第95話 入国審査みたいなもの
「それにしても…………立派な門だなあ」
「交易都市群には様々な種族の方がいらっしゃいますからね。このくらい大きくないといざと言う時に困ります」
俺達の乗った馬車は町の入口にある門に近づいていった。門を見てついポツリと漏らした感想に、御者さんが説明をしてくれる。
少なく見積もっても門のサイズは十メートルくらいある。この世界には巨人種がいるのは知っているけど、そういった大きいサイズの誰かが通ることも考えられているらしい。よく見ると門の前に行列が出来ていて、その先には受付のようなものが見える。
「あの行列は何だろう?」
「ああ。町に入る際は、ちょっとした検査が有るんですよ」
俺が不思議に思うと今度はジューネが答えてくれる。空港とかでよくある入国審査みたいなものか。怪しい奴が入ってきたらマズイもんな……って!? 俺怪しい奴じゃんっ! 元々この世界の人じゃないから戸籍なんてないぞ。
「…………あぁ。もしかして交易都市群の都市に入るのは初めてですか? トキヒサさん」
「そ、そうなんだよ。だから色々と不安と言うか」
「それなら問題ありませんよ。検査と言っても簡易的なものですから。顔を見せて手配書などに載っていないか調べたり、何のために町に入るのかを聞かれるくらいです」
何だ。それなら安心…………じゃないっ!?
「だとするとマズいな。俺は何とかなるかもだけど…………エプリが色々と言われそうだ」
そう言いながらエプリの方をチラリと見ると、エプリはフードをさらに深く被り直している。顔を見せなきゃいけないとなると、混血だのなんだの言われかねないな。ジューネもその言葉にハッとしてエプリの方を見る。
「…………別に、何か言われることは慣れてるわ。……他の都市に入ったこともあるから分かるけど、混血だからと言って入るのを拒まれる訳でもないし。……そうでしょ?」
「え、えぇ。交易都市群のモットーは“どの種族であっても拒まないこと”ですからね。何か言われるかもしれませんが、入ること自体は問題なくできると思います」
「……なら、問題ないわね」
エプリはそう言うと、目を閉じて馬車内の荷物に寄り掛かる。……なんだかなぁ。何か言われることは慣れてるって、慣れても辛くないってことはないだろうに。
「…………分かりました。エプリさんがそう言うなら。安心してください。いざとなったら」
「まあお得意のアレだな。世渡りの知恵って奴よ」
ジューネとアシュさんがなんか黒い笑みを見せる。これはあれか? 山吹色のお菓子的な何かの出番とでも言うのか? できれば真っ当に通りたいんだが…………え~い。こうなりゃ腹をくくってやってやろうじゃないの。
「では、並びますよ」
俺達の馬車は列の一番後ろに並ぶ。見れば俺達以外にも馬車などの乗り物で来ている人は多く、中には馬らしいもの以外にも何やら小型の恐竜みたいなトカゲに騎乗している人もいる。流石ファンタジーだ。
「……あれは騎竜ね。スピードもかなり速いし、単騎でもちょっとしたモンスターになら引けを取らない戦闘力が売りよ。寒さに弱いのと乗りこなすのがやや難しいのが欠点だけど」
騎竜を見つめていたのが分かったのか、エプリが横から説明してくれる。……やっぱり寒さに弱いんだ。見た目的に。
「おやっ!? 騎竜をご所望ですか? もしそうなら良い店を紹介しましょうか? 多少値が張りますが」
「…………遠慮しとく。ああいうのは憧れるけど、色々と問題が多すぎるしな。…………主に金銭的部分で」
ジューネが商売チャンスとばかりに言うが、どうせ紹介料とかをせしめるつもりだろ? それに騎竜を買うにしても、馬にも乗れない俺が乗りこなすまでには時間が掛かる。練習中はしばらくここに足止めになってしまうだろう。
さらに挙げるなら、乗れなくても維持費、つまりエサ代やら寝床の世話やらで確実に首が回らなくなる。つまり時間も金も全然足らないってことだ。ロマンを追うには先立つものが必要だってことだな。
ジューネもこの答えは予想していたのか、それは残念と一言返しただけでそれ以上食い下がりはしなかった。買う見込みのない相手に無理に押し売りするのは下策だとよく分かっているらしい。売れたとしてもほぼ確実に悪い印象が付くからな。
そんな感じで雑談を交わしながら、受付らしき所に向けて行列はゆるゆると進んでいく。少しずつ受付の様子がはっきりと見えてきた。
「二手に分かれているみたいだな」
受付が二つあるのは時間短縮のためだろうか? それぞれに数名の衛兵らしき人が待機しており、来る人来る人に何か質問をしているようだ。
…………マズいな。フードなどを被っている相手には一人ずつフードを取らせている。幸い後ろの人には見えないように見せているようだけど、顔の確認はバッチリしてるじゃないの。やはり避けられないのか。
「おやっ!? どうしたんですか? そんな困ったような顔をして」
俺が顔を強張らせていたのに気づいたのか、ラニーさんがそう訊ねてくる。そう言えば調査隊の人達にはエプリのことは伝えていなかった。エプリが拠点に戻る際もアシュさんが先に行って、予備の服を取ってきてもらって着替えてから戻ったらしいしな。
「……もしかして、エプリさんのことを心配しているのですか?」
「っ!? ……知っていたんですか?」
