第114話 一人目はおじいちゃん
俺達は最初の商談に臨むため、都市長の用意してくれたクラウドシープに乗って出発した。先頭に頭を出しているジューネが時折方向などを指示すると、
「…………なあ。ジューネ」
「何ですか?」
「一つ気になったんだけどさ…………
考えてみよう。見た目ふっわふわの雲みたいな羊が町中を移動していたらどうなるか? 答えは簡単。非常に目立つ。さっきからすれ違う町の人に好奇の目で見られているもんな。
おまけにこの雲羊はそこまで速度は出ていない。体感で言うと自転車と同じか少し早いくらいだ。……雲みたいなデカい羊が車みたいな猛スピードで動いてたらそれはそれで怖いが。
「あぁ。それはそうですよ。これは敢えて
「どういう事だ?」
「元々このクラウドシープは、この町ではドレファス都市長が客人に貸し出すことで有名なんです。つまりこれに乗っているという事は、都市長の庇護下にあるという事。この町において都市長は相当の実力者ですからね。商談の時に切れるカードは多い方が良い」
なるほど。つまりこうやってわざと目立ちながら行くことで、商談相手にジューネのバックには都市長がいるぞって知らせてるわけだ。
なんか虎の威を借る狐みたいだけど、商人としては準備段階ですでに商談は始まっているみたいなもんなんだろうな。
「それにあらかじめこうしておけば、この町で動く際には色々と楽になると思いますよ。顔も売れますし」
「商人じゃないんで別に顔は売れなくて良いんだけどな」
「……同感ね。逆に動きづらくなりそう」
まだ何かを売ると決めたわけでもないし、知らないうちに有名人になっているっていうのも困るんだけどな。
エプリも何処かげんなりした顔をしているし、セプトはいつも通りの平常運転で時々周囲をじっと眺めている。ボジョは俺の服の中に引っ込んだっきりだ。
……まあそれは置いといて。
「ジューネ。そろそろ商談の相手のことを話してくれても良いんじゃないか?」
「……そうね。護衛としては情報があった方がやりやすいから」
俺の言葉にエプリも追従する。移動中に話すってことだったからな。頃合いのはずだ。ジューネもその言葉を聞いて、雲羊に何かの指示を出すとこちらに向き直る。
すると雲羊は、心なしか少し速度を落として勝手に進み始めた。場所さえしっかり指示しておけば自分で向かってくれるらしい。賢い羊だ。
「この調子ならおよそ二十分もあれば到着するでしょう。その間に、これから会う方について話しておきましょうか」
「出発する前に聞いた話だと、今日会う三人の内の一人なんだよな?」
俺がそう聞くと、ジューネはそうですと頷いて答える。
「ヌッタ・ムート子爵。この方は一言でいうと…………収集家です。それも分野を問わない類の」
「分野を問わない? つまり種類とかに関わらず自分の気に入った物をドンドン集める人か?」
「はい。宝石や絵画など美術品に始まり、刀剣などの武具や古代の魔導書まで、様々な品を収集しています。……ですがその中には常人の感性が及ばないものもいくつかあったりして」
「他者の評価を頼りにするんじゃなくて、完全に自分の趣味で集める人か」
時々いるんだよなぁそういう人が。他の人から見ると訳の分からない物でも、自分が気に入っているから大事に集めるタイプ。
管理がしっかりしていないと家が物で溢れてごみ屋敷になっちゃうこともあるけど、貴族らしいからそこまでは大丈夫かな。メイドさんとかが片付けてくれそうだし。
「いわゆる趣味人……って奴かね?」
「まさしくその通りです。ただ以前はヒュムス国の王都に居を構えていたそうですが、あまりに財を使うもので他のムート家の方達に半ば無理やり隠居させられ、そのままここに追いやられたと以前仰っていました」
「それは……なんというか」
そこまでされるとは一体どれだけ使ったんだか。ちょっとやそっとなら追い出すまではしないだろうからな。それこそ家に影響が及ぶくらいの額じゃないと。
「……私には理解に苦しむわね」
「しかし上客であることは確かです。それに能力や人格的には申し分も無いのです。本来であれば子爵ではなくもっと上の爵位を得ていてもおかしくないと評判でした」
だけど散財のせいで諸々ダメに。……本人がどう思っているかは知らないけど、傍から見たら転落人生もいいところだぞ。
「……それで? 商談なのだから品物を売り込むのでしょう? 何を持ち込むの?」
「色々ですよ。何で琴線に触れるか分かりませんからね。……トキヒサさんのお持ちの時計も売り込むつもりだったのですが」
そこでジューネが俺の腕時計をチラリと見る。
なるほど。昨日腕時計を即金で二十万デンで売り込むとか話していたけど、それはどうやらそのヌッタ子爵に売り込むつもりだったらしい。……だから今は売らないっての。
「まあ気が変わったらいつでも言ってくださいよ。……それと、ヌッタ子爵はとても寛容な方ですが、それでも失礼のないように。特に収集品には絶対に触らないでくださいよ」
「分かってるって。エプリは大丈夫だとして……セプトもボジョも触っちゃダメだぞ」
「うん」
二人(一人と一匹?)も了承したように頷く。さてさて。その趣味人の子爵さんはどんな人なのかな?
