第94話 ゴメン。忘れてた

「急なことで申し訳ない。本来はノービスに行くのは体調のことも考えてもう少し経ってからの予定でしたが、ここまで回復しているのなら早い方が良いと考えたのです」


 ノービス。交易都市群の都市の一つらしい。どうやらそこに行ってほしいとのことだった。追放にしては目的地があるのは妙だな。……まあ交易都市群にはどのみちアシュさんの伝手を頼ることもあるから行く予定だったから良いけど。だけど、


「あのぅ。追放されるにしても、道が分からないので場所を教えてもらえるととても助かるんですけど。あと厚かましいですけど荷物とかも持っていけるとなお嬉しいって言うか」

「追放? そんなとんでもないっ! 元々ダンジョンでのことを報告する際に、証人として立ち会ってもらうという話だったではないですか」


 ……そう言えばそうだった。マコアのこととか色々と話さないといけないんだった。って、つまりここから一番近い町がその交易都市群の都市の一つのノービスだという事か? 何だかんだ町の名前を聞いていなかった俺のミスだな。


「それにここよりもノービスの方が医療施設も整っています。このままでもトキヒサさんは回復するとは思いますが……セプトさんのこともあります。こちらも診せるなら早い方が良い」


 後ろの方の言葉は少し抑えめだ。セプトの身体に魔石が埋め込まれていることは、混乱を避けるために一部の人にしか知らせていない。ゴッチ隊長もテントの外に話が漏れないように気を付けてくれているみたいだ。


「ただ残念ながら、ダンジョンの方でちょうど手が離せない状態でして、私は同行することが出来ません。しかし報告用の書類等はまとめてありますので、ラニーに代わりに行ってもらいます。万が一セプトさんの容体が変化しても、ラニーが一緒に居れば対処できる可能性も上がるはずです」


 その言葉にラニーさんが一歩前に進み出る。なんと専門の人が同行してくれるとは心強い。…………しかし、


「ですがラニーさんは調査隊の薬師なんでしょう? これからまたダンジョンに突入するというのに薬師がいないというのはマズいんじゃないですか?」

「……正直に申し上げて非常にマズいですね。なのでラニーは報告と向こうの引継ぎが済み次第、すぐにこちらにとんぼ返りという事になります。多少強行軍になりますが、本人も了承しています」

「えぇ。セプトちゃんを放ってはおけませんから。そのためなら多少の無茶くらいどうってことありません」


 ゴッチ隊長の言に、ラニーさんがそう力強く断言する。ちなみにセプトは調査隊の人(特に女性陣)から人気がある。お人形さんみたいで可愛いとかなんとか。ここの人達は魔族だからと言って特に嫌う様子もなく、セプトも色々と教えてもらっているという。


「当然だが俺とジューネも一緒だ。物資の補充とか情報集めとかいろいろやることがあってな」

「儲け話はそこら中に転がっていますからね。商人に暇はないのです」


 アシュさんとジューネも一緒に行ってくれるらしい。まあこのまま調査隊と一緒にいるよりは、町に行った方が儲け話が転がってそうではあるが。


「……私も護衛として同行するわ」

「うん。行く」


 エプリも当然のごとく参加。セプトに至っては居なきゃ始まらない。となると……。


「行くのは俺に、ラニーさん、エプリにセプト、アシュさんとジューネの計六人か。どのくらい遠いのかは知らないけど、歩いていくとなるとそれなりにかかりそうだな。……あっ!? 忘れてた。バルガスも連れて行かないと」


 ここ数日会っていなかったが、バルガスも凶魔化なんて酷く身体に悪いことをしたんだ。ちゃんとした医療施設に連れて行った方が絶対に良い。……しかし考えてみればおかしいな。俺はずっと医療テントの中にいた。なのに同じく治療中だったバルガスと会っていないというのはどういう訳だ?


「えっ!? 気付いていなかったのですか?」

「……意外と薄情ね。トキヒサ」


 何やら嫌な予感がして聞いてみると、すでにバルガスは俺が怪我で意識不明の間にノービスに移送されていたらしい。ゴメンバルガス。怪我やら何やらですっかり忘れてた。俺はそっと内心バルガスに手を合わせて頭を下げる。次に会ったら謝ろう。


 ちなみに連れて行ったのはゴッチ隊長他数名。着いた後に検査や簡単な報告なども行っていたので、そのまま数日程滞在していたらしい。


 その間はダンジョンの調査は足場固めのみに徹し、ゴッチ隊長が戻り次第一気に進む予定だったという。それがゴッチ隊長の言う手が離せない状態という訳だ。確かに調査隊なのに長く調査できないのはマズいよなぁ。


「まあ忘れていたのは置いておくとして、移動のことならご心配なく。ノービスまではこちらで馬車を用意しますので」


 そう言えば一度乗せてもらったな。また使わせてくれるとは大助かりだ。


「……どうされますか? 馬車の用意自体はおおよそ済んでいるので、あとは皆様の準備が出来れば出発していただきたいのですが。勿論まだ体調が思わしくないという事であれば、無理にとは申しませんが」