ラニーさんは俺の正面に立ち、安心させるようにゆっくりと頷いた。そのことはエプリも知っているようで驚いた様子を見せない。セプトは無表情で驚いているのかどうかイマイチ分からないが、ジューネとアシュさんは知らなかったようで少し驚いている。
「トキヒサさんが大怪我をして医療テントに運ばれてきた時、エプリさんも表面上は隠していましたがかなりの怪我をしていましたからね。ポーションで無理やり傷を治してはいましたが、見る人が見たらすぐに分かります。その傷の治療の時に知りました」
「えっと……そのことは他の人には」
「言っていません。隊長にもです。バルガスさんやセプトさんの場合は治療のために報告の必要があるものでしたが、今回のことはそうではありません。患者の秘密をむやみに言いふらすようなことはしませんよ」
ラニーさんは真面目な顔で断言する。職業意識がとてもしっかりしているみたいだ。
「ラニーさんは……その、嫌じゃないんですか? エプリのこと」
だけどこの点は聞いておかないといけない。仕事と私情は別という人もいるだろうしな。ラニーさんは少しだけ考える様子を見せると、真っすぐに俺の目を見て話し始める。
「…………私は職業柄、様々な患者を診てきました。その中にはヒト種以外の方もたくさんいました。ヒト種だから助ける。それ以外だから助けないでは薬師とは言えませんよ。それに……」
そう言って、エプリの方を見つめるラニーさん。
「私も混血の方は初めて診ましたが、最初に会えたのがエプリさんで良かったと思いますよ。意識のないトキヒサさんの傍をほとんど離れようとしなかったあの様子を見たら、私にもエプリさんが悪人でないことぐらいはすぐに分かりましたから」
「ふんっ…………ただ護衛として、雇い主が死なないように見張っていただけよ」
エプリがその言葉に対して割り込むが、ラニーさんは軽く笑って流してしまう。気が付けば話を聞いていたアシュさんやジューネもニンマリした様子でエプリを見ていた。セプトはよく分かっていないようだが、ボジョまで触手を伸ばしてコクコクと頷いている。
……確かに俺が起きた時は手を握っていてくれたみたいだしな。間違いなく良い奴だと思う。それが分かってもらえたなら良いんだ。俺はラニーさんに対し、ありがとうございますと頭を下げる。
「いえいえ。……話を戻しますね。エプリさんの事についてですが、その点は私が受付でとりなしましょう。ご安心ください」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ。微力ではありますが」
ラニーさんはお任せくださいとばかりに軽く胸を叩いた。このように人を安心させるのは薬師としてのふるまいなのかもしれないが、そのままありがたく受け取るとしよう。
結論から言うと、俺達の馬車は無事に門を通過した。ジューネの言ったように検査と言っても本当に簡単なもので、顔を見せて種族の確認をした後、いくつかの質問をされただけで終わった。名前や職業、どうしてこの町に来たのかとか、泊まる宿などは決まっているかとかだ。
最初は個別に質問をされるのかと思っていたが、代表してラニーさんが答えていた。そこで少し驚いたのは、受付の人達がラニーさんの顔を見るなりビシッと姿勢を正して一礼していたことだ。
実はラニーさんはかなりここの人に顔が利くらしい。……調査隊の薬師と副隊長を一時的にとは言え兼任できるくらいだもんな。それだけ実力があるってことだろう。
ちなみに俺のことは、辺境から出稼ぎに出てきた農民だと説明された。実際そういう人は珍しくないらしく、受付の人もすぐに納得した。遠いところから出稼ぎに来たと言うのはあながち間違ってないもんな。農業の経験はあまりないけど。
町に来た目的はダンジョン調査の協力者として。宿はもうすでに決まっているという。エプリのことも、ラニーさんが何か言ったかと思うと免除されていた。それ以外のメンバーはきちんと確認したが。
最後に受付の人の立会いの下、それぞれ簡易的な証明書をもらう。これはきちんと受付を通って町に入ったという証で、公共の場所で買い物をする場合は見せる必要があるという。
また時々町を巡回している衛兵から提示を求められることがあるらしい。ただし紛失した場合は再発行も出来る。……有料だが。
勿論それがなくても買い物できる場所はある。だがそういう店は大概何かしら訳がある。少し割高だとか、場合によっては不良品を掴まされるとかだ。そしてそれは基本自己責任。何かあっても町としては保障はしかねる。以上が受付でされた説明だ。
あとは町中でのルールだけど、これに関してはそこまで規制はない。ざっくり言うなら、もめ事を起こさないとか、他人に迷惑を掛けないとかそういう日常のマナーみたいなものだ。様々な種族が来る分、規制をし過ぎるとかえってもめごとの種になるということらしい。
「では…………ようこそ。交易都市群第十四都市ノービスへ」
全ての審査を終え、受付の朗らかな声に送られながら俺達の乗った馬車はようやく町の中に入る。……いよいよか。そう言えば、こういうのって町に入る時とか通行税とか必要そうなもんだけどな。他の並んでいた人達も渡している様子はなかったし、どうやって財源を賄っているんだろうか?
ふとそんなことを疑問に思いながらも、俺はまだ見ぬ町へドキドキワクワクを募らせていった。
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