閑話 風使いは月夜に想う その五


「…………クフッ。せ~っかく楽に殺してあげようと思ったのに。やれやれ。こちらの慈悲が分からないなんて、可哀そうなことですねぇ」


 私の追及に、クラウンはそう言ってまた嗤いだした。その神経を逆なでするような嗤いは、静寂が支配していたこの一帯に響き渡る。


「……なるほどね。最初からこうするつもりだった……という事で良い?」

「当然でしょう? 貴女のような薄汚い混血を、崇高なる我らが組織が本当に雇い入れると思ったのですか? まあ精々使い捨ての盾にでもなればと思ってはいましたが…………牢獄ではそこそこ役には立ってくれたようですからね。せめてもの慈悲で私自らが殺して差し上げようと言うのです。感謝して欲しいものですよぉ」


 そんな勝手かつ理不尽極まりない理屈を並べるクラウンを見て、これは話すだけ無駄な類であると、私は微かに残っていた話し合いの考えを完全に捨て去る。


「それにしても、貴女も思っていたより愚かですねぇ。あの牢獄でディラン・ガーデンに倒されたか、それとも試験体凶魔に殺されていると思っていたのに、わざわざ律義にこちらに連絡してくるのですから。あのまま半金だけ持って逃げれば良かったものを。……おかげで貴女を殺す手間が増えましたよまったく」

「…………あの時点ではまだ契約は切れていなかったから。……でも、アナタの言葉を聞いてある意味ホッとしたわ。……私もどうせ契約の打ち切りを申し出るつもりだったから、アナタのような相手なら心が痛まないもの」


 そう。私がここに赴いた理由はクラウンと合流することだった。しかしそれはクラウンの護衛を続行するためではない。クラウンとの契約を破棄するためにここに来たのだ。


「…………先に言っておくけど、私は契約者が悪事を働いたからといって契約を打ち切るつもりはないわ。契約において善悪を語るつもりは無い。依頼を引き受けた時点でそれをどうこう言う資格は無いもの。……私が問題にしているのは、アナタがこと」


 元々クラウンからの依頼内容は、今回の『勇者』襲撃計画の間クラウンの身を護衛すること。そしてそのためには、その計画を出来るだけ正確に話すのが最低限のルールだ。これは最初に私の方からも説明してある。それだというのに。


「今回の計画では、あくまでも行うのは『勇者』襲撃及び確保。牢獄での騒ぎはそのための陽動だったはず。…………それなのに、実際には王都のゲート破壊も計画にあったようね。それに牢獄での人為的な凶魔化。あれも事前に私が聞いた作戦にはなかった」


 ゲートの破壊を調査隊のゴッチ隊長から聞いた時は、顔にこそ出さなかったものの少なからず動揺していた。そんなことは計画にはなかったからだ。


 襲撃の際の流れ弾か何かで壊れたということも考えたが、一度下見した時に私はゲートを確認している。幾重にも防御術式を張り巡らされているあれはちょっとした流れ弾程度で壊れるようなやわな物ではない。つまり意図的な破壊だ。


 それに人為的な凶魔化のことも聞かされていない。まあ凶魔を牢獄内にばら撒くということも聞かされていなかったし、聞いていれば依頼自体を断っていた可能性が高いが。……思い返すと本当に目の前の男は本来の計画をほとんど話していなかったな。


「…………ふん。貴女のような使い捨ての道具に計画の全てを話すとでも?」

「……道具か。……もっともね。確かに一介の傭兵を信用して全てを話す依頼主は少ないわ。計画を隠す手合いはこれまで何度も見てきたから別に驚かないけど。…………でもだからこそ、そういう手合いには直接会って契約を破棄することにしているの。ケジメとしてね」


 これはただのこだわりに過ぎない。……向こうが先に騙したのだから、こちらも依頼を放り捨てて半金だけ持って去ると言うのも一つの手だ。実際そういう形の契約の破棄はかなり多く、評判も特に下がることはない。良くある話だからだ。だけど、中途半端な破棄ではなく自分の意思での契約の破棄。それをしておかないと落ち着かないだけだ。


「無駄なことを。その結果自分が死ぬことになるのですから無様ですねぇ」


 クラウンの嘲笑うような声にも大分慣れてきた。基本がこの調子だと分かっていれば、そこまで苛立つこともない。……だけどそろそろ話は終わりのようだ。クラウンは両手にナイフを構えて軽く左右に広げる。どちらからでも投げ、あるいはそのまま切りつけに移れる体勢だ。……と言うより熟練の空属性使いにとって、自らの体勢や間合いはあまり関係が無い。


「……死ぬつもりは無いけどね。この時を持ってアナタとの契約を破棄するわ。理由は依頼内容に関わる事項の故意の偽証。謝罪の意思も再契約の意思も無しと受け取るわ。よって……」


 私は話しながら溜めていた魔力を解放する。……ただ話をしていただけと思ったら大間違いだ。私の周囲を“強風”一歩手前の風が吹き荒れ、その際に被っていたフードがはらりとめくれる。……本来ならすぐに被り直すところだが、このことは奴も知っているから構わない。


「…………アナタには相応の報いを受けてもらう。覚悟することね」


 その時偶然だが、風にあおられて私が寄り掛かっていた岩がぐらりと傾き、ドスンと音を立てて転がる。その音が戦いの合図となった。





 先に動いたのはクラウンの方だった。まずは牽制とばかりに右手のナイフをこちらに投擲する。狙いはシンプルに胸元辺り。……奴のナイフはほぼ全て何かの毒が塗ってあると思った方が良い。掠っただけでも危険だ。だけど、