到着した子爵の屋敷は都市長の屋敷より一回り小さかったが、それでも一般家庭からすれば豪邸と呼べるものだった。
大体この時間に来ることは出しておいた手紙で分かっていたのだろう。すぐにメイドさんに連れられて応接間に招かれる。偉い人はどこでもメイドさんを雇うものなのだろうか? そして少しして、
「やあやあジューネちゃんじゃないか。ここしばらく顔を見せに来てくれないものだから、ワシもすっかり老け込んでしまったわい」
「人前でちゃん付けはやめてくださいよヌッタ子爵。……お久しぶりです。しばらくダンジョンに潜っていまして。それとまだまだお元気そうですよ」
やってきたヌッタ子爵とジューネはこんな会話から商談が始まった。
ちなみに俺のヌッタ子爵の第一印象は…………タヌキだ。歳は見たところざっと六十くらいか。身長は俺より少し上くらいで高くはない。
だがでっぷりと出た太鼓腹を揺らして歩く様は、どことなくユーモラスでタヌキを連想させた。酒瓶でも持っていたら完全に信楽焼のアレである。
だけど二人の会話ぶりからすると、どうにもただの商人と客と言う感じではなさそうなんだけど。
「ワッハッハ。さあさあ座って座って。お~い。もてなしの準備じゃ。ジューネちゃん甘いもの好きだったじゃろ? この前王都から届いた菓子でも食べるかの? 中々にいけるんじゃよ」
「えっ! 甘いもの! いやいや。今は商談をしに来たんですから要りません。……終わったら頂きます」
なんかおじいちゃんと孫みたいだな。顔は全然似てないんだけど雰囲気が。
……気のせいかエプリが複雑な顔をしている気がする。フードをしているからはっきりとは分からないんだけど……何となく。
「ところで…………そこの者達はどちらさんかの?」
こちらを見る時、一瞬だけ子爵の目が値踏みするように細まる。流石貴族。ただのおじいちゃんじゃあなさそうだ。
「彼らは私の同行者です。本来ここにはアシュが立ち会うはずだったのですが、急な用事が入ってこれなくなってしまったのです。そのため護衛として来てもらいました」
ジューネの紹介により、子爵から出る鋭い気配が収まっていく。自己紹介するなら今だな。俺達は順に名前を名乗っていく。
しかし、何やら子爵の様子がちょっとおかしい。俯いてふるふると震えている。
「………………」
もしやエプリがフードを取らずに自己紹介なんてしたから怒ったのか? それともセプトが子供っぽ過ぎるからとか? ……まさか男子が護衛なんかしちゃダメってことはないよな?
そして子爵はグッと顔を上げ、
「…………ジューネちゃんが友達を連れてきおったああぁっ!!!」
腕を天に突きあげ、力の限りそう叫んだ。そこなのっ!? それとそのポーズはそのまま昇天しそうだから止めといた方が良いですよ。
「えっ!? 友達と言うより同行者なんですけど。あと取引相手でもあります」
ジューネの否定とも肯定とも微妙な言葉を聞きもせず、ヌッタ子爵は小躍りしている。それが終わると何故か順に俺達の手を取っていく。
「ありがとうの。お若いの。このジューネちゃんときたら、商人に友達は不要なんて意地を張って同年代の相手と全然仲良くなれなくてのぅ。ましてやここに他人を連れてくるなんて滅多にない。心配していたんじゃが、これで少し安心したわい。どうかこれからもジューネちゃんと仲良くしてやっておくれ」
さっき一瞬見せた鋭さはどこへやら。完全に孫を心配するおじいちゃんの様相である。しかしその思いはどうやら本物のようで、俺はただうんうんと頷くしか出来なかった。すごいおじいちゃんである。
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