第四章 町に着いても金は無く

第93話 そうだ。町へ行こう

 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 ガタゴト。ガタゴト。


 青い空の下、四頭の馬に牽かれる馬車は、一定のリズムを刻みながら道なりに進んでいた。先ほどまでの道なき道、時には岩がゴロゴロしている所とは違い、まがりなりにも人が行き来する道なので格段に動きがスムーズだ。地球の舗装された道に比べれば多少揺れるが、それすらもある意味心地よい振動と言える。


 周囲はちょうど草原地帯。近くに危険なモンスターもいない。気持ちの良い風が吹き抜け、時折差し込む日差しもまた暖かい。ここだけ見るとピクニックか何かのようだ。


「…………平和だねぇ」

「……護衛としては楽でもあり、物足りなくもあると言ったところね」


 馬車で横になっている俺の言葉に、風を荷台から伸ばした手で感じながらエプリが答える。それだけで周囲の探査が出来るというのだから実に便利だ。屋外でエプリに奇襲をかけるのはほぼ無理ではないだろうか?


「まずは子爵の所にご挨拶に伺います。次にキリと接触して情報の確認。それから組合に向かって商品の補充。……忙しくなりますよ。アシュは私から離れないように」

「はいはい。用心棒使いの荒い雇い主だよまったく」


 一緒に乗っているジューネとアシュさんは、これからの予定について話し込んでいる。交渉の予定が多いらしく、事前準備に余念がない。何やら袖の下だとか贈り物だとか言葉の端々から聞こえてくるが…………聞かなかったことにしよう。商人の交渉は戦いなのだ。


「これをこうしてすりつぶして…………ほらっ! これで出来上がりですよ」

「これは、塗り薬?」

「はい。だけど水に溶かして飲むとまた違った効能があるんですよ。セプトちゃん。試しに舐めてみます?」

「うん」


 馬車の隅ではラニーさんが、振動で揺られながらも器用に薬草をすりつぶしている。普通なら細かな調合など無理そうなのだが、そこは熟練の薬師ともなると違うのだろうか? そしてその様子を興味深そうに見ているセプト。…………なんとものどかだ。


 何故このような状況になっているかは、今日の朝方まで遡る。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 異世界生活十六日目。


「よっ! ほっ!」


 俺はテントの中で、軽いストレッチをしていた。ずっと寝てばかりでは身体がなまって仕方がないからな。勿論ラニーさんの許可は得ている。


 もうすっかり上半身の包帯はとれ、足も普通に歩ける程度まで回復した。走ることも少しであれば可能だ。……周りに止められるけど。


 ラニーさんが言うには驚異的な回復力らしく、もう少しで元のように動けるようになるという。これも加護のおかげ…………なのだろうか? 


 気になって時々貯金箱の残高を確認しているが、知らない間に減っているという事はないので大丈夫だとは思う。また何かしらの金魔法が発動していたら怖いからな。


「むぅ」


 何故か真似してセプトが一緒にストレッチしている。ここ数日寝たきりだったので色々と話を聞く機会があったのだが、その中で二つほど重要なことを発表しよう。


 まず話を聞いて分かったのだが、セプトは見かけ中学生くらいなのだが実際はまだ十一歳らしい。子供っぽいところがあると思っていたが、本当に子供だった。


 その上他者がやっている興味を持ったことをすぐ真似しようとする。向上心があるのは良いことかもしれないが、悪いことまで真似するんじゃないかと少し不安だ。


 ちなみにエプリは俺の一つ下の十六歳。やや大人びた態度や口調は傭兵の経験によるものだと思う。感情が昂った時に見せる口調の変化は…………分からないがあっちが素なのだろうか?


 次に俺も薄々そうなんじゃないかなぁとは思っていたのだが、セプトは


 セプトの使っていた闇属性は、特別な加護やスキルでもない限り魔族と一部のモンスターしか使えないらしい。それにセプトが奴隷として買われた場所が、魔族の国デムニス国だったことも引っかかっていたしな。


 実際聞いてみると素直に魔族だと認めた。だけど無表情ながらもどこか不安そうになったので、別に追い出したりしないから安心しろと言っておいた。


 ヒト種と魔族は仲が最悪だけど、それは正確に言うとヒト種が大半だ。例えば交易都市群のヒト種は、場合によっては魔族とも交易しているのでそこまでの嫌悪感はないという。精々がちょっと苦手な相手ぐらいのものらしい。


 その後でエプリが闇属性を使っていたことを思い出すが、その点については聞かなくても大体の察しはついている。混血という事だから……つまりはそういう事だろう。気にならないと言えば嘘になるが、下手に聞いたら風弾とかが飛んできそうでおっかない。