 考えるまでもない。他の皆も出発に乗り気みたいだし、何よりずっとテントで寝たきりと言うのも少し飽きてきた所だ。


「無理だなんてとんでもない。馬車まで用意してもらって助かります。すぐに出発しますよ」


 という訳で、あれよあれよと言う間に話は進み、昼過ぎには全員出発準備も整い馬車に乗り込むことになった。なんとお見送りに、調査隊の人達の大半が勢ぞろいしていたのだから驚きだ。





「セプトちゃ~ん。また来てね~っ!!」

「先生っ! お達者で」

「ジューネ。品揃え良かったから次も来いよな。待ってるからな」


 こんな感じで盛大なお見送りだ。なんだかんだ皆して仲良くなった人が居たらしい。……当然俺にも餞別の言葉が来たさ。アシュさんの誤魔化しの結果、比較的年の近い隊員達と仲良くなったのは良いのだが……男ばっかりだったのは気にしてないぞ。女性陣は微妙にまだ白い目で見ているのも気にしないとも。


 あと一つ気になったのが、


「すりすり。すりすり」

「おいっ! まだか? 次が詰まってるんだから早くしろよ!」

「もう少し。……もう少しだけだから」


 何故かボジョの前に行列が出来ていた。一人ずつボジョの身体を撫でていく様は、どこかパワースポットにある触れると良いことがある石像的な何かを思わせる。


 後で聞いた話によると、ボジョは調査隊の中でセプトと並んで一種の癒しキャラ的な立ち位置になっていたらしい。確かにあの感触は気持ち良いものな。ナデナデしたくなる気持ちはよく分かる。


 それに荷運びを手伝ったりして評判も上々のようだ。時折ふらりといなくなると思ったらそんなことをしていたのか。


 それにボジョもただただ撫でられていた訳ではない。あまりに時間が長すぎるようなら触手でぶっ叩いて次の人に回すよう注意しているし、撫でた人から礼代わりにちょっとした食べ物などをせしめている。貰った物が小さな山をなしているぐらいだ。


 さらにそれもすぐに食べるのではなく、大きな袋を一つ貰って中に詰めている。どうやら弁当代わりのようだ。本当にしっかりしている。


「…………大層な見送りね」


 そう言うエプリの周りには見送りの人はほとんど来ていない。これはエプリが意図的に人を避けているためだ。クラウンとの戦いでボロボロになった服をジューネから買った物に着替えたが、相変わらず顔を隠せるフードの付いた物を選ぶのは徹底している。


 だが、それでも僅かにだが人が来て声をかけてくる。そういった相手にはエプリも流石に一言二言言葉を返すのだが、フードから覗く表情は嫌がっているような嬉しそうなような複雑なものだ。……もしエプリが混血という事でなければ、もっと普通に話すことが出来たのだろうか?


「そろそろ出発します。馬車にご乗車ください」


 馬車の御者の人が御者席からそう呼びかける。そろそろ行かなきゃな。その言葉を聞いてそれぞれが馬車に乗り込む。


「ラニー。ではこちらをお願いします」

「分かりました」


 出発直前にゴッチ隊長が何かの紙の束をラニーさんに手渡している。あれが報告用の書類らしい。一度向こうに行った時に報告しきれなかったものを、こちらに戻ってから大急ぎでまとめ直したという。これからダンジョンに潜るというのに……お疲れ様です。


「出発します。はぁっ!」


 ラニーさんが乗り込むのを確認すると、御者さんは一声かけて馬に手綱で軽く合図する。それと同時に繋がれた四頭の馬が歩き出し、馬車はゆっくりと進み出した。


 見れば出発する俺達に対して、調査隊の人達が手を振ってくれている。……良い人たちだった。粗方やることが終わったらまた会えるといいな。マコアのこともあるし。俺達はそうして調査隊の拠点を後にした。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 とまあそのようなことがあって、俺達は現在ゆっくりとした馬車の旅を満喫していた。馬車の速度は人が走るのより少し早い程度。急げばもう少し速度を上げられるらしいが、俺達を気遣ってややのんびりと進んでいるという。細やかなお気遣いに感謝だ。


 そして俺達が出発してからしばらく経ち、


「皆さん。……見えてきましたよ」


 御者さんが御者席から言う。おうっ! いよいよか。俺は飛び起きて御者席の先を見る。急に動いたから身体のあちこちがギシギシ言っているが、そんなことは気にならないほどにワクワクだ。そして隙間から見えた先は……。


「…………うわあぁ!」


 まだ少し距離があって細かいところまでは見えないものの、そこに見えたのは確かに町だった。周囲を高い壁に囲まれ、入口に一際巨大な門が存在感を醸し出しているが、壁の上からちらちら見えるのは間違いなく建物の屋根。人が住んでいる証だ。


「おっ! ようやくか」

「え~っと。こちらが子爵に送る分、これがキリに支払う分。これが物資調達用で……」

「さて。それじゃあここまでにしましょうか。セプトちゃん」

「うん。教えてくれてありがと」


 各自がいよいよ到着となって準備を終える中、エプリが話しかけてくる。


「…………で、これから初めて町に入る訳だけど。感想は?」

「そんなの決まってる」


 まだ見ぬ世界のまだ見ぬ町。まだ見ぬ文化。観光ではないから良いことばかりではないかもしれない。危険なことや嫌なこともあるかもしれない。それでも、


「これもまた、ロマンって奴さ」


 こうして俺達は、交易都市群第十四都市ノービスに到着した。

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