってもオレ様が元それなりに腕の良い冒険者だったってことはちゃんと憶えてたし、記憶が無いと不便ではあるけどもしかしたらこっから先ふっと思い出すかもだしニャ。気長に行こうぜボス」

「……そうだな。もしお前達が自身の記憶について調べたいというのなら、俺もあの時久バカを探すついでくらいには手を貸すとするさ」


 記憶が戻れば何か情報が得られるかもという下心からではあるが、成世はそう言ってナエに不敵な笑みを見せる。ナエはその言葉に一瞬驚き、


「……堂々とついで扱いするその言葉にもうオレ様喜んでいいやら呆れていいやら。乙女心を揺さぶる罪な男だニャ。でもまあ、それじゃ手を貸してよかったって思えるくらいにはお仕事頑張ろうかニャ。はいこれ! そこに生えてたキノコニャ!」


 何とか食べれそうなキノコを見つけて成世に差し出す。成世はそれを受け取ると、


「預かろう。……それとこのタイミングでこっそり一つちょろまかすのはどうかと思うぞ」

「バレたかニャ」


 ナエはペロリと舌を出しながら、肉球の間に器用に挟み込んでいたキノコを見せて困ったように笑った。

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