「ふんっ! ふんっと! ……ようし。こんな所かな」


 かなり身体もほぐれてきたので、ベットに座り込んで用意されている布で汗を拭う。セプトが俺の使った布をじ~っと見ていたが気にしない。……気にしないったらしない。セプトは自分用のがあるからそっちを使おうな。


 セプトは現在俺の奴隷という扱いになっている。何故か好感度が最初からかなり高いのは置いといて、基本的に命令とかをする気はあまりない。人を使うっていうのがどうにも落ち着かないのだ。だけどセプトは命令待ちでずっと俺の傍に控えている。


 ……仕方ないので簡単なお願い(あまり動けないから遠くの物を取ってもらうとか)を時々すると、微妙に嬉しそうな顔をしてやってくれる。……この状態に慣れてしまいそうで怖い。


 あと調査隊の人達の態度が微妙に変わっている。ここまでの経緯をアシュさんが面白おかしく誤魔化した結果、俺とエプリとセプトの三角関係のもつれによる修羅場により、俺がズタボロになることで場が収まったという話になったらしい。


 真相を知っているのはゴッチ隊長とラニーさん、あとは調査隊の一部の人だけだ。そのためそれ以外の人(特に女性陣)からは結構白い目で見られている。男性陣の大半からは面白がられているし、もうちょっとマシな誤魔化し方はなかったのアシュさんっ!?


「…………終わったようね」


 ストレッチが終わるのを待っていたのか、タイミングよくエプリが入ってくる。待っていないでエプリも一緒にやれば良いのに。いい汗かけるぞ。


「エプリもやるか?」

「遠慮しておく。……それよりもトキヒサ。ゴッチの所に行くわよ。話があるらしいから」

「話?」


 呼び出しなんて初めてだ。……もしやもう面倒は見れないから放り出すという事だろうか? まぁそうだとしても、今まで散々世話になったから文句は言わないが。


「……何を考えているか知らないけど、その予想は多分違うと思うわよ。…………肩、貸そうか?」

「美少女に掴まっていくというのは悪くないけど、普通に歩くくらい出来るっての。ゴッチ隊長の所だよな。……よいしょっと」

「私も、行く」


 俺は立ち上がると、エプリと一緒にゴッチ隊長のテントに向かった。後ろからセプトもついてくる。なんだか昔の陽菜を思い出すな。小さい頃は何処に行くにもついてきていたもんだ。……なんか微笑ましいな。





 テントにはゴッチ隊長の他にラニーさんと、調査隊の人が何人か。それとアシュさんとジューネが揃っていた。ゴッチ隊長は俺が意識を失っている間にどこかに行っていたらしく、戻ってきたのはつい昨日のことだ。なので実質数日ぶりに会うことになる。


「わざわざお呼びして申し訳ありません。……お加減は如何ですか?」

「おかげさまでこの通り。もう大分元気になりましたよ」


 ゴッチ隊長は俺が着くなりそう訊ねてくる。なので俺は軽く腕を回して元気さをアピールする。それを見て、何故か調査隊の人達が驚いた様子を見せた。……元気さが足らなかったかな?


「…………驚きました。話には聞いていましたが凄い回復力ですね。私がここを立つ前に一度容態を見せてもらったのですが、少なくとも一月は寝たきりになると考えていました。……その場合も出来る限りの治療を行うつもりでしたが」


 予想よりも元気なことで驚いていたようだ。というかそこまで重症だったの俺!? …………ほんとに加護か何かだけだよね? 知らないうちに治りの速くなる金魔法とか発動してないよねっ!?


「まあ…………その、身体の頑丈さだけが取り柄みたいなもんでして」

「そ、そうなのですか? まあ治りが速いのは喜ばしきことですが。……コホン。それはそれとして、実はこんな状態ではありますが、トキヒサさんにお話があるのです」


 俺は姿勢を正してゴッチ隊長の話を聞く。さあ何でも来い! 追放か? 最近流行りの追放なのか? ……しかしもしそうなったらついて来そうな人が二人ほどいるな。


 今の調子だとセプトがついてくる可能性は高いし、それにエプリも何だかんだ護衛として一緒に行こうとするかもしれない。…………皆で行ったら追放って感じはしなさそうだが、ちょっと先立つものが無いから苦労を掛けそうだな。


 そして、ゴッチ隊長はゆっくりと口を開き、


「トキヒサさん。実は急な話なのですが…………貴方には交易都市群第十四都市ノービスに向かってもらいます」


 ……最近の追放は目的地も指定されるらしい。

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