第115話 地下の展示室

「ところでジューネちゃんや。そういえばワシに何か用があるんじゃったかの?」

「だから商談だって最初から言っているじゃないですかっ!」


 ひとしきり喜んだあと、ヌッタ子爵がそう言えばと切り出したのにジューネが食いつく。まあまあ。落ち着けよ。最初から向こうに主導権を握られてるぞ。


「ああそうじゃったそうじゃった。それで? 今回はどんな品を持ってきてくれたのかの? 言っておくがワシは物にはちとうるさいぞい」

「今回もあちこち回って色々と集めてきましたよ! ……ただ少々この部屋では手狭と言うか」


 子爵がニカッと笑いながら言うと、ジューネが少し困ったように答える。


 ……それはなんとなくわかる。ダンジョンでもジューネの背負っている巨大リュックサックが拡がって店になったからな。この応接間で拡げると少し問題がありそうだ。


「よしよし。無事にそれも機能しとるようじゃな。ならいつもの通り確認室に向かおうかの。あそこなら広いし頑丈に造ってあるから安心じゃ。……お前さん達もどうじゃ?」

「言わずもがな。ご一緒します」

「……護衛が離れても仕方ないものね」

「一緒に、行く」


 という事で、俺達もその確認室に同行することにした。話の流れからすると収集品のチェックをする場所のことだろう。いったいどんな風なのか少し興味がある。


 俺達は先頭に立つヌッタ子爵の先導の下、その確認室に向かった。お付きのメイドさんは一緒には来ないようだ。ちょっと残念。





 向かう先は地下にあった。偽装されてパッと見壁にしか見えない扉から入り、それなりに階段を下りた先の通路をヌッタ子爵の後に続いて歩く。地下はこの世界に来たばかりの頃の牢獄を思い出すな。


 通路はいくつにも枝分かれしていて、少しでも道を間違えたりすると防犯用の罠が作動し、死なない程度に侵入者をボロボロにして捕まえるというから恐ろしい。ちょっとしたダンジョン並みの防犯システムだ。


「そう言えばお前さん達。ちょっと展示室に寄っていくかの? どんなものがあるかは気になるじゃろ?」


 途中二つに分かれた通路の前で急に立ち止まり、ヌッタ子爵がそんなことを言いだした。


 ……確かに気にならないと言えば嘘になるが。エプリの方を見ると興味ないわと言わんばかりに首を横に振っている。一応危険はなさそうだけど今は護衛中だしな。


「はぁ。また子爵の自慢話ですか? …………仕方ありません。ちょっとだけですよ」


 そこで意外なことにジューネ本人がOKを出した。苦笑しているのでこのことも想定内という事だろうか。まあ商談のための計算づくというよりは、おじいちゃんの趣味に付き合っている孫という感が否めないが。


 折角ジューネの許可も出たので、そうして別れた通路の片方を通って辿り着いたのは、明らかに上の建物の敷地よりも広い空間だった。地下だからって他の人の土地に入ってないかこれ?


 この場所のあちこちに明かりとして魔石が埋め込まれているようで、地下であっても光量は充分。そこには多くの品物が整然と並べられていた。まるでデパートか何かだな。


「これは…………すごいですね」

「そうじゃろそうじゃろ。分かってくれるかトキヒサ君」

「ええ。これだけあるとある意味壮観です」


 そこの品は整然と並べられてはいたが、とにかく種類が多すぎて全てを把握するのは難しそうだ。


 武具、書物、宝石類、絵画。そこまではジューネから聞いた内容とも一致するので心の準備が出来ていた。しかしそれ以外にも何だかよく分からない品がゴロゴロしている。


「あのぅ。これは何ですかね?」

「よくぞ聞いてくれたトキヒサ君。それはロックスネークの抜け殻じゃよ。ロックスネークは数年に一度脱皮するんじゃが、大概古い皮はすぐに風化して無くなってしまうんじゃ。しかしこれは風化する前に素早く処置を行ったため、この通りほぼ全身そのままで残っておる。しかもこの大きさを見よ。何度も脱皮を繰り返したようで平均より二回りは大きい。ここまでの品はめったに手に入らないわい」


 やたらデカくてゴツゴツした蛇の抜け殻を指差すと、ヌッタ子爵は嬉々として説明してくれる。……これ少なく見積もっても某パニック映画の蛇並みにデカいぞ。あの蛇みたいに人を丸呑みにするんじゃないだろうな。