「……舐めないでくれる?」


 私の周りに吹き荒れる風が、ナイフの軌道を別の方向に逸らす。いくら当たれば危険とは言え、こんな正面から来るナイフなんて対処できない方がおかしい。しかし対処されるのは当然向こうも織り込み済み。


「ふんっ」


 ナイフの投擲とほぼ同時に、クラウンは空属性で近距離転移を敢行。一瞬で間合いを詰めて私の右側面に出現し、そのままの勢いで左手のナイフで切りかかってくる。しかし、それはこちらも予測出来ていたことだ。


「……“風弾”」


 ナイフの直撃より一瞬早く、私の放った風弾がナイフを弾き飛ばす。更に風弾を連射して追撃するが、そこは一瞬早く再びの近距離転移で距離を取られて回避される。だが…………


「……“風壁”」

「おぐっ!?」


 転移した場所には、既に風壁を展開させていた。これは基本的に防御用の魔法だが、対象の身体を巻き込むように発生させると拘束することも可能になる。ダンジョンで凶魔化していたバルガスと戦った時はその腕力で無理やり突破されたが、今回は上手くいったみたいだ。クラウンの腕を巻き込むように強烈な風が吹き下ろし、そのまま奴は地面に叩きつけられる。


「…………うぐぐっ。な、何故正確に私が次に跳ぶ場所が」


 ……今回こうしてクラウンと戦闘になることは予想出来ていた。そのため当然対策を講じていたのだ。


 空属性は敵に回すととても厄介な能力ではあるが、その本質はあくまで魔法だ。なら魔法によって干渉することが出来る。……私は戦いが始まる前から、この一帯に風属性の初歩“微風ブリーズ”を発動させているのだ。これはあくまで基礎。攻撃能力は無いに等しく、精々がまさにそよ風くらいのものだ。注意していないと気がつかない。……しかし魔法であることには変わりない。


 これが発動しているところで空属性を使えばどうなるか。……答えは簡単。消えて再び現れる瞬間、その地点の風が干渉によって僅かにのだ。使い手である私にしか分からない程度の微かな揺らぎだが、一瞬の予兆さえあれば先手が取れる。


 クラウンは地面に押し付けられながら悔しそうにしているが、別に教える必要はないので言わない。自分で考えてもらおう。……それにしても、微妙にさっきのクラウンは動きが悪かった気がする。まだ牢獄でのダメージを引きずっているのだろうか? それとも牢獄を出た後で『勇者』襲撃の際に何かあったのだろうか? 


「…………ふっ。今はどうでもいいことよね」


 ひとしきり考えたが分からない。なので次のことを考える。


 さて、この後クラウンをどうするか? 魔法封じなどの道具は無いし、捕まえてもすぐに転移で逃げられかねない。ここで仕留めるのが最も後腐れのないやり方だけど……。


「………………こんな時にトキヒサの顔が浮かぶなんてね」


 …………知らず知らずの内に、私もトキヒサの甘さに毒されていたらしい。これまでの私ならここでクラウンを仕留めていた所だが、今回はどうにもそんな気分にならない。


 あのお人好しなら、悪党が相手でも命だけは助けるだろう。それ以外までは容赦しなさそうだが。……本当に甘い奴だ。手紙でもその点は注意するように書いておいたけれど、なおるかどうかは不安だ。


「…………勝負はついたわね。私には次に転移で跳ぶ場所が分かる。空属性に頼りきりになっているアナタに勝ち目はないわ。……降伏しなさい」


 クラウンはこの言葉を聞いて、ガックリと顔を伏せてうなだれる。こうやって高圧的に相手に迫ることで心を折るのが目的だ。


「………………」


 クラウンはうなだれたまま動かない。


「……降伏しないと言うのなら、腕か足を切り裂いてそこらに放り出すまでよ」


 殺しはしないが、またちょっかいを出してこないようにしないとここから先面倒だ。どうせコイツのことだから、かなりランクの高いポーションの一つでも所持しているだろう。いっそ死なないギリギリまで追い詰めて本当にそこらに放り出した方がもうちょっかいを出してこないかもしれない。


「……………………」

「……!? ちょっと!? 聞いてるの?」

「…………………………クフッ。クフハハハハハハ」


 うなだれていたはずのクラウンは、突如狂ったように笑い出した。おかしくて仕方ないとでもいうかのように。地面に押し付けられたままの状態で。


「……何がおかしいの?」

「ハハハハハ。いやはや。これが嗤わずにいられますか? …………私の動きを封じたぐらいで勝った気になっている貴女の滑稽さが実に愉快で。クフフフフ」


 嗤いを止めようとしないクラウンに、私も流石に苛立ちを覚える。やはり死なない程度に半殺しにして放り出そうか。そう思って私は“竜巻”の準備をする。今度はイザスタの時のような失敗はしない。


「フハハハハ。…………本当に愚かですねぇ貴女は。?」


 その言葉と同時に、クラウンの。月明かりのためというにはあまりにも急激な形の変動。そして、


「…………っ!?」


 平面だった影が突如立体的になったかと思うと、鋭い刃のような形になってこちらに向かって飛び出してきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る