「じゃあこれは?」

「おぅ! セプトちゃんはこれに興味があるのかい? なかなか良い好みじゃのう。これはな、十年花の苗木じゃよ。その名の通り十年かけて花を咲かせるという珍しい品種でな。くわえて育て方によって咲く花の色や形が変わるという。……と言ってもまだ二年目なんじゃがの」


 セプトが小さな植木鉢に興味を持つと、子爵は優しく笑いながら教えてくれる。植木鉢からは芽が出ているが、二年でこれだけしか成長しないとは気の長い話だ。


 他にも下手に触ると毒性のある石とか、見るからに禍々しい感じの鎧なんかも置かれていたけど、見て回るのは結構楽しいな。博物館とか元の世界でも割と好きだったし。


 コレクターというのは皆自分の集めたコレクションの自慢をするのが好きという話だし、どうやら子爵もその例に漏れず、聞けば丁寧に解説してくれるので嬉しい。


「…………子爵。そろそろ先に行きませんと」

「おっと。そうじゃった。すまんのうジューネちゃん。ついつい話が弾んでしまっての」


 あんまり悪びれていない感じで子爵は謝り、名残惜しそうに一度振り向いたかと思うと再び歩き出した。まずはそっちだよな。うん。…………コレクションはまた後で時間が出来たら見せてもらいたいな。





「着いたぞ。ここじゃ」


 そうして子爵に連れられて一度通路の分かれ道まで戻り、反対の道を進んでしばらくすると妙な部屋に出た。


 入口も壁もやたら大きく、そして頑丈そうに作られていて、外から勿論のことこじ開けて出てくるのは難しそうだ。


 確認室と言うのだからつまりはそういうことだろう。その確認する何かが危険物だった場合、外への影響を少しでも減らすための部屋。


 さっきのコレクションの中にも何やらちょこちょこ物騒な物もあったしな。どうしても安全性の確保のためにこういう部屋は必要なのだろう。


 子爵がカギで扉のロックを外し、俺達は全員中に入ったところで再びカギがかけられる。中は俺の通っている高校の教室よりも少し広いくらい。


 天井もかなり高めでおよそ建物二階分と言ったところだ。下りた階段の距離を考えるとそのくらいはあるのか? ……下手にショックを与えたら崩落とかはしないよな?


「よし。ここなら良いじゃろ。じゃあジューネちゃん。さっそく品物を見せてもらおうかの」

「はい! では皆さん。少しだけ離れてください」


 子爵の言葉にジューネ以外は全員壁際まで退避する。そして全員離れたことを確認し、ジューネはリュックサックを下ろして上部の留め金を外した。


 するとリュックサックは見る見るうちに拡がり、あっという間に簡易的な店を形作る。簡単な机に椅子。棚には細かな商品が並べられ、ちょっとした屋根まで付いているので野外でも問題なさそうだ。


 ……相変わらずどうなっているんだこのリュックサックは? 明らかに元の体積より物が多いぞ。ライトノベルやファンタジーでお約束の道具袋みたいだな。


「ふむふむ。不具合も無くちゃんと動いておるわい」


 子爵はたいして驚きもせずにその一連の流れを眺めている。旧知の仲のようだから、これのことも当然知っていたのだろう。


「さあてお立合い! ここに建ちますは移動式個人商店ジューネのお店。我が店に並びますは、種類だけはちょっとした自慢の品物の数々。どうぞ存分にご確認くださいませ」


 久々にジューネが商人モードになって、オーバーアクション気味にゆっくりと一礼しながら宣言する。


 品物をそのまま品物だけで売るのは二流。上手い商人は品物もフルに使って売るものだ。声や身振り手振りから始まり、買い手が買っても良いと思えるように場の雰囲気を盛り上げる。だが、


「ほほう。言うのぉジューネちゃん。しかしワシも少しばかりは目鼻舌肥えついでに身も肥えた男。ワシを唸らせられるほどの品が用意できるかのぅ?」


 その口上を聞いてフフフと不敵に笑うヌッタ子爵。確かに子爵も多くの品物を集めてきたコレクター。その見識は伊達ではなく、生半可な物なら簡単に突っ返されるだろう。気のせいか子爵とジューネの間に一瞬火花が散った気がした。


 剣と剣を、拳と拳を、魔法と魔法をぶつけあうだけが戦いではない。互いに向き合い、いかに自分の望む展開に持っていくか。それは決して物理的なものばかりではない。


 敢えて言おう。それもまた戦いだ。





「…………もう少し普通に出来ないのかしら」

「よく、分からない」


 ジューネとエプリは微妙によく分からないといった感じで一歩引いて眺めている。良いんだよ。これも多分ロマンだと思うから。